2020年03月10日

なぜ原発事故周辺は復興できないのか? (そこの住人がその意志もなく働きもしないから?)


なぜ原発事故周辺は復興できないのか?

(そこの住人がその意志もなく働きもしないから?


福島県民に9年間、聞き続けた「質問」 結果が語るシビアな現実「もう前のような社会に戻ることはない」

3/10(火) 7:00配信withnews  

40代、50代が厳しい受け止め
どんな人が「20年より先」と答えているのか、今年の調査結果を詳しくみてみます。

そして年代別で見ると、40代や50代で「20年より先」と答えた人の割合が高い傾向がありました。

いま40代、50代の人は事故当時は30代、40代でした。一般的には家庭を持ち、働き盛りの世代。そして今から20年後となると、60代や70代になっています。復興の中枢を担ってきた世代の多くが、自分の代で復興を遂げるのは難しい、と受け止めていることがうかがえます。


復興というとき地元の人でも20年後先とかにしている
とういうことはそういう人たちは何か復興のために働いていない
復興などあきらめている、または別な地域に移りそこで定着している
他で移り仕事をはじめてうまくいっている人は帰らないというのもわかる

何かそもそも原発事故だと津波もそうなのかもしれないが地元の人がかかわり何か復興のために働いたということはあまりない
みんな外部から来た人たちが働いていたのである
一番働いたのは自衛隊だとしている
膨大な瓦礫をかたづけるにしてもそうである

地元の人たちは何をしていたか?

毎日パチンコ通いであり競馬であり他にも東京とか遠くまで風俗とか遊びに行っていた人もいた、確かに中には復興のために働いた人はいたとしてもわずかだったのである
それで漁業している人が何もすくことがない、なぜ自分はここにいるのだろうと疑問になった
でも漁業関係者の矛盾は

あなたたちもともと働かなくてもいいんじゃない

がっぼり補償金が震災前も後でも入ってきた贅沢な暮らしが保証されているから

何かそういう矛盾があった、漁業関係者は真っ先に立派な家を建てたからである
津浪の被害は悲惨だったが生活的には困ることはないのである

そしてまた「生業を返せ」と裁判起こすにしても補償金をよこせという訴えにもなる
要するにそもそも生業とは何なのか?
これも良くわからない、農業のことなのか、漁業のことなのか、林業のことなのか?
第一あまり今は生業などという言葉自体使わない
何かの特定の職業のことである、会社員が多いから倒産したら会社を復興してほしいとかなる
生業というなら漁業なら魚をとることであり農業なら米や野菜を作ることである
でも漁業なら十分な補償があるのだから補償金のために訴える必要はないのである

それよりなぜ復興ができないのか?
それはみんなそもそも初めから他人まかせ外部まかせであり地元の人が復興のために何か働くことがなかったからかもしれない

俺は地元のために故郷復興のために汗流して働いているんだ

そういう感覚がみんなもてなかったのではないか?
つまりその人なりに復興のために尽くすことがあったとしてもしなかった
そのこと自体が復興より補償金をもらうために訴えてもっと補償金をくれと運動するのが復興の主な仕事になってしまったのである
だから外部からもそういうことで原発乞食だとして批判される
十年もたつのにまだ要求するだけであり税金泥棒だとも言われる

ただそうなったのは地元の人たちだけが悪いともならないのかもしれない、
今の社会はグロ−バル化社会であり広域社会である
家を建てるにもこの辺で二週間くらいで大手のハウス会社がプラモデルのように建てて
この辺で新しい街が二つくらいできた感じになる
昨日も近くに新しい家でできて中学生の服のことで仕立て屋を探していた
何か外部から来た人が多い、二割以上はそうなっていると思う
どこから来たかわからないがどうしても津浪の被害とか原発避難者が小高や浪江や双葉や大熊とかから移り住んだのである
そういうふうに移り住んで家を建てた人はもう戻らないのである

とにかく今何か復興のために地元の人で働き復興のために働いていて俺は復興のために働いているんだという自覚をもつ人はまれなのである
それで人が住まなくなった地域に外部の人に人が住んでくれと頼んでいるのもそうである本来は地元の人が住むべきなのに住まないからそうなる
外部に移り住んだ人たちはもう故郷を捨てたからである

ではお前はなにか復興のためにしているのか?

私は何か直接力仕事などしていない、でもこのプログで現地の状況とか発信したりどうしたらいいのかとか書いているのが復興の一助なのである
現地のことをいろいろ書いているからだ
それで自分も何か復興のための一助となることをしているのだと自覚できるとなる
復興のために知的労働をしているともなる
なんでもいいからそういうことをしなければそもそも他人まかせであり補償金をもっともらいたいしかなくなる
でも10年過ぎると国からの財政援助もなくなる
それですでに福祉でも厳しくなっている、これは全国的だが日本自体が経済が落ち込み
福祉に金を回せなくなっているからだ
何かこの辺はみんな全体が福祉地域であり自ら何かするということがともしい
帰ったのは老人がほとんだというときまさにそこは復興より福祉の対象地域になる
だからただもっと援助してくれ援助を伸ばしてくれということで医療費無料が一年また伸ばされたのである
そして南相馬市の鹿島区は半年で医療費無料は打ち切られた
そういうことで南相馬市はまた復興ということでも協同しにくくなったのである

いづれにしろ復興が20年先だというときもうその頃老人は死んでいる
ただその時海岸に松を植えたからそれが成長しているから復興を感じるともなる
ただその時でも避難区域になった町や村は復興していないかもしれない

何より人は住まないということは致命的なのである
復興するには人が住むことなのである、なぜなら住むことが復興であるからだ
住まないとしたらいくらそこに立派な駅なり学校なり施設ができても復興にならないのである
そもそもがその土地に住むことがはじまりである
なぜならその土地に住むことが自ずとその土地を復興させることに徐々に通じてゆく
家に住んで庭を手入れしたり花を植えたり荒れた地に畑としてまた野菜を作り米を作るという行為を通じて復興しているんだとなり力が湧いてくる

復興とはそうして自ら何か成すことにより力が湧いてくる、でも他人まかせでは外部頼りでは補償金頼りでは力も出てこないのである
そこで暮らすようになれば暮らしいいように自ずと向いてゆく
でも住まないとなればそんな所は廃れようが何なろうが移り住んだ所の方に関心が向く
近くに家を建てて移り住んだ人が孫の中学生のための服のために仕立て屋を探しているのもそうである
でもここには仕立て屋はなくなっていたのである、そしたら仕立て屋があってほしいとかなる
もう住まないとその町に関心すらなくなる
そこで生活しなければならないからそうなる
だからそこに住まないということが原発事故でも津浪の被害地域でも致命的だったのである

posted by 老鶯 at 10:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連
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