2020年04月13日

原発の安全神話とコロナウィルス (日本人の同調圧力によって隠蔽される)


原発の安全神話とコロナウィルス

(日本人の同調圧力によって隠蔽される)

日本人には日本人の特質がある、それで原発でも強固な「安全神話」が作られた
政府、東電、科学者、学者、マスコミが一体となり安全神話が作られた
それに逆らうことはできなかった、地元民には金が与えられて金で操作された

今回のコロナウィルス騒動でも同じようなことが起きている

日本では極端に死者数が少ない、100人とかである

するとどうしして日本ではそんなに死者数が感染者が少ないのかとなる
でも感染者は確実に増えている、だから検査しないというわけではない
ただ死者数は少なすぎるのである、そこで隠蔽しているのではないかとなる

その隠蔽の工作が日本では巧妙に行われていると加治将一氏のyoutubeで指摘している
死者数は葬儀社関係でも隠されているという、コロナウィルスで死んだ人も他の死因にされているという、その辺のからくりが謎である

でも原発事故がなぜ起きたのかを追及する時、やはり危険を隠蔽されたことから起きた
原発はブラックボックスであり素人は普通の人は立ち入れなかったからである
そしてマスコミは危険を知らせることがなかった
なぜなら東電ではその内部で十数メートルの津波が来ると試算していた
それでその対策をとるべきだったと事故の後に裁判にもなったからである
東電ではコストがかかるから津波対策をしなかったのである
そういうことをマスコミでも大々的に報道していない
この辺では津波が来ないとして危機感がなかった

でも400年前に700人溺死と相馬藩政記に記録されていた、でもそれは二行だけであり誰も知らなかったのである
要するにその時相馬藩を治めていた政治家はその被害の状況を記録にのせたとしてもほとんど無視していたのである
700人も死ぬことは今なら大災害でありその詳細な報告が記録されてもいいからである
でも二行しか記録されなかったのである
でも家督相続とか戦争のことを詳細に記録されている
また国玉神社が祀られているがこれは国の魂として相馬氏の殿様の子息が子供の時死んだから祀ったのである
でも700人が津波で溺死したということで一つの碑も立っていないのも不思議なのである
今なら津浪の被害者の名前を記した碑がいたる所にあるからだ
だから昔から為政者は為政者の特権が最優先されたという意見には賛成する

それで日本がコロナウィルスで感染者でも死者数でも少ないのはなぜなのか?

それがまさに謎なのだけどやはり隠蔽されているのかとなる
いくらコロナウィルスに感染するからと自粛とか非常事態宣言しても欧米のように完全な封鎖ではない、普通に依然として行き来できる、街に人がいなくなったとしても依然として開いている店はあるし飲食店でも何か歓楽街の店でも開いている所があるという
つまり自粛には強制力がないからそうなっている
東京からも地方に出れないということではない、交通機関は閉鎖されていないからだ
そしたらコロナウィルスをもった人が広がるのを止めることはできない

ともかく隠蔽するということが今問題なのはそれが今度は世界的なものとして責められるからだ
それは中国でも言えた、中国の統計は何でも信用できないとされているからだ

そして日本の統計をも信用できない!

それが問われている、そう言われるのはこのコロナウィルスが世界的な問題だからである世界的にその数とか原因を追究しなければならない問題だからである
その点で中国も隠蔽するから不明になり世界的不安になる
また中国から拡散されるのかとなるからだ
それは日本でも同じなのである

なぜ日本はこんなに数は少ないのだ

その原因は何なのだ

それは中国と同じで隠蔽しているからだ

こうなれば日本は世界的に信用できない国だとなり中国と同じだとなる
別に数が少ないのは日本独自の原因がありそれが証明されれば世界的に日本を参考できるでも隠蔽していたらそれも参考にならないのである

いづれにしろ原発事故でもそうだったように隠蔽されるとその災いが巨大化してとりかえしつかないことになる
原発事故では放射性物質に汚染されて故郷に住めなくなったからである
二万年プルトニウムが消えないとかなったからだ
それでコロナウィルスでも隠蔽されるとあとでその隠蔽が明るみに出されても時遅しとなる、日本からコロナウィルスが広がるとか日本は信用できない国だとされる
コロナウィルスは世界的な問題だから余計にそうなる
おそらく政府は原発事故と同じように危険だというとき日本人がパニックになるから隠蔽し続けた、結果的に取り返しつかない大惨事となった
コロナウィルスもまた隠蔽した結果、実際は死者数は万人とかいて感染者の数も報告されているより多くて手遅れだったともなる
つまり対策が手ぬるいから手遅れとなっていたともなる

なぜ情報が隠蔽されると問題なのか、それは事実と向き合うことができない、事実と向き合い対策がとれないからである、それは原発事故でもそうである
隠蔽が先にあり事実は隠される、その危険に対して真剣に対策できないのである
だからそういう事実はないとされればそうならざるをえない
そして過去の事実も相馬藩のようにわずか二行だけ記されていて誰も知らなかったとなる
つまり津波の被害の事実はなかった

そうされるのである、それは後世の者にとっても非常に危険なことになる
もし津波の被害のことをもっと記されていたらみんな危機感をもつからである
だからここでは津波は来ないとされていたのである
それで逃げないで死んだ人もいたのである
だから事実を隠蔽することは後世のためにもならないのである

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加治将一

posted by 老鶯 at 09:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層
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