2020年02月24日

グロ−バル化とコロナウィルス (生態系と風土を無視したグロ−バル化の危険)


グロ−バル化とコロナウィルス

(生態系と風土を無視したグロ−バル化の危険)

 生物圏の中に経済システムが存在するという考え方ではなくて、 経済システムありきというような考え方が新自由主義的経済観ですので、 そもそも矛盾が生じているのです

グローバル化と3つの危機
―私たちはどんな世界に向かっているのか


コロナウィルス騒動は何なのだろう、これが問題なのはグロ−バル化した社会にある
中国人はどこにでもいる、だからイタリアの方にも観光に行くからイタリアでも都市が封鎖された、そんなに早く伝染するのも交通が発達したからである
飛行機で毎日のように世界のヒト、モノの交流があるから中国から遠くてもコロナウィルスが伝染した、そのスピードが早いのである
たちまち世界中に感染してしまう
中国人は世界中にアフリカでもどこでも拡散している、それも原因だとなる

それから人間はその土地の風土と生態系に依存して生活してきて
そして体でも生態系に依存して長い年月をかけて作られてきた
それでそれで肉食民族の牧畜民族の白人は欧米人は肉を消化する酵素がでる
日本人は穀物を消化するので腸が長くなったとかなる

日本の特徴は魏志倭人伝にあるように牛・馬・虎・豹・羊・鵲無しとある
鵲(かささぎ)は韓国にいるが日本にはいない鳥である
だから鵲を韓国で見ていたが日本に来たら見ないとなり記したとなる
そこに生息している鳥でもその相違を見ていたのである
とにかく牛・馬・虎・豹・羊・無しということで日本の特徴をとらえていた
牛とか馬とか羊ならどこでもいたし今でも見られるからである

縄文人だったら木の実の採集でありそれを貯えるために縄文土器を作った
狩猟もあったがこの辺で貝ばかり食べていた巨人伝説があるように魚介類が食料だった
人間は人種によって分けるべきではない、確かにアーリア人が凶暴でありそのために世界が支配されたという意見もある
でも生活形態の差が人間をそれぞれ特質あるものとして作った
例えば草食動物と肉食動物は見た感じからして違っている
肉食動物は牙があり獰猛である、でも草食動物は大人しい感じになる
ただ草食動物でも野生のものは獰猛である
でも草食動物と肉食動物は基本的に性質でも違っているとみる

なぜグロ−バル化が今問題になっているのか?
その弊害が具体的に世界規模で現れている、生態系を破壊することは何らか人間にも影響してくる、テレビでダッシュ村とか何か池とか川の水をぬいたら外来の魚がアマゾンにいた魚まで出てきたのには驚いた
そういう魚は元からいた在来種を食いつくしていたのである
そこでもともとあった在来種は食いつくされて外来種だけになりもう池に川に生物はいなくなる、植物もセイタカアワダチソウが繁茂して在来の芒などが駆逐される

グロ−バル化だといろんなものが混交して共存するのがいいとか文化多様性がいいとかなる、でもそれは人間も生物の一種だから問題が起きて来る
いい見方としては異人種間で交配すると種のいいところが遺伝することがある
それで日本人と黒人が結婚して子供をうむと体力的に優れたものが遺伝されて百メートル競走に出たりする
それは精神的なものでも起きて来る、様々な人種がいて国があってその人たちが交わると創造的なものが生れて来る
それはあくまでもエリート層で知的分野で起きることであり今のように単純労働者でもなんでも入れる世界ではなかった

コロナウィルスももともと中国の海鮮市場が生まれたという時、何か人間はそこで生態系を乱すようなことをしている、また食べてはならないものまでも食べている
それでなぜイスラム教徒が豚を食べないかというとやはり豚からトンコレラとかがばい菌かウィルスが出てくるから警戒したともされる
動物はウィルスを媒介しやすいからである

グロ−バル経済にはタブーがない

何か禁忌というのものがタブーが人類にはあった、それは長年の経験で危険なものを禁止していたのである、それがグロ−バル化で破られた
もうヒト、モノの交流は全面的にいいとしかなくなったのである
そこに落とし穴があった、グロ−バル経済などもともと成り立ちようがないものだった
それが金融資本家であれアメリカであれ強国が暴利をむさぼることでもわかる
数パーセントの人達に世界の富が収奪されていることでもわかる

生物圏の中に経済システムが存在するという考え方ではなくて、 経済システムありきというような考え方

まさにグロ−バル化経済システムがまずありそこにもともと生命誕生から長い年月をかけて作られてきた生態系を無視したものとしてグロ−バル化経済がその上に世界を支配するようになったのである
それはそもそも無理なことだったがあえて世界をそのグロ−バル経済システムにはめ込んだのである
そうすると自然界からも生態系からも反乱がある、何かコロナウィルスでもそうなのかもしれない、核でも放射線被害も人間が操作してそれが操作不可能になり大被害になった
これの最大の被害は生態系が汚染されたことにより土でも水でも空気でも汚染されたことにより人が住めなくなったことである
土とか水とか空気まで汚染されたら人間はどんなに技術が発達しても住めなくなる
住めなくなることはすべてが終わりだということである
他の星にでも移って住むほかないともなる

それで今盛んに富裕層が日本から脱出を計っているという、福島の原発が爆発した時も
外国に脱出した人がいた、何か真偽はわからないがこの辺では市長が北海道に逃げたとかも噂された、また国会議員も外国に逃げたとか言われる
だから今回もコロナウィルスを恐れて逃げるとういことがありると噂する
でもこれだけグロ−バル化するともうウィルスが逃げようがないのだ
イタリアでも死者が出たとかなるとヨ−ロッパでもたちまち広がるのかとなる
要するにグロ−バル化するということはウィルスもたちまちグロ−バル化することなのである

いづれにしろ文明は必ず滅びることは予定されている

それはなぜなのか?

人間の知恵ては文明を操作できないからである、それで核も操作できなから事故になり
福島では住めなくなったことでもわかる
文明は必ず自滅するのである、それだけの人間に能力がない智慧もないからである
人間は全能でないからである、神は全能だからこそ人間のようにはならないのである
だから神の国はこの世には作れない、人間の作った文明は滅びる
その滅びる原因がウィルスもその一つになる、何かそうした正体不明のものによってグロ−バルに拡散して滅亡にいたる

だから江戸時代の日本の鎖国の在り方が一見批判されるにしてもその風土にマッチして自給自足していたから外国とは出島を通じてしかかかわらないから外国から侵入するウィルスには強かった
でも国内でも疱瘡とか天然痘とか麻疹とか伝染病に苦しんだのである
そこで村の入り口は大きな藁人形を置いて悪いものを入らないようにした
それが今中国の村で行われているから歴史はかカルマは繰り返すとなる
でも江戸時代の後期に幕末になるとコレラが入ってきた、明治には70万も死んでいるのである
つまり外国と交わることがすべていいものとはならないのが歴史だった
そして日本は海に囲まれていたら外国と直接交わらないですんだ
取捨選択して日本人に合うものを取り入れていたのである
それが日本と大陸の根本的な差異だったのである

posted by 老鶯 at 21:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層
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