2019年09月16日

千葉県の館山とかは風が強い場所だった (日本は災害が多いからその場所の特性を知るべき)


千葉県の館山とかは風が強い場所だった

(日本は災害が多いからその場所の特性を知るべき)

海にぐるっと囲まれた館山・南房総は「風」が生活と深く結びついています。
例えば洗濯。
私の家は海まで徒歩10分ほどの場所にあるのですが
天気予報は太陽が出るか出ないかの他に、風予報もチェックしなくてはいけません。
晴れていても風が強くて外に干せない日が頻繁にあり、
夏は海風だと乾きが良くないため風向きも気にしたり。
冬は西風が強く、夏の台風時期じゃなくても風がうるさくて眠れない日があります。

テレビの天気予報の特集で見たのですが、強風のトップ3は
羽田・千葉・銚子でした。順番はちょっとわすれました。
羽田と千葉は赤城おろしで銚子は筑波おろしだそうです。
かなり離れているのに影響があるんですね。ビックリしました。
私は千葉在住ですが、本当に風が強いです。

浜金谷はもともと倉波という村名をもっいたが、この大鏡鉄の発見により金谷村になったそこには大鏡鉄がこの地域に与えた衝撃の大きさをみることができる
大鏡鉄が「地獄の釜」を封じ込める「釜の蓋」だという根強い信仰においても
真里谷氏や金谷集団といった過去の人々に対する鎮魂の意味がこめられている

金谷神社大鏡鉄の由来について(井上孝夫)

館山に行ったとき強風だった、そこの岬の国民宿舎に泊まった
風がぼうぼう吹いていたがそこにやっと泊まれた
それで今回台風の被害にあったということでその時のことを思い出した
ここはそもそも風が強く吹く場所だったのである

何かニュースで災害のことなど報告されるとその土地をイメージする
でもそこに一回も行ったことがないと土地勘がないからイメージできない
例えば日高線とかあるがそこも高波で線路が破壊されて復旧していない
そこは様似(さまに)という所が終点であり何かもう廃線になるような線だった
そこに行ったのは様似は低い山がありそこが高山植物の宝庫になっていたからである
でもその終点の駅では酔っ払いが寝ていたというのがあってもう廃線になるような線だった、そういうのが北海道には多い、だからあそこはもう復旧できないともみた
もともと廃線になるような人が乗らない線だったからである
そういうニュースがあったとき一回行っていればイメージしやすいのである

今回の館山とか富津市でも一回行ったことがある、ただそれが余りにも遠い日になったから記憶もあいまいとなりほぼ消失したともなる
ただ風の強い日に館山の国民宿舎に泊まったということは覚えているのである
それはあまりにも風が強いからだったのである
そうして今回台風で風の被害を受けた
それが私の旅の記憶と通じるのである

何か災害でも場所と深く関係している、歴史でも場所と関係している
だからこそtake placeが起きるとなる、placeと災害でもなんでも深く関係しているのである、だからその場所を踏んでいないとテレビの画面だけではわかりにくいのである
例えば津波だと地形が深く関係していた、八沢浦とかはすぐ前が海なのに前に丘が連なってあったから津浪の波が来たのを見て裏山に逃げて命が助かった人がいた
それは裏山が家の後ろにあったからそうなったし前に丘があったから助かったのである
津浪対策で有効なのはそうして津波がおしよせるのを防ぐ高台とか丘とかがあることだったのである、それがないともの凄い圧力で押し寄せる
それで何も障害がないと遠くまで津波が押し寄せて萱浜の老人施設では相当数死んだのである

浜金谷や金谷町があるときそこは三浦半島から渡ってこれる場所であり交通の要所であった、それで大鏡が海中から発見された、それが伝説となって村の名前まで変わった
その金谷村にも泊まったことがあった、そこには鋸山があり日本寺の大仏がある
その辺の鐘とかこの伝説に関係していたという
その大鏡でも暴風のなかに嵐の中で発見されたというとき何か今回の台風と通じているものがある、そこは風が強く吹く場所だったのである
そういう場所に台風が来たのだから余計に強い風が吹き付けたとなる

とにかく何かを知るためには場所を知ることが大事である
人を知るのにもそうである、その人の住んでいる場所がどういう場所かを知る
そこからその人と語るとなる、すると通じるものが生まれる
日本は狭い国だけど海とか山が複雑に織りなす風土である
するとそこで多様なものが生まれる、また災害もその地形が多様であり複雑だからその土地特有のカルマをもっていて災害が起きる
それで地名には災害が起きることを示唆していると言われる
ただ地名となると複雑だからそれを読みとくことはむずかしい

ただ日本は本当に自然災害が多い国だった、津波でもなぜそういう国なのにこの辺では津波は来ないという確信までになっていたのか?
それは400年前に津波の被害があったとしても全く忘れていたのである
津浪となればその時間のスケールが違う、千年くらいの間隔で巨大な津波が来る
そうなると警戒しないのである、400年くらいでも確実に巨大な地震が津波が来る

南相馬市の八沢浦の湊に40軒くらい家があった、そこは津波の前に高波で被害があったその時危機感を感じて引っ越していれば今回のような津波の被害にあわなかった、そこは全滅になり村が消滅したからだ
高波と津波は違うがやはり海岸は危険な場所だったのである
それで相馬市の磯部で佐藤氏は高波の被害があり今の六号線の鬼越館に移った
それは慶長津波の前だったがそれほど前というほどでもないから謎である
そして今回の津波で磯部は全滅したから悲惨だった、それはあまりにも空恐ろしいものだったのである
何かそうした危険を察知しないと日本はどこでも災害が起きる国だったのである
それで防災相を造るべきだというのもわかる
日本はどこでもそうした災害が起きるカルマをもっていたのである
だから原発など絶対作るべきものではなかった、日本の風土には全く合わないものだったのである、これだけ地震があり災害が多い国に造るべきではなかったのである

そしてアメリカでは竜巻があるから地下に電源を作った   
それをまねてアメリカの指示なのか日本でも地下に電源を作ったのである
これは全く日本の風土を考慮しないで作ったものだったのである
アメリカと日本の地理と風土はまるで違っている
その風土を場所を考慮しないということがどれだけ危険か知るべきである
それは社会全般にあてはまる、日本の風土と地理とか歴史の特質を知ってこそ科学技術でもありうる、それを無視してはありえないのである
だから政治的に独立していないとアメリカに押し付けられて原発でも大事故になり日本に住めなくなるというまでになる恐怖だったのである
独立していないということは他国によって風土も歴史も無視して強制されるから危険なのである、外国ではそこまで考慮しないからである
そこでグロ−バル化経済は危険がある、やはり国というのは風土地理があり長い歴史で形成されているからそれを無視すると国土そのものを守れなくなるから怖いものとなったのである
posted by 老鶯 at 12:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/186566938
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。

この記事へのトラックバック