2019年08月07日

危険だった熱中症の経験 (熱帯化する日本?)


危険だった熱中症の経験 (熱帯化する日本?)

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二年前だったか、春であってもこの症状がでた
その時4月でも暑かったのである、それで自転車で遠くへ行ってこの症状が出た

吐いた

痙攣した

これは明らかに熱中症としては重い、ぶるぶるふるえたからである
だから本当は救急車を呼ぶ状態だったのである
ただ一人暮らしはこういうときなかなか反応できないから不利である
家族がいないと体を気にしてくれないからである
だから一人暮らしの場合そのまま死にいたることもありえた
熱中症で最近死んでいるのが多いと見ているからである

何か毎日一応外に出る、そのあとぐったりする、それで毎日昼間寝ている
体がだるくなってそうなる、それで暑い所ではシスタとか昼寝の習慣があることもわかるまた暑い所はアジアでも昼間は活動できないので夕方から活動するというのもわかる

この辺は海が近いのでそれほど暑くならない、海から風が吹いてくるからである
でも中通りや会津となると盆地になり暑い、福島市だと35度とか蒸し風呂のようになる冬は会津だと雪になる、ここは気候だけはいい場所なのである 

暑いのは温暖化だけではない、コンクリートが舗装道路が暑い、それが熱となって暑くなる、土だと夏でも冬でも温度を調節機能がある
夏は涼しく冬はあたたかくする、それで農家の土間がそういう役割を果たしていたという何かそういう知恵があり建築もあった
その時クーラーがなくても自然のクーラーがあったとなる
おそらく自然のクーラーはいろいろな所に機能していた
温暖化は何なのか結局過度に人工化した環境で起きているともなる

子供の頃から高度成長時期とかずっとこんなに暑くなかった
その原因は何なのか?地球的規模の天候の変化なのか?
ただ地質学でみれば古生代にこの辺は海でありサンゴの化石があったとかフタバスズキリュウが海を泳いでいた、だから熱帯地域の時があったからそうなることもある
南相馬市海老村のマルハシャリンバイは南限の地として有名だった  

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仙台南西部に分布する東北日本太平洋側標準層序としての中-上部中新統及び鮮新統

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ジュラ系ー下部白亜系相馬中村層群の化石


こういうことでこの辺は熱帯地域でありそれで今でもこの辺は暖かいのである
それで「みちのくの真野の草原」の歌が奈良時代に入江になっていて歴史的境界と同時に地質的にも天候的にも境界線だったとなる
天候と歴史を深く関係している、ただこの温暖化は自然の作用なのか?人工の作用なのか?
別に自然の作用で熱帯化したからその時代にもどるのか?としたら温暖化はとめようがないとなる
氷河期もありそれは人間の力でとめることはできないとなる

いづれにしろ体がぐったりする、それは冷房のせいもある、これでクーラーがなかった熱中症になって死ぬというのもわかる
生活保護者でもこの辺でクーラーを備えてくれるようになったのもわかる
それは全国的に暑いからである、なぜ東北で岩手県とかがここより暑くなったり北海道でも暑くなる、それは内陸だと盆地だとどしても暑くなるからだ思う、気候的には老人は暑いのも寒いのもこたえる、だから老人が住みやすいのは今気候的には浜通りがいいとなるただ残念なのはフタバスズキリュウで双葉(フタバ)が有名になったのはいいが原発事故で有名になったのは最悪だったとなる

posted by 老鶯 at 09:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層
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