2020年04月08日

コロナウィルスで東京から地方へ人の移動がはじまるのか? (原発避難区域は土地が広く空いているので移り住みやすい)


コロナウィルスで東京から地方へ人の移動がはじまるのか?

(原発避難区域は土地が広く空いているので移り住みやすい)


変なんだけど飯館村はもう田畑は利用されていない、そこの住民は住んでいない
ただこじんまりした平屋の新しい家を建てた、それは援助があり建てないと損だとして建てた、でも人は住んでいないのである、だから別荘だとしている
学校がはじまったとしても子供の親は住んでいない、他から通わせているのである
二割くらいは帰って住んでいるとしても広大な土地が利用されていない
するとそこを誰が利用するのかとなる
までい館の案内所も外部から来た人であった
他でも外部から來る人が結構いる、なぜなら肝心のそこに住んでいた住民がいなくなったからである、別荘にきて畑で野菜作りに来ている人がいるという
何かそれも補償金で他に家を建てて別荘にくるというのも贅沢だとはなる
それだけの補償金が入った人が結構いるからだとなる

だからこうして人すら住んでいないとなると外部から來る人はそこが住みやすくなる
なぜなら田舎は人間関係が濃密だから入りにくいからだ
そういう人間関係のわずらわしさもない、そこが無人の地だったら自由に活用してくださいとなる、一種のフロンティアに未開の地に入るようになる
そこには縛られる人間関係はないのである、北海道とにたような状況になる
そこちはアイヌにしても新天地となって移住してきた、その生活は厳しいのもであっても明治維新で侍だった人たちが新天地として移住した
それはアメリカに移住してきたヨ−ロッパの人たちもそうである
それで新天地としてホイットマンの詩が生れたのである

今回のコロナウィルス騒動でも社会を変える世界を変えることの驚きである
第二次世界大戦なみの変化だという人もいる、国際関係も変わる
アメリカは衰退して日米同盟、安保条約も維持できないとも言われる
ヨ−ロッパは明らかに衰退する、EUは維持できない、崩壊する
それでロシアが勢力を伸ばすとしている、その兆候はすでにあった

いづれにしろコロナウィルスが社会を変えるというとき何かその前にそういう兆候があった、それがコロナウィルスで加速されたのである
東京一極集中は限界になっていた、だから首都移転が言われたが実行されなかった
でもコロナウィルスで真剣に考えて実行しなければならなくなるかもしれない
東京から地方に脱出しているのもそうである
何か島根とか鳥取とか岩手県が感染者が出てないので注目されている
島根鳥取は最も過疎地域なのである、だからこれも不思議だとなる

人間社会には何か逆転がある、人生でもそうである、何か不利なことが有利になる
有利なことが不利になる、大都会は東京でも有利なものとして働き人口が集中した
それがコロナウィルスで逆転した、東京は最も不利な状態になっている
そして意外と会社に直接行かなくても通勤しなくてもテレワークも使えるとして
わざわざ満員電車にもまれて行く必要もないと気づいた人たちもいる
つまりもしテレワークでも会社に行かずとも仕事ができるとなると地方でも田舎でも仕事ができるとなる、そうなると東京に住むということにこだわる必要もない
そうしたら地方で田舎に住んで仕事をして暮らせるともなる
そういう人たちIT関係ですでに実践している人たちがいる
つまりテレワークとかITの発達はどこに住んでも不利にならないのである
田舎でも今はそのインフラが普及している、アマゾンでも買い物はできるから不便はないのである
それで一週間に一回は一応東京でも会社に集まるとかする
そういうし働き方がITで可能になる

deseinとはseinを否定した意味である、deは否定である、つまりこれまであるものを否定して新しいものを作ることである
sein22.jpg
すると飯館村のようなまたは原発避難区域などは家も土地も格安でありそこで悠々と住んだ方がいいというふうに考え方が変わるかもしれない、そこで農業をするにしても
収入は別にあるからいいとなる、農業だけでは今は収入にするのは無理だからである
ただ今回のコロナウィルスでは農業も注目される、農業の大事さが東京の人たちにも実感される、なぜなら外国から食料が入らなくなる
外国ではじこくを優先して食料の輸出を制限したからである
こういう事態になることは前々から予想されていたのである
でも東京の人たちは日本の食料が入らなくても外国から輸入すればいいとなっていた
高い食料はいらないとしていたのである
そういうことでも変化する、やはり食料は地産地消が理にあっているのだ

ともかく人間社会の変化でも自然の影響が大きい、原発も津波で崩壊したとかあり
自然の影響で社会自体が変わる、人間だけでは大きな変革はできないのである
人間よりもっと大きな力が自然なのである、それに逆らうことはどんなに科学技術が発達してもできない、むしろその科学技術すら自然の前に破壊される
人間の科学技術が自然を破壊することはないという、自然はもっと大きなものでありごついものだというときそうなのかとも思う
それを武田邦彦氏は盛んに言っている、だから温暖化はないのだという
つまり自然は人間がイメージするよりもっと大きなものであり自然を人間の力では壊せないという、人間は何か科学技術とかを過信してそうなっている
それが錯覚を与えている、人間は依然として自然の前に小さなものだということなのである
posted by 老鶯 at 08:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層
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