2020年02月16日

日本のもてなしの起源 ( 歩いて疲れていた旅人だからもてなしがありえた)


 日本のもてなしの起源

( 歩いて疲れていた旅人だからもてなしがありえた)

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旅人が病気になった場合、ケアや看護もしたのでホスピスとなったという
何か巡礼とも関係していたから四国の遍路ともにている、そこに信仰で寺をめぐる人たちのもてなしをしたからである

そもそもなぜ病気になって旅ができなちなったらケアして介護したかというとその時病院とかもない、家に帰るのにも遠いとなると病気で動けなくなった場で癒すほかなかったともなる
つまり当時の旅は歩く旅だから簡単に遠距離を移動できないからである
それは日本でも同じだったのである
みんな歩いていたのである

歩いて移動していたから疲れる、病気になる人もいる!

こういう旅だったのである、旅はそれだけ体力を使い疲れるものであり病気にさえなる
だからこそホスピスが必要でありそれがホスピタルになった
病院の起源がこうした旅人を癒すものから始まったというのも興味深い

なぜこのことを私が関心をもったのはとにかく自転車で旅するとなかなか宿を探すのがむずかしい
そもそも自転車旅行する人は何か胡散臭いとか貧乏人とか見られ安いのである
普通の人ではないと見られやすい、また汚れてもいるら歓迎されないのである
だから私は旅館とかでも特にホテルとなると嫌いなのである

今の旅館もホテルも本当に旅する人はもてなしてくれない!

これも何か時代である、なぜならもし江戸時代なら街道を歩いてみんな旅ししている
旅というより移動するのは歩くのだから疲れる、一日40キロくらい歩いたというから
本当に疲れるのである
そしたら宿についたら疲れているのだからもてなしてもらいたい
苦労をねぎらって迎えてもらいたいとなる
それを迎える人もわかっていたから宿場町ではねぎらいがあった
それは人間の情として自然と生まれたおもてなしだったのである
相手が歩いて疲れたということがわかるからである

ところが現代ではみんな車と電車とかなると疲れるないのである
バイクでも疲れない、すると相手をお疲れでしたねとか迎えるということはない
車で来た人をお疲れでしたねとか迎えるということもないのである
運転は確かに神経的に疲れるから疲れることはある
でも40キロも歩いてきた人とは違うのである

草臥れて宿借る頃や藤の花ー芭蕉

まさに疲れて草臥れてやっと宿につくのである
こういうことから江戸時代には人情が篤い時代だった
現代は何でも便利なのでそうした情が失われたのである
駅でもそうである、何か待つ時間が人間的なものを作りだしていると何度も書いた
その待つ時間が現代には消失した、車は待たないのである
高速道路のSAだと何か待つということはない、買い物して用をたしたらすぐに車で去るだけなのである

とにかく今歩いて旅したり自転車で旅する人は世間の常識からはずれた人間になる
学生くらいならいいがそれ以上になると普通ではないとなる
だからこそ宿にとまりにくいからテントになるのである
宿で旅館でも歓迎されないからである
つまり肝心の旅して疲れている人をもてなさなくなったのである
そんな汚れた人や自転車の人はテントで泊まってくださいとなる
例え金があってもそうなる

だからこれほど交通が便利になってどこにでも行けるのに旅人がいないのである
ホテルとかに泊まる人は旅人ではない、グルメとか保養に来た人なのである
一時は高度成長時代は会社の人が慰安旅行に団体で来ていたようにホテルは旅人を泊める所ではないのである

それで奇妙だったのは古民家のある山形県の田麦俣から街道を行ったらホテルがあった
そんなところに泊まろうとしたができないと思った
でもたずねてみたら泊めてくれたのである、団体が来ていても泊めてくれたのである
何かそういう人にふさわしい部屋があり泊めてくれた
そこはホテルなのだからそんなことありえないことだったのである
そこはビジネスホテルとも違うからである
そこに泊めたのは女将がいて許可したのである
どこのホテルなのかわからなくなったがあれば例外的なものだった

人間は時代が変わると当たり前のことが失われていたのである
なぜもてなしが生まれたのか?

それは旅人が疲れるので癒すために生まれた

でも電車であれ車であれ来る人は疲れるとういこともないのである
神経的に運転は確かに疲れるが40キロも歩くとかとは違ったものである
自転車も歩くよりは楽でも疲れるのである
でももてなしてくれる宿は今はないのである
もちろん全部というのではないが確率的にはほとんどないとなる

要するに時代が変わるとこうして当たり前のことが当たり前でなくなる
もてなしとか盛んに言うけど本当に疲れた旅人を癒す宿はない
ヨ−ロッパですら巡礼の人たちをホスピスしていた
そして病人になったらそのまま看護してケアしていた
それがホスピタル〈病院)の起源だったのである
旅人を癒す介護することが病院の起源だったのである
それは交通が不便だからそうせざるをえないとなっていたのである

なにかどこでも人情がないというときそれはみんなあまりにも便利な生活に慣れているからそうなったのである
不便な時はかえって人を思いやるということがあった
私は無人駅で案内のボランティアのまねごとをした
その時、見ているのはスマホである
それでもわからないことがありその時教えることがある
でもスマホだとそういうことがほとんどないのである
そこに会話もないのである
だからこそ無人駅になりどこも無人化してゆくのである
情など必要ない、人はコストだとなりいらないとなる

そこから起きてくることは何なのか?
駅に駅員はいない、スーパーにレジがいない、コンビニもいない、車でも自動運転だとか人がいなくなる、自動化して人がいなくなるのである
機械がロボットが代わりになりAI化でどこにでも人がいなくなる、無人化する
その時人間の役目は何なのだろうとなる

でも考えてみるとスマホだと地図の代わりになり人に聞かなくてもわかるかもしれない
でも観光案内となるとその土地に住む人に案内されないとわからない
その案内を私はできる、それは機械にはできない、インタ−ネットに情報が出ていても
その場所で説明されるのとは違うからである

ともかく東北を最後に自転車で旅しようかと計画している
今度買った電動自転車は楽に走れるからである
でも荷物がのせらられないので困っている、新しいヤマハのがまた出たがJPYーTCはエンジンが同じものでありいいものである、それは荷物がのせられるのである
ただやはり30万以上で高いので問題である
だから今のマウテンバイクで行くかと準備している

正直もう10年は長い旅をしていない、ほとんど旅していなかった
だからまた自転車で旅するとなるときつい、でももう自分には時間がない
最後のチャンスなのでなんとか行きたいと準備している
テントももっていけないと泊まるのに苦労するが充電しなければならないのでどうしても泊まることになるから結構楽ではない旅になる
何かどうして自分の場合不器用で失敗が多いから困るのである  

今日も雨の中用があって相馬市に自転車で行ったら眼鏡の片方のレンズを雨滴を拭いたりして落とした、これも大失敗だった、なぜなら眼鏡は5万くらいしたからである
何かレンズがきつく入らずに落としやすいものだったのである
それが自転車の振動で落ちたのである
何か自転車というのはトラブルがある、この前は暗闇でライトがなくて転び危険だった
何か命にかかわる危険もある
また車に追い越される時なども危険である、後ろから急に車が来るからである
だから自転車では実際三回くらい死に目にあっている

何か80歳の人が日本一周してトンネルで死んだことがあった
トンネル一番危険なのである、自分もトンネルで死ぬ思いしたからである
東北は自分のアイディンティティの場だからどうしても最後に旅したいとはなる
どうしても体力的にももうできないと感じるからである

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