2019年07月20日

人間の才能はないのではなく活かされない (Love & Freedomの底辺労働者もそうである)

人間の才能はないのではなく活かされない

(Love & Freedomの底辺労働者もそうである)

人間の才能とは絵を描くとか文章を書くとか数学が得意だとか体力があるとか話がうまいとかいろいろ多様なのである
しかし何かしら才能ある人はいる、それが発見されないとか活かされないのである
Love & Freedomの底辺労働者を語る40くらいの人がそうである
この人の正体はわからないにしても

●しゃべるのがうまい
●精神障害とか犯罪者心理に通じる
●自らの実体験を語ることで訴える
●ニュースなどの解説に向いている

この人はしゃべるのがうまい、わかりやすく説明している、今日聞いたのでは年をとると比例して男はプライドだけが高くなる
そういう心理を説明されれば誰でも納得する
みんなそうであるからだ、10歳違った人がその年齢で判断して下に見るというのもおかしいと思った、何かその人に功績があればだが何もないとしたら年でその人を判断できないはずである
また結婚して子供を育てたとかでそれも社会的自慢になるとも思えない
価値はあるとしてもそれで人の優劣を決めることはできないだろう
ただ何もない者でも男はプライドをもっている、それが年をとるほどプライドが高くなるそれで年下の上司に仕えることができずやめる人が多いというのがわかる
おばさんにはそれほどないから若い人ととうまくやれるというのもわかる
このプライドはやっかいなものである
それが年をとればとるほど高くなる、だからただ年をとっただけでも偉いと尊敬されるべきだとなる、それはこんなに老人が多くなければ自然とそうなっていたのである
これだけ老人が多ければもう老人は何か特別なものがなければ尊敬されることなどないのである、老人はただ税金を使うだけの無駄なものだから早く死んでくれとなる

でも人間の才能は活かされないことが多い
また人間の才能は自ら発見されることも他者から発見されることもなかなかない
芸術分野で不遇な人が多いのはそのためである
天才を理解できる人は天才しかないというときその天才は一時代に数人だとしたらもう理解されない、いくら才能あっても理解されない、ただ次代に天才が出て理解されるとなる天才でなくても才能は活かされにくいし不思議なのは自らの才能を自ら発見されていない開発されてもいないのである
天才は別にしても何か才能でも自ら開発して発見してゆくことが必須なのである
ただ何もしないで天才になり楽器でもひけるとはならないからだ
それには過酷な練習があって才能が開くからである

この人は相当に才能がある、そもそも私立の学校に入り大学でも大学院まで出て臨床心理学士でもある、すると他の人よりその時点でも優れていたとなる
ただ文科系は実際の社会で役に立たない、それで就職できないとかなり自殺した人までいた、つまりそういう人は学者になれない、大学で就職できないとそうなる
実際の社会では必要としないからである
心理学が実際の社会でどう応用されるのか?それはほとんどないだろう
それで一時臨床心理学士として病院で働いていたがやめて底辺労働者になった
最初に歯車が狂うとそうなりやすいのである
20代でだいたい人間が決まってしまうというのはそのためである

ただ思うにこの人は才能があるのだが活かされないのである
ニュースキャスターとか解説者とかに向いている、説明とかしゃべるのがうまいからである、人間の心理とかにも通じているからいろいろな事件の解説に向いている
でもそういう機会が与えられないだけではないか?

機会が与えられず才能は活かされない

結局こういうことが社会には多い、自分自身もそうだった、今プログで作品を出しているが認められない、認める人がいない、ただ今までは発表する場もなかったが今はプログでしている、何か自分ながらいい作品を書けるようになったと思う
もちろんもう死ぬ時期なのだからその作品も高度なものでないとどうにもならない
何か私は何でも理解することでも遅すぎたのである

とにかくこの人はニュースキャスターとか解説者に向いているし才能がある
ただyoutubeとして金を稼ぐようになればその才能は活かされるともなる
だから外国など行って見聞を広めるとかすべきことはある
留学となると無料のがあるとして年齢制限でできないということは問題でも外国旅行は今なら安くできる、そういう点では恵まれている時代である
そして人間は一生学ぶことは終わらないのである
他の仕事でも精進することは終わらない、何でも腕を磨くことがあり終わらない
そういうことでなくても平凡なことでも仕事をもって何か社会のためになることをすべきだとなる
定年になって無用化されると危険なのである、認知症になりやすくなるからである
そういう場がまた与えられないことも現代の問題なのである

この人は大学に今さら行っても無駄だとか留学もできない、何しても無駄だというがそんなことはないのである
それはただ社会で金にならないから無駄だとしている
そもそも人生で学ぶことはいくらでもある、絶えず学ぶことが人生なのである
だからこの人はただ実用的なこと金になること社会で認められことに腐心している
でも別にその人なりの価値を追及する精進することが人生なのである
それは死ぬまで終わりがないのである
だから40になればなにしても無駄だとはならないのである
それは社会的には金にならないとしても人間の価値は金にならないものでも価値としてあるだからそれぞれの価値をの追求は死ぬまで終わらないのである
それでベーシックインカムがいいとなるのはそれぞれの価値を社会では金にならないとか価値にならないとかなっているがそれでもその人なりの価値を追及できるからこそいいのである
そういう時代にもなりつつある、だから40才なればもう何もないというのはおかしいのである

ただこの人は実際は演技しているといときそうなのか?
その辺はわからない、本当は絶望をこれほど言っても絶望していない
一筋の光明を見出そうとしている、それが人間である
女性にもていなというけど本当はもてているのかもしれない
何かそういう演技して共感を呼んでいるのかわからない
ただ40というのは人生の終わりが見える年なのである
だから人生は本当に過ぎるのが早いなとその年になると思う
でももう引き返せない、もう社会からはずれたものはそのままはずれてゆくほかない
でもその人生でも無益だと価値ないとかない
その人なりの価値を追求したものがありそれは充実した人生であったとなる
ただ他者がその価値を認めないだけだったのであ




posted by 老鶯 at 22:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 教育心理学など
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