2019年08月26日

津波や原発事故以後仙台市に移り住んだ人が多い


津波や原発事故以後仙台市に移り住んだ人が多い

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若い世代がこれだけ流出している

総務省が28日まとめた2012年の住民基本台帳人口移動報告で、仙台市の人口集中が鮮明になった。東日本大震災の避難者らが流入している仙台市の転入超過は9284人となり、東京23区に次いで全国で2番目に多かった。


福島県は人口流出が縮小したが、転出超過が多かった全国の上位20位に郡山、福島、いわき、南相馬の各市が入った。宮城県と東京都に各2000人以上が転出した。 


昨日シシドスーパーの前で話した人は小高の人であり家族が多い、7人とかいたと言っていた、それで小高の家を30坪くらいのが売れたと喜んでいた
30坪では狭すぎる、でも何か田舎に住みたいという人に売ったという
ただそんな狭い家で7人もいたのか?
土地持ちとか農家ではない、財産をもっているという人ではない
ただ7人とかなると一人でいくらと補償金をもらえるからかなしりもらったとみる
10人もいた人は一か月百万以上もらったと言っていたからである
まだそうして田舎では大家族で暮らしている人が多いのがいるからそうなる

その人は今は相馬市に住んでいる、家族は仙台に住んでいる
この辺では人口が相当に移動した、その移動先が仙台市が多いのである
ある人は名取に移り住んだときいた
そこで小高に残っている親に部屋も用意したから住んでくれと言われているがいかない
名取というときすでに仙台市のつづきなのである

とにかく人口が移動しているというとき南相馬市でも小高の人がかなり住んでいる
知っている人が帰ったのかと思ったら小高に住んでいたのである
南相馬市では小高意外の原町、鹿島に移り住む人が多い、また相馬市でもそうである
新地でも山元町にも移動している
山元町に土地を買って農業をはじめた人もいる、山元町の被害が大きかったからである

とにかく仙台市に人が集中する、他県から東北でも移る人が多い
青森の津軽鉄道の終点の中里でタクシーに乗ったらその人の息子は仙台に住んでいるという、仙台市となると図のように山形の人口が減り仙台市に移住する人も増える
そして私の家のユニットバスを百万で作った人の家は面白山とかの手前に住んでいた
そこでは春だったが雪が残っていると言っていた

もともとここは仙台は鉄道でも近い、仙台中心になりふすい地域だったのである
福島市はクルマでしか行けないから不便なのである
それず病院でも仙台へ行く人が多かったのである、今でもそうである
震災以後今度はさらに仙台へ人口が移動した

現代は広域社会であり人が移動しやすい、仙台だと遠く感じない、日帰りでも普通に行き来できる距離なのである、東京になると遠いから行き来できなくなる
それで仙台だと故郷から遠く離れた感じがなくなる、移動しやすいのである

ただなぜ福島市とかいわき市で転出が多いのか?
転入が多いはずだが転出が多いのか?この理由がわからない
いわき市には双葉とか大熊辺りから二万人移動して家を建てたとかあった
そこで軋轢がありもめた、ここでも小高の原発避難者と津波の被害者は口もきかなかったというのはわかる、津波の被害者は補償金はもらえなかったからである
一時は転入者が多かったが逆に転出者が増えている
南相馬市では老人は南相馬市内と相馬市とかに移住している
そして若い世代は仙台に移住している
老人はやはり故郷の近くにいたとなりそうなっていることはわかる
つまり小高の人は原町とか鹿島でも相馬市でも移住して住んでいる
それも老人が多いのである

いづれにしろ広域社会になるとその住む範囲が広くなり移動もする
仙台市となるともう仙台圏になり南相馬市でもそういう圏内に入る
だから仙台とゆ行き来は盛んであり移住も多いとなる
常磐高速ができた結果、ユニットバスの会社も工事をしにきていたとなる
仙台市のような大きな都市は拡張し肥大化してゆく、その周辺をまきこんでそうなる
そして周辺地域は山形のように人口が減り吸収されてゆくのが現代なのである




posted by 老鶯 at 08:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連
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