2020年04月12日

コロナウィルスで変わる社会 (グローバル広域社会と密集都会の危険)


コロナウィルスで変わる社会

(グローバル広域社会と密集都会の危険)


コロナウィルスで打撃を受けたのは何か?

●グロ−バル広域経済

●交通機関

●インパウンド観光

●歓楽街とか芸能スポーツ関係

●イベントなど人が密集すること

●人が密集する都会

●東京都と地方の分断

・・・・・・・・・・・

いろいろあるが基本的にグロ−バル経済は縮小せざるをえない、なぜなら中国発のウィルスが世界中に広まったからである
中国はグロ−バル経済の恩恵で発展してアメリカと伍する力をもつようになった
それで一帯一路政策で世界支配を目指したのである
それに歯止めがかけたのがコロナウィルスだった、これは欧米も打撃であり衰退をまねがれえないともなった

それとともに交通機関が発達したから世界との人でも物流でも盛んになったからグロ−バル経済が可能になった、飛行機でも鉄道でも車でもその目を見張るような技術の発達でグロ−バル化が可能になった
でも今回のコロナウィルスではこの交通機関が大打撃になった
人と接触することが一番危険だとなるからだ
そもそもイタリアが被害が大きかったのは中国人が労働者としてかなり入ってきて感染したのである
何かグロ−バル経済はいいものとしてばかり見て推進された
世界で交流が拡大すればするほどいいものとして推進された
でもすでにそれが限界状態になっていたし問題が生じていたのである
そのことはいろいろある、それを指摘してきた

それから密集する場がコロナウィルスで拒否された、その密集する場とはどこなのか?
その最大の問題は都会が最も人が密集する場なのである
そのこと自体が問われた、都会で人と接することなく生活することは不可能である
常に密集空間の中に置かれている、そのことはもう解消できない
だから首都移転とかが必要になる、密集を解決するには分散して生活する他ない

それで岩手県最後まで感染者がでないのか?                                

それは広い地域に分散して生活しているからだという、つまり現代社会は密集する生活だった、それで東京圏内に人が密集したのである
東北だと仙台市に密集するようになった
その密集することがウィルスにとって最大の問題であり危険地帯となった

それから歓楽街とか飲食業が打撃だったのはそこも濃厚接触とか人と人が接触する場だからである、ただ歓楽街と芸能エンタメ関係がなくてもいいとか言われる
これまでもうけすぎたとかも言われる、それより農業やれとか言われる
食料が外国から入らないからである
こういうとき農業は強くなる、戦後は食料がなく都会の人が農家に着物などもって食料と交換したとか農家に頭を下げて食料をゆずってもらったのである
そういうことが再現されるのかとなる
ただ農業の仕事はきついから芸能人ができるのかとなる
でも背に腹は返られずとかなるとやらざるをえなくなるかもしれない

グロ−バル広域社会は何かいいようで問題があった、一体地球の裏側から食料を買って生活することが人間にとって正常なのか?
そんな遠くから物を運んでもらって生活することが正常なのかとなる
そんな遠くからもう何か今回のようなことがあったら食料はただちに入らなくなる

何でも金があっても買えるけではない

金は万能ではない、ただの紙切れなのである、物がなくなったら何でも金で買うことはできない、特に地球の裏側となればもう金では買えない、運べなくなる
そして食料は自国優先になるから外国では輸出しなくなったからだ
それは予想されていたことだが東京では日本の食料は高くつくとして外国産に頼っていたでも外国から入らなくなったらもう生きてゆくこともできなくなる
食料は最優先でいくら高くても買わざるを得なくなるのである
その時金すら通用しなくなる、金で買えなくなるということもある
戦後の食糧難では金で食料は買えないから物で着物などで交換したとなるからだ

つまり金万能の社会は何か理不尽だというときそれはグロ−バル社会でも広域社会でも金があればなんでも可能だとなったことである
だからなぜこの辺で原発事故で人が住まなくなった、故郷から離散した
それは補償金の額が大きかったこともある、もちろん放射線から逃れるためだということもある
でも何か現代社会はグロ−バル化とか広域社会であり金さえあればどこにでも移動して住めばいい、金さえあれば歓迎されるし通用する
だからこそ多額の補償金をもらったから移動した場所でみんな家を建てて金があると遊んでいて地元の人にひんしゅくを買ったのである
そういう社会は実際は何か歪(いびつ)なものをもたらしたのである

何か親戚でもないが東京に住んでいる人は金だけをくれと要求してくる
その人は金だけが欲しいのである、それは自分自身の家にもそうしたことがあり責められることは確かである
でもその人はこっちが病気になろうが何になろうが関係ないのである
金だけをくれとなる人なのである、そういう人間関係がそもそも成り立つのかとなる
そんなら遠くの親戚より近くの他人が頼りになるとなる
金だけの関係で人間関係が成り立たないのである、それが異常なほど金だけの価値が増大したのである、その人は何ら病気になっても何もしない、ただ金をくれというだけであるそれは他人にすぎないとなってしまうのである
だから人間は金だけ人間関係が作れのかとなる
ただ地元に住んでいるとどうしても身近だから何かあったらすぐに来れるし金がなくても助けられることはあるのが違っている

グロ−バル経済とか広域社会とかを全部否定することはできない、いいものとしても作用するからだ、ただそれが行きすぎていたのである
人間の生活の基本はやはり自給自足が基本である、江戸時代のようにはできないにしても地域と言ってもそれは現代だと関東地域とか東北地域とか広い範囲での自給自足ともなるでもその範囲が広くなりすぎたのである
それを可能にしたのは技術であり交通機関だったのである
そして実際に物を運ぶとなるとそのコストもかかっていたのである
たた通信とかなるとあまりコストはかからない、情報の流通はだからテレワークなどで一層推進されるとなる

いづれにしろ東京の人が地方に来るな、コロナウィルスをうつすなというのも何なのだろうと思う
東京があれだけの人口が密集していてそこが閉鎖されたらどうなるのか?

食料が入ってこなくなったらどうなるのか?

これは恐怖である、武漢のように何とか脱出しようとするのは当然である
地方で来るなといっても食べることがてきなくなればそんなことできないのである
だからこれも何なのだろうとなる、東京のような超密集空間で生活することそれがいかに危険なことなのかを具体的にコロナウィルスで理解させたともなる
人間は分散して生活するのがまさに自然なのである
それで岩手県が未だに感染していない地域なのが不思議だとなる
岩手県でも宮城県と隣接しているし仙台市から盛岡まで50分なのである
そんなところでなぜ感染者が出ないのか?
いくら広い地域に分散していても都市があるのだから感染してもいいはずなのである

ともかくコロナウィルスはこうして今までの文明生活自体を問うものとなったことは確かである、それだけの変化を世界にもたらすことが不思議だとなるのだ


posted by 老鶯 at 14:39| Comment(1) | TrackBack(0) | 時事問題の深層
この記事へのコメント
ご無沙汰してます。私も既に老年ですが、未だ頑張っています。コロナウイルスの流行には、風俗営業が有るとも言われますが、そこに働く者に女子大生が居るのですね。日本も病んでいるのではと、思うのです。ナニか、方向が間違っると思うのです。
Posted by 半杭正幸 at 2020年04月12日 19:30
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