2019年11月15日

日本はモノマネ国家であり中国もパクリ国家である


日本はモノマネ国家であり中国もパクリ国家である

(独創的な創造的な人間が育まれない国)

パナソニックという会社は、かつて松下電器産業という社名だったが、昭和の時代には、よく「マネシタ(真似した)電器」と揶揄されていた。トヨタも今でこそ、レクサスといったブランド商品を出せるようになったが、米ゼネラル・モーターズの自動車を参考に製品の開発を続けてきたのは有名な話である。

パナソニックに限らず、日本企業の多くは、欧米企業がヒット商品を出すと、すぐにそれを真似して(今の言葉で言えばパクって)、より安い価格の製品を出すというのが定番商法だった

https://www.newsweekjapan.jp/kaya/2019/08/post-78_2.php

良く日本では中国をパクリ国家だと攻めているけど日本もそうだったのである
ただマネシタ電気と松下電器が言われていたというのは知らなかった
何か日本の電器製品が売れたのは日本の技術力が高いから売れたとされていた
それで日本を誇る人がいた、技術者とか科学者は今でもそうである
日本は技術力で優秀だとしている、それが疑問なのである
戦争の時もアメリカのことを知らない、どれだけ巨大な国なのかもしらない
それで日本がはアメリカに負けないとして戦争になった

その時庶民はアメリカのことなど情報も入ってこないのだから知らない
テレビも何もないのだから知らない、ケネディ大統領が暗殺されたときようやくテレビが普及して外国の情報が映像で入るようになった
つまり映像で情報が入るとインパクトが強くなる、アメリカではすでに戦前でも車が普及していたとかその生活ぶりがテレビで写されればアメリカの見方が違ってくる
外国は実地にその国を踏んで見ないとわからない、だから今でも知識人となる要件が
外国で暮らした人であり学んだ人なのである
そこで日本という国を客観的に見れるからである

日本は科学技術でノーベル賞もとっているから優秀なのだという奢りがある
そのことで何か日本が画高度成長時代を築いたのもそうして科学技術が優秀だったからだとしている
それはマネシタ電器というように欧米のマネであり日本独自のものではなかった
それが日本独自のものと奢るようになった
それが明らかに原発事故に通じていたのである

原発を操作する技術は日本にはなかった、それで湯川博士がまだ時期が早いと反対していた、原発を操作する技術は日本になかったけど無理して導入したのである
そしてアメリカも安全性を無視して古い原子炉のマーク1を売りつけたのである
たいがい後進国には武器でも古いものがお古が売りつけられる
明治維新でも南北戦争で使った古い銃がアメリカから入ってきたとか中国だとロシア製の古い銃とかか売りつけられるのである
そこに武器商人が活躍する素地があった

日本は科学技術に関してはみんな欧米とかから学んだものであり独自のものはない
ただ文明は必ずその国にとどまらず伝播する、ギリシャ文明にエジプト文明の影響があったとかヨ−ロッパ文明にイスラムの文明の影響があったとかなる
日本では中国文明のコピーだとか言われる、だからものまねが別に悪いことではない
そういうふうにして文明はグロ−バル化したからである

日本の高度成長は運が良かったのである、戦争に負けて軍備に金を使う必要があまりなかった、外交でもアメリカに守られて楽な立場になっていた
それで経済のみに集中できたのである、そして電機製品が売れたという時それは日本独自で造りだしたものではない、モノマネだったのである
ただそのモノマネが悪いということではない、外国のものを改善したということもそれなりに日本的優秀さを発揮したとなる

ただ日本人には何か発明能力には欠けている、イノベーションが苦手である
アメリカを見ればわかる、エジソンをはじめ発明の国だからである
ヨ−ロッパでも本当になぜあれだけ天才が多いのか?
それがアジアとの大きな差である、科学技術でも欧米が発明したものでありアジアで発明したものではない、だから中国の経済発展も日本の高度成長と同じだったのである
欧米をまねて日本をまねて発展した、そこに独自に発明したものはないのである

それで今になると日本の電器製品を韓国でも中国でも作っていることをみればわかる
そうなれば日本の製品は売れなくなる、そして日本はまた貧乏国にもどったというのもわかる、もし真似できない日本独自の製品だったらこうはなっていなかったからだ
ただマネすることが悪いことではない、学ぶとはまねることだったからである
ただそこから創造する力に日本は欠けていたのである

その創造する力がどこから生まれてくるのか?
それが問題になっているのは最近盛んにそうした創造力が大事になると言われるからだ
AI化でも機械化できるものは機械化されて仕事がなくなるというのはその仕事がコンピュターでもできるからである、事務でも法律でもできるとなれば一体人間の価値はどこにあるのかとなるからだ
そこで問題になるのが創造力だとなる、その創造力をどうして育まれるのかとなる
日本でもモノマネ国家だというとき国自体にそうした素地がない
天才とか独創力のあるものを育てる素地がない、同調圧力が強く平均的人間を作のは得意でも独創的な人を育てることができない社会なのである

だから教育にしても平均的な人間を作るには効率的だったが独創的創造的人間は作れないシステムである、だから欧米の教育と日本の教育では教育の仕方が違うとなる
ただでは欧米のように独創的創造的人間を作れるのかとなると簡単にはできない
それは歴史的伝統の中で育まれたからである
それに宗教も関係していてキリスト教だから科学技術も発展したとも言われる
その関係は詳しくわからないにしろ何か総合的なものとして文明が生まれているからである

日本にもそうした歴史文化伝統があるとして何か美的な分野ではある
日本語が外国語と比べてそういう独自なものがあるとして訴えたのが林秀彦である
日本語には美的な要素が感性的に優れたものがあるというのは日本の風土とかに育まれたからだろう、それで短歌とか俳句のような独特なものが生まれたのである
ただ科学技術面ではもともとそうした素地はなかった
第一科学技術という時西洋文明がギリシャ文明が生まれたことでもわかる
そこが基となり科学技術が生れて来たからそれが発展して現代のアメリカ文明まで通じているからである

いづれにしろ日本が再生するにはそう創造力独創力だとするとき平均的な大量生産に適した規格化された人間を作ることではそうした力を生みだせない
ただそういうことは一朝一夕にはできない、では中国があれだけの大国だからできるかとなるとそれもできない、やはりアメリカのパクリであり独自のものがないからアメリカが怒るのである、それで結局中国も日本のよに高度成長があったが今では行き詰まっていというのは同じなのである
posted by 老鶯 at 08:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題
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