2019年10月17日

文明化は必ず自然に影響して災害をもたらす (原発からダムから松林から杉林の人工林でも同じ)


文明化は必ず自然に影響して災害をもたらす

(原発からダムから松林から杉林の人工林でも同じ)



昔は輪中という知恵があったからね。
街の中に小さい堤防が点在していて、被害範囲を限定する。
今は堤防で全ての被害を防ごうと強大化してるけど、いざそれが決壊すると大被害になる。

現状の緊急放流は下流に洪水を起こす危険性が高い殺人放流となっています。そこで台風等で大雨が予想された段階で放流しダムを空にして大雨が降りだしたら放流を止めてダムに大雨を貯水する。こうすると大雨の防災になります。八ッ場ダムの好例があります

大雨が予想されるのに今回もダムの事前放水は行われていない。
もし、行われていればこれほどの被害はなかっただろう


現状の緊急放流は下流に洪水を起こす危険性が高い殺人放流となっています。そこで台風等で大雨が予想された段階で放流しダムを空にして大雨が降りだしたら放流を止めてダムに大雨を貯水する。こうすると大雨の防災になります。八ッ場ダムの好例があります。

水害に有効なのは『山』の手入れでしょう。杉や檜が無造作に植林放置されている『山』を生かし、雨水をタップリ貯蔵できる自然環境を回復させる事が急務と考えます。

信玄堤防を作るのが良いと思います。
水流を「いなす」「すかす」思想です。

河川の堤防が土を盛ってるだけなんて、小さい時からいつ崩壊してもおかしくないと思っていました。
子供でも無理とわかるのに、このような工事しか出来ないのでしょうか?
コンクリートだったら、どれだけの人命と財産を守れた事か!

「ダムがあっても下流に浸水被害が生じた」これってダムが有っても無駄って白状してるよね。税金むだー。土建屋おいしー。

針葉樹を植樹したのは金のため。
広葉樹を植え、山自体の保水力を確保するなど、自然と共存する方法を考えていただきたい。。

今回台風19号の河川氾濫の被害は津波の被害にもにていた

人間は自然に逆らって文明化して自然から復讐される!

このことを書いてきた、津波でもこの辺では八沢浦とかはもともと海であり入江だった、それを明治以降城勤めの侍が職を失って開拓して米作りした田んぼにしたところだったのである
そこがもともと海だったから海になっただけなのである
自然には悪意がなくまさに自然の作用なのである
それで塩崎の船着のすぐ近くまで津波が鉄道の下のトンネルを越えておしよせた
そこも奈良時代辺りは海だったのである
本当にもともと海だった所に正確に津波がおしよせて元の状態に戻ったというのも驚きだった
自然には自然の回復作用があるのだと見た

今回の台風でもそうである、ソーラーパネルがある烏崎周辺の土地は特別低い場所であり津波でも証明された
あそこに水があふれたの不思議だったが特別低い土地だから水があふれた、ただ水はけも悪くなっていたのかもしれない
津浪の後に海岸の護岸工事をしたからである
でもそこに大内村の人たちが袋村を作った、開拓して作った、そこは真野川の河口の岸でもあり一番土地が低く場所が悪い所だったのである、それで村が成り立たず廃村になった
そこを開拓したのは人間側のやむにやまれぬ事情がありそうなった
つまり人間は人口が増えるとどうしてもそうしたもともと稲作に適していない場所でも利用しようとする
それは右田などもそうだった、そこは海であり海を干拓した土地である
江戸時代でもそうだった、海老は高い地域だから弥生時代から住んでいた、最近その突端に海に面した所に古墳が発見されたことでもわかる
そして意外だったのは右田の松原は松が太いしいい松原だった、これも江戸時代にできたらしいとなると古いから成長してそうなったそこに夏に松影で海風が吹いてくるので涼しい、夏は天然のクーラーとなり私はいつも休んでいたのである
釣りをする人たちもいつもいた

それはのどかな風景だった、その松が根こそぎ津波で流されたときはショックだった
そして松は津波に弱かったのである、「根がまっすぐで深く、その土地にあった常緑広葉樹林がいい、高木と低木のまじった多層群落の林が強い」言う時そうなる
自然林はもともとそういうものだったからである
つまり松原は江戸時代以降稲作のために海側を干拓した、それで塩害をふせぐために松原にしたのである
それは人工林だったのであり自然林ではなかった
つまり人間は自然を改造して住む領域を拡大して人口を増やしてきた
縄文時代だったらそういう自然を改造する技術も力もないから結果的には安全な場所に住んでいたのである
今回の千曲川の氾濫でもそうである、川は広い流域が川であり今流れている堤防に囲んだ川であり人工化した川なのである、それでその堤防が破壊されれば元の広い流域の扇状地の川にもどったのである 

農業はそもそも自然と深くかかわり自然を利用するにしてもやはり文明化である
焼畑からして農業の文明化なのである、森の木々を焼いてその灰を肥料とする
そこで森が失われるからである
そして森にしても杉林は自然の木ではない、多様な樹々があるのが森である
杉林の森になったのはそれを資材として木材として家を建てるためにとか利用するためにそうなった人工林化したのである
だから森には保水作用があるというとき杉とかにはあまりない
ブナの木などがいいのである、でもブナの森はもともとどこにでもあったがなくなった
この辺の森で小山田の奥にブナという地名がありここでももともとブナがあった

中国語で「山毛欅」とは本種ではなく、中国ブナの一種を指す。ブナは近年作られた和製漢字で、一般に(日本)ブナの意味に使われている。

buna111.JPG

なぜぶなの木が無となっているのか?それは最近できた和製語というときブナの木が杉や檜や他の木と比べて無用化されたからであるでも杉の木の森は人工林でありぶなの木の森は自然林である、だからブナは保水力がある
それで洪水から守る役割もある、そのブナがなくなったことで森の保水力がなくなり洪水が起きやすいとなる
森だ今では木材が外材になり守る人がいなくなり荒廃して洪水が起きやすくなったというのもそのためである

何か必ず文明化することは自然破壊になる、自然を改良するということが文明化なのだがまた自然破壊にもなりそれが必ず災害になっている
今回の河川氾濫もそうである
もともと川だった所に人が密集して住んで被害にあっているからである
それで縄文時代はもしかしたら一番災害に強い時代だったという皮肉が成り立つかもしれない、危険な場所には住めないからである、住む力がなかったともなる
自然に適合して住むほかなかったからである

それで津波の起きるような場所に住まないし川岸に住んでも扇状地とかなっていて住めないとなる、だから川から離れて住んだのかとなる
でも川の水は利用していたとなる
これほど日本で災害が多いのかとなると日本はそういう風土だということもある
そういう地形だということもある、土地がないから危険な山の下に住んで崖崩れで土砂災害が必ずあるのもそうである、そういう危険な場所に住まざるを得ないからそうなる
それが日本人のカルマとなっている

それでなんか教訓として面白いというか日本人はわかっていたのである

娘をもっていても、海辺通りのへの縁組は無用
高潮に襲われる海岸地へは娘は絶対に嫁がせないという意味
(天災から日本史を読みなおす-磯田道史)

これも海岸地帯は実際に南相馬市鹿島区海老村の隣の八沢浦の湊村で東日本震災の津波の前に高潮に襲われて水浸しになっていたのである
それが海岸のすぐ側だったからである、そして湊村は消滅したのである
40軒くらいあったが村自体津波で消失した、他にも津波でぱ村自体が消滅する
海老村とか烏崎村も消滅したのである
そして歴史的にも磯部村では佐藤氏が治めていたがやはり高潮の被害があり今の日立木の道の駅ある鬼越館に移住したのである
そのあとに400年前にも慶長津波が来ていたのである
相馬藩では700人溺死という記録があるからだ

だから今になると湊村で高潮の被害にあったときここは危険だとして移れば良かったと思った、でもなかなか移住することはできないのである、そこでの暮らしがあったりすると余計にそうである、それで三陸では明治でも一万人とか死んだ津波被害があってもやはり同じように港がある場所にもどって漁業で暮らしていたのである
それは便利だからどうしてもそうなる、生活第一になり津浪でそれだけ被害があってもそうなったのである

とにかくこの辺では相馬市の市街が洪水の被害になった、でもたいしことはなかった
その隣ともなる丸森町が今度が洪水で大被害になった
あそこには山の上に大ソーラーパネルがありあれがどうなったのか心配になる
ソーラーパネルも森の保水力を低下させるし水が麓に急速に流れさせる
だから森の斜面をソーラーパネルにするのは危険である、でもあそこはもともとゴルフ場だったというとき木はなかったから
それも危険だったのかともなる、ゴルフ場もまた森の木を切ったからである
また今回の丸森町の被害は阿武隈川の氾濫ではなく支流の氾濫でありまた後ろの山から水が流れ出して被害になったとか言っている
だから洪水の起こる原因も複雑である
今回はやはり宇多川は氾濫したのは松が房ダムの放流が関係していたのか?
また大潮で水はけが悪くてそうなったのか、複合的原因があり災害が必ず起きる
人間の事件でも一つ原因ではない、複合的原因として起きているからである
丸森町は景観がいいのである、それで詩にしたもした
森が深いしまた山があり蔵王が見えるし阿武隈川が流れている
だから景観的には魅力ある場所であるが高齢化が進んだ村でもある
それて今回の被害でかたづけるにしても苦しいと言っていることもわかる
今回の台風19号の被害もいろいろ考えさせられることが多かったとつくつぐ思った





posted by 老鶯 at 11:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層
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