2020年02月06日

復興できない飯館村の問題 (外部からの支援と村民の復興の相違)


復興できない飯館村の問題

(外部からの支援と村民の復興の相違)


「真の復興」とは、被災者がその災禍から立ち上がり、東日本大震災前の当たり前の日
常に少しでも近づけることだと感じる。少なくとも、経済を復興させることや、ハコモノを次々と建てることではない。自治体をどのように再建するか、「地域」をどのように存続させるかということばかりが重視され、被災した人の暮らしや想いはこのままでは、多くの人が置き去りにされる。また故郷を消失し、思いを断ちきることになる。これのどこが「復興」というのだろうか。

生業の喪失

現在、福島市の避難住宅で暮らしている。
「賠償金もらえて最初の 2、3 か月はよかったよ。だけど、もう生きている気がしねぇ。ただ生かされている感じだ。餌与えられて生きる牛や豚と一緒だ」。
危機に立つ住民主体の村づくり

飯舘村は、「結」を大切にする地域だった。いや、助け合わなければ暮らしが成り立たなかった歴史があり、それは震災前も同じで行政区ごとの共同作業によって、美しい村が維持されてきた。
「自然と、隣近所や親類が「結」で助け合った。田植え、稲刈りをはじめ、山でカヤ(ススキ)刈りをしての屋根ふき作業も。そうしなければ、お互いに生きていけなかった。

危機に立つ住民主体の村づくり

飯舘村における「復興」計画と「村民の復興」の乖離 

復興が何かわからなくなってしまった、別に経済的に前より豊かになった人がいる
小高でも仙台に移り住み不動産とかアパート業で豊かになった人がいる
それは補償金をもらったからそれを資本金にして成功したのである
そしたらその人は前より豊かになったのだから復興したとなる
その人は個人的には家族単位では復興したのである

でも小高が復興したのかとなるとならない、帰ったのは老人がほとんどであり学校すら小高に住んでいないから原町とかから通っている
これは飯館村でもそうである、あれだけ立派な学校を作ってもそこに子供は住んでいない近くの避難した町から通っているのである
そこでそうした立派な箱ものばかり作っても肝心の人が住まないし村が復興したとはならない                    

そもそも前にも書いたけど現代はグローバル社会であり広域社会である
具体的にどうなったかというと家を作るにしても地元の人が作るのではない
大手のハウス会社が二週間くらいで組み立て作る、プラモデルのように部品を組み立てて作る
昔だったら家を建てることは一大事業である、自分の家は三か月以上かかった
それも材料は柱は橲原の木を利用していてそのことを自慢していた
今は材料も外材であり土地の人ととのつながりがないのである
だから何か原町でも鹿島でも相馬市でも新地でも他でも外から入ってきた人たちが本当に多いのである
一番顕著なのはいわき市である、二万人とか入ってきて補償金で家を建てたから地元の人たちにうらやましがられたのである

なぜそういうことができるのかというと広域社会グロ−バル社会だからである
そもそも外材は外国から入ってくるからである
そういうふうに外国であれ国内であれ一地域で経済では成り立たない社会である
そこで何が大事になるのか?
金が一番大事になる、金さえあれば何でも手に入るとなるからだ
すると絆のことを盛んに言っていたけど地元の人の絆は希薄化していたのである
それで簡単に町でも村でもばらばらになってしまったのかとも見た
簡単にゴーストタウンになってしまったのかとみる
避難区域に指定されたことはわかるし放射能のこともわかる
でも何か瞬時にして町でも村でも人がいなくなり結局回復しなくなった

だからなぜこうなったのだろうと私は思った
そんな簡単に町でも村でも故郷でも捨てられてしまうのかということである
絆などなかったのかとなる、人もばらばらになり長年代々住んだ土地も捨てられたとなるからだ
もちろんその土地に故郷に執着して帰りたいというのは老人なことは理解できる
でも老人ばかり帰っても復興しないのである
そして生業を返せというときその生業とは何なのか?
生業とは生とはなりわいのことである、なりとは成ることなのである
その土地に住んで自ずと成るもので生きるということである
それを象徴していたのが飯館村の山菜料理であり山から山菜を無料でとって生活することである
生業(なりわい)とはその土地に根付いてその土地に成るもので暮らすことなのである
それがなくなったとき福島市とかに住んでも山菜とりできないとか何もすることがないと嘆くことになった
そこで山菜を無料でとって暮らす生活が見直されたのである

つまり人間は何か当たり前の価値がわからないのである
それ失った時初めてわかる、親がいて何でもしてくれているのか当たり前だが死んでしまったら全部自分でしなければならず親のありがたみがわかる
また妻に何でもしてもらっていた夫も妻が死んで何でも自分でやらなければならないから妻のありがたみがわかる
人間は本当に当たり前の価値がわからないのである、まずそんな当たり前のことを価値と認めないのである
そこに人間の盲点がある

とにかく飯館村は今回の原発事故で被害が露骨に現れた、未だにそうである
その風景は一変した、もはや田畑はなく放射性物質の置き場になっているだけである
あとはソーラーパネルになり景観も前のとは違っている
新しい中高一貫の校歌を作った人がいるが確かに凍てる大地に根付く木とかの歌詞は評価できるにしてもここにも矛盾が現れているのだ

そもそもその曲を作った人も校歌を作詞した人も地元に住んでいない、東京から来た人であり外部の人である
いろいろ今回は外部の人が入ってきてかかわることになった
でもそこにもともと住んだ人がそうして歌詞でも作ると土着的になる
東京から来た人は観光客なのである、そこで保養して後は帰るだけである
そこの凍てた大地に育つのはそこに住む若い世代なのである
外部から入ってきてそこに住まない人は観光客なのである
凍みた大地で生きることはない、飯館では凍み大根が有名だけど外部から來る人と内部にその土地に根付いて暮らす人とは根本的に違っている

そこにリアリティがないのである、東京からただイメージして作っているのである
ここで苦労することもないからリアリティに欠けているのである
何か文学でもリアリティが実際に体験したことでないと訴えない
小説だってやはり現実に体験したことでないと訴えない
それを自分も指摘されたからわかる
森でも外から見ているのと中から見るのは違う、森に入ると枝とかがありツルが生えてからまったり蛇だでてきたりといろいろ難儀することがある、外から見ていればそういうことはないのである

自分もただ外部から来たものになっていた
ただ近いから東京から來る人は違う、例えば放射性物質のフレコンバッグが水があふれて破れてもれたことがあっ
すると放射性物質は南相馬市に流れて来る、真野ダムに集積した放射性物質は土地はつながっているのだから流れてくるのである
だから飯館村の問題は南相馬市の問題になる、土地はつながっているから切り離せないのである
だから佐須で泥が20マイクロシーベルとあったのには驚いた
その放射性物質の泥も真野ダムに流れてたまっている

ここで問題にしているのはそこにもともと住んでいる人たちが村をどうしたいのかとなるとき何か箱ものとかその人たちの意に沿わないものとなっていることを書いている
そもそもそこに住む人たち、代々住んでいる人が主役になるべきだとしている
それが外部から入ってきた人たちが主役になっている
それで山木屋では東京の方から大学の人がきたけど一年でやめたとか嘆いているのもそうである
一時的には来てもそこに土着して住むとういことがないからである
一時的な実験場のように利用したとなる

飯館村では一部落全員を帰還の条件としたというときそれだけつながりが深いからそうなった、他の津波の被害地でもそういう部落があり全員一致して高台に住宅を作った
元の町が村が回復する復興するということはそうなる
(結(ゆい)のような組織があり村人がが助け合って生きてきたというのもそうである
それがばらばらになった、飯館村なら補償金などでも同じにすれば良かったのである
被害はさほど変わらないし第一一つの村としてある、土地もつながっているからである
南相馬市でも小高区とかを避難区域として分離してしまったことである
そこで小高と原町と鹿島に補償金で分断されたのである
補償金で統一することがむずかしくなったのである
それも政府の企みがあってそうなったのかとかんぐる
なぜなら政府の責任を市町村が一体になって追求するより分断して仲間同士で争わせた方がいいとなるからだ

ともかく市長も町長も村長もまとめ役とはなれなかった、市町村をまとめることができなかったのである、それだけの指導力をもつこともできなかったとなる
それでそれぞれの私益だけを追及する結果になったのである
だから放射線量で補償金で細分化されて分断された、それは政府の思う壺になったともなる
だだみんな補償金を多くもらいたいということしかなくなったのである
もう故郷に帰ることではない、補償金でそれぞれ勝手にどこでも暮らせとなったのであるただ飯館村だと人のつながり土地とのつながりがあり一致して部落で全員帰還を目指したのである


飯舘村の「帰還農家」で咲かせた未来への希望

荒れ野の古里によみがえる高原の花々

posted by 老鶯 at 19:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 飯館村
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