2020年03月16日

コロナウィルス騒動が人間に問うもの (人間は自然を越えられない、生態系を無視して生きられない)

                                                      
コロナウィルス騒動が人間に問うもの

(人間は自然を越えられない、生態系を無視して生きられない)

グロ−バル科学技術文明の批判 (生態系を破壊してコロナウィルスでも世界的災禍となる)


人間はどうしてもある制約が課せられている、それは生態系を無視して越えて生きられないとか地理の制約がある
ただ技術の発達で交通の発達でそういう制約を無視して克服して船であれ電車であれ車であれ飛行機であれ自由にヒト、モノが流通するようになった、グロ−バル化するようになった                            

ではコロナウィルスとは何なのか?

こうして交通が発達してグロ−バル化したことに歯止をかけた、ウィルスというときそもそもおそら侵入してはならない密林とかにひそんでいた所に人間があえて侵入して伝染したとかなる
自然があったとしても人間は技術力があり入ってゆき森でも何でも資源として利用して喪失させた、そしてオランウータンとか森がなくなり住む場所がなくなったとかある
それはオランウータンが住む生態系が破壊されたために起きたのである

生態系から文明をみるとき日本は中国の江南辺りから雲南辺りからの照葉樹林帯の共通の文化圏を形成しているとみる、原町のスダシイ神社とかあるのもそうである
それで不思議なのは韓国と古代から日本は交流が深い、その半島の先端に伽耶国があり
ここは日本と一体化したようになっていた、日本府任那があったからだ
そこで料理は禅宗の精進料理のようなもので質素だったという
肉食はモンゴルが侵入してから習慣化したのでありその前は南は照葉樹林帯の文化だったのである

人間は生態系を離れてありえない、でも現実に東京とかなるとそこに自然とか生態系を感じない、人工的空間に生活している、東京に住んでいたら米がどこでどういうふうにとれるのかわかならい、田んぼがないからである
ただ中国であれ外国からであれ入ってくるものであれスーパーに行けば買えるものだと思っている
でも中国から今回のように食料すら入らなくなるとどうするのかという深刻な問題が生まれる、それは私はグロ−バル化経済批判で再三指摘して来た
なぜならこういう時、食料が不足したらまず自国優先になる、その土地土地に住んでいればその住んでいる土地が優先になる
すると東京とか大都会ではどこから食料を手に入れるのかという問題が生れて来る
それは深刻なものになる、外国は頼りにならないのである
そこにグロ−バル化の限界がある

今回のコロナウィルス騒動で不思議なのは様々な文明の弱点、グロ−バル経済の弱点、
または世界の国々の弱点が露呈されたことである
医療でもそうである、アメリカは保険がないから貧困層は医者にもかかれない、病院ち行けないから感染者が増える、インフレインザでも一万人以上死んでいる
貧困層が医者にかかれないことは感染も拡大してそれが上層部にも波及する
つまり格差社会は上層部もまきこみ被害になってゆく
だから極端な格差社会の国は国自体が脆弱なものとなる
ウィルスの攻撃には弱いことが判明した

それはイタリアでも顕著なのである、ここはそもそも病院の数が日本の十分の一とかに減らしてないのである、これは国全体が財政的に厳しく医療とか福祉にまわせなくなったからである、中国に頼るようになったのもそのためである
そのイタリアからヨ−ロッパ全土に広がった、EUでは行き来を自由にしているから余計に
そうなる、スイスにも広がったという時、スイスからイタリアへの鉄道があり交通が張り巡らされているからそうなる、スイスに広がり隣のオーストリアにも広がる
ヨ−ロッパは一つの大陸で交通が発達しているから広がりやすいのである
日本はもともと海に囲まれているから水際でとめられるということがある

そしてなぜヨ−ロッパから日本に帰ってきた日本人が感染していたのか
それは空港で検査が必ずあり厳しいから判明したのである
日本は明らかに検査する数は少なすぎる、もし空港で厳しく検査するようにしていれば数は百倍になるかもしれない、そこに日本の不安があり疑問がある
ただ死者数はそれほどではないとしてもこれインフレインザで肺炎で死んだ人をコロナウィルスでもそうししていないのかもしれない、何かここは不安なのでアク

いづれにしろ人間は何らか常に制約がありタブーがあったがそれを破ってきたのが文明であり科学技術なのである、でもその制約を越えられないものがある
原発事故で致命的だったのは生態系を破壊されて土や水や森や空気まで汚染されて住めなくなったことである
田んぼとかは生態系に依存してあった、でも一時田んぼでも稲作を禁止されたとき荒廃して原野になった
その時田んぼから蛙が消えた、蛙が消えると鷺が消えた、蛙を餌としていたとかあるからだ、田んぼには水生生物をもいて蛙の餌となっていたからである

つまり生態系はこうしてつながっている

田んぼがなくなる⇒蛙がいなくなる⇒鷺がいなくなる・・・人間がいなくなる

この連鎖が生まれた、人間も町から消えてゴーストタウンになったからである
生態系を破壊すれば人間はその土地に住めなくなるのである

だからコロナウィルスの不思議はこうしたグロ−バル経済とか生態系無視の経済の拡大とかに警告したのかともなる、それも天の作用だったのかともなる
社会自体を見直すものとして生じたのかともなる
津浪でも原発の危険性を警告した、その惨状はあまりにも強烈だった
でも津波が来なければまた以前として原発は安全だとなり日本中が原発だらけになっていた、誰もとめることができない、金になるとなればこの辺でそうだったように目の色を変えて危険は無視されるからである

自然災害は人間の傲慢さを打ち砕くものである、人間は自然を越えられないのである
必ず台風でもそうである、新たな自然災害でその不備が問われるのである
そして自然災害は必ず人災だともされる、それはそうした危険を無視しているからである安全には金をかけないからである、コロナウィルスだってそうである
医療関係に金を使いたくないとして医療が脆弱になりアメリカでもイタリアでもそこをつかれて蔓延をとめられないとなる
posted by 老鶯 at 09:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層
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