2019年10月05日

原発マネーの怖さ (高浜原発で起きたこと福島で起きたことは同じだった)


原発マネーの怖さ

(高浜原発で起きたこと福島で起きたことは同じだった)


断りを入れても、バッグの中に物品を無理やり突っ込んでくる。正直、怖かった」(関電関係者)。「歯向かうものに威圧的な態度を見せることもあった」(町議)

「偉大」「怖かった」高浜町元助役の素顔は

父は漁師だった。だが船が小さく、満足な漁獲も得られない。土木作業で日銭を得る毎日だった。

 町は小さな農村や漁村ばかりで、主だった産業はない。企業誘致もままならず、働き口を求めて若者は都市部に流出した。


人口約1万人の高浜町では、100億円ほどの一般会計のうち原子力関連収入が50%を占める


あの人に逆らったらこの地域で生きていけない

原発マネーは巨額なのである、この辺も小さな農村漁村であり零細である
それは双葉町や大熊町辺りはチベットだとかこの辺でも言っていて出稼ぎをしなくてもいい地元で働ける所が欲しいとして原発が建てられた
その時原発を誘致した実力者はやはり森山助役のように町の功労者になっていた
こういう土地で生活するとなるともう原発に反対できない
その原発マネーが巨額であり町の財政の5割が原発マネーだったのである
その波及効果も大きいのである

この辺でも小高の人だったが親に農業はするなと殴られたということを聞いた
それだけ農業だけではやっていけなくなった時代になる
漁業でもそうである、漁業だけでは成り立たない時代になっていたのである
それで今になるとおかしかったのは松川浦の漁師が魚がとれないとか売れないとか生活が苦しいとかプログで報告していたことである
それを見ていて漁業は苦しいのだなと見ていた
現実は補償金をもらっていたからそういうことはなかったのである
ただどのくらいもらっていたかはわからない、船主は高額で原発御殿を建てたとしていてもその他はわからないからだ
でも漁業組合には東電から補償金が入っていたから生活が苦しいとまではなっていなかったと思う

高浜町でも零細な漁業であり出稼ぎに出ていた、地元で仕事をして安定したいということがあった、その要望が大きいから原発を積極的に推進する森山助役の力が大きくなった

あの人に逆らったらこの地域で生きていけない。

原発の経済的効果がこれだけ大きいからそうなる、この辺で南相馬市でも話を聞くと本当に原発で働いた経験のある人が本当に多いのである
それだけ原発は他の仕事より金なにからそうなった、必ず原発で定期的ではないにしろ働いた人が多いのである
その恩恵が大きいから反対できなくなる

国内初の「プルサーマル」(プルトニウムとウランを混合した燃料、MOX燃料を燃やす原子力発電)に固執する“高浜原発の天皇”。ことごとく“天皇”に反発する地元高浜町の町長……。「喉元を犬にくいちぎらせたれや」。“天皇”から、完全犯罪を命じられた警備会社幹部が町長を追尾する

これも怖い話である、プルサーマルではこれだけ連日福島県ではテレビで放送していた
それは関心がなくても毎日のように放送していたから覚えている
ただこの内容が良く自分はわからなかった
そして前の知事の佐藤 栄佐久氏が失脚した、それは渡部恒三議員が福島県のボスであり
その圧力がかかり何か他の弟の会社が摘発されて失脚した
その構図が似ているのである

原発の問題はそれが危険なのものでありだからそれを作るには何か正当なものとして主張できないからそこに闇が生まれる、闇の勢力にも頼るとなる
地元の人に正当に説得できないしそれもめんどうだとなり地元の有力者に頼る
その地元の有力者が森山氏だったとなる

田舎では土建会社が主な働き場でありそれが地方の実力者になる、するとそこで働く人が多いのだから逆らうことができなくなる、だから津波や原発事故で工事が増えて地元の土建関係はかなりもうかって豪邸を建てた社長もいるとなる
津浪の被害でも関係なく船主は立派な家を真っ先に建てたからである
原発マネーは莫大なのである、土建関係というときゼネコンでも除染の費用として7兆円とか使われたのにも驚いた、大手のゼネコンでもそれだけ金が国から入るのである
そして自民党の献金が大手のゼネコンから増えたとなる
つまりこれも原発マネーの還流だったのである

いづれにしろ今回の構図は福島原発と似ていた、それは原発そのものが正当に住民に納得させることができないものだからそうなっていた
それで国とか政治家でも官僚でも御用学者でも自治体でもマスコミでも一体として安全神話を作ったのである
それは絶対に安全だと言えないからこそ安全神話を作り上げて安全を強制されたのであるその根本にやましいものがあったからこそそうなったのである
そして住民に対しても原発マネーの恩恵が大きいのである
高浜町というとき一万とかの人口であり原発が誘致されて2000人とか人口が増えたことでもわかる、その波及効果も町の財政の5割が原発マネーだというときそうなる
もはや町全体が原発に依存するものとなってしまう
そうしたら原発に反対できない、そして森山氏に逆らうことはできなくなる

あの人に逆らったらこの地域で生きていけない。

これが実感である、この辺でもそうである、原発マネーの恩恵が大きい、するとそれに逆らうものはこの辺では生きていけないとなっていたのである
ただ南相馬市とか大きいから事情は違っていた、それなりに工場とか会社はあったからである、すべて原発に頼るということではなかった、でもその波及効果は大きかったのである、浪江で二万人の人口があるというとき原発関係でそれだけの人口を維持できていたというのもそうである、浪江は隣が原発なのだから余計にそうだったのである

でも逆にこの辺では  

あの人に逆らったらこの地域で生きていけない

原発事故で住めなくなった

まさか住めなくなるのがその住民になるとは思いもよらないことだったのである
そんなことを考えることもなかった、でもこれが原発事故が起きたら現実になる
もし地元に住めなくなるとしたらそういう危機感をもったらなんらか原発をなくても生きる方法を見出すだろう、故郷に住めないよりはいいとなるからだ
それで蝋燭でも家族で地元に住めるのがいいと言っていた人がいたのである

ただプルサーマルで暗殺計画までしていたとなると怖い
それは福島県でもそこまでいかなくてもそういう圧力がかかっていたのである

とにかく原発マネーを今度は関西電力の幹部に還流していたというのも何なのだろうと思う、その金を受け取らないと森山氏から脅迫される

なぜ脅迫されたのか?

それはやましいことが関西電力にあったからだ

だからそれは長い間そういうことが行われていたのである
原発というのはそういうものなのである、だから福島原発と同じ構図だったのである
原発マネーの毒が回っていく

そして金をもらうということはそれが具体的なカルマとなる
それでヤクザが金をもらったからと殺人までする、そこまでしなくてもいいとなるがやはり金をもらったということでそうなった
だから金とは怖いものなのである、金をもらえばいい、ただもうければいいとしかない
でも金を受けとったことがカルマとなり追求される
もし受け取らなかったらこんなことにならなかったからである

結局これだけの事故が起きても依然として原発マネーは力があり住民は危機感をもたない現実に地元に住めなくなった人たちを見ているのに危機感がないのである
人間は危機感をもてないのだ、それは津波でもそうだったし危機感が欠如するのである
それが人間の習性なのである、何もなければ何も起きないとなってしまうのが人間なのである
津浪でもこの辺で400年津波が来なかったから津浪はこの辺には来ないといんう確信までになって逃げないで死んだ老人が多いのである

いづれにしろ原発事故はまた必ずいつになるかわからないにしろ起きることは確かであるその時地元に住めなくなるのである、そういう危機感をもたなければならないのである
でも戦争でも70年無ければないと思う、それでも戦争が起きない保証はないのである
人間は個人的にも社会的にも何が起きるかわからないのである
その危機に備えることが必要なのである
でももし原発事故でもこれから30年起きなければ起きないとなってしまうのである
人間はそういう習性がありそれが大きな災いをもたらすのである




posted by 老鶯 at 09:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連
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