2020年04月20日

コロナウィルスでゴーストタウン化 (原発事故周辺もゴーストタウン化したーこれもカルマなのか?)


コロナウィルスでゴーストタウン化

(原発事故周辺もゴーストタウン化したーこれもカルマなのか?)

原発事故は地域的なものであり一番被害を受けたのは福島県であり浜通りであり
相馬藩内が主だった、相馬藩内でも城のある相馬市は平常通りだった
原発事故とコロナウィルスと比較して考察して来た
そこに共通なものがあった

一番感じたのは

原発事故以後この辺がゴーストタウンになった

コロナウィルスウィルスでゴーストタウン化した

歓楽街などが一番被害を受けた、これも何なのだろうとなる
原発によるゴーストタウン化は今でも継続しているしその深刻さは今のゴーストタウン化とは違うにしろやはりゴーストタウン化していることは確かである

おそらく原発事故でこの辺がゴーストタウン化したときテレビで写されたとき面白がっていた人がいたことは確かである、他人事として見ていた
それは原発事故は一地域で起きたことだからそうなった
深刻な被害を受けたの原発の限られた周辺だったからである
だから全国的に深刻なものとして見れなかったのである

今回のコロナウィルスは全国的であり世界的である、だから世界中の人が日本中の人が被害を受けるから関心をもつ、そこが根本的に原発事故とは違っている

人間は自ら体験しない限りわからないことが多くある、人間の経験することはあまりにも限られている、だから相手を理解をすることがむずかしいのである
だから原発事故で避難を余儀なくされた人たちが仮設に住んだり家族がばらばらになったりすることでもそれを経験しない人は理解できないとなる
それは福島県でも浜通りでも南相馬市でも全部がそうなったわけではないからだ

ゴーストタウン化したのは原発から約20キロ圏内である
小高などは一時街灯もともらず通りは真っ暗になって不気味だった
今でも浪江とかは帰っているのは一割とかゴーストタウンなのである

このゴーストタウン化は世界中で起きたことも原発事故とは違っている
都市が封鎖されてそうなった、ここは小規模であり大都市が封鎖されるのとは違っていたでも何かここと同じようにゴーストタウン化することがどういうことなのか多少は理解する、他人事ではなくなる
第一人間は世界で紛争がありシリアとかのようになってもそれが自分のこととして理解できない、そこに苦しんでいる人たちがいても自分のこととして理解できない
安全地帯からテレビで見ているだけだから刺激があっていいとかしかならないのである
つまり何でも当事者にならないと相手のことが理解できない
だから多少でもゴーストタウン化することはどういうことなのか原発事故周辺のことが理解できるようになる

だから原発事故は局所的なことではない、一つの人類の呪いとなりカルマとなったことを知るべきである、それは全世界の問題なのである
なぜならその責任は日本国民全員にありまた世界に人類の罪だともなるからだ
だからどうしても核兵器を作り広島に原爆を落としたアメリカはこの呪いからカルマから逃れることができないと思う
それが我が身にカルマとなってふりかかる、つまりアメリカは一番核の恐怖に怯えねばならない国だともなる
だから小国の北朝鮮をこれほど恐れるのも自らの核の呪いカルマからだともなる

いづれにしろ人間は必ずカルマを経験する、親が苦しんだことを子がその苦しみを経験して親を理解する、その子の親は夫が若い時大病になり生涯苦しんだ
そしてまた今夫が事業地失敗して夫で苦しんでいる
その時親の苦しみを理解するとなる
親と同じような苦しみを子供が受けることはかなりの確率で起きていることは確かなのである
私の家で店をやっていたとき母はお客さんが食事中でも来るから必ず立たねばならなかった、それが嫌だった、でもそうしたことが今自分は経験している
一人で食事するといろいろ用意することがあり必ず食事の途中でも立ったりするから
何かゆっくり食事できないのである
これもカルマだったともなる、そこで母親の苦しみを理解することになるからだ

そういうことはみんな年になれば経験しているだろう、なぜこんな苦しみを受けるのかというときそれはカルマが関係しているのである
そもそも他人に何か苦しみを与えたものは自らもその苦しみが与えられる、そうしなければ相手がどれほど苦しんだか理解できないからである
それがカルマなのである

ともかくコロナウィルスでもこれを人類は経験している、この被害を甚大なものであり人類的災禍である、でも時間がたつと忘れられるのである
でもその苦しみがカルマとなって時間がたつと再現されてウィルスの恐怖におののく
そして当時の人たちがどれだけ苦しんだか理解する
つまり同じようなことを経験していくら文明が発達してもその恐怖は同じであり同じことが再現される、カミュの小説でもそういうことがありやはり同じことがくりかえされる
津浪でもそうだった、これも日本では歴史的に何度も経験したことなのである
でも忘れていたがそれが現実化するときカルマを知る、当時の津波で苦しんだ人たちのことを知るのである
まずそうして同じ苦しみを経験しないと歴史でもそういう事実があったとさえ人間は時間の中で忘れてゆく、だから忘れさせないようにこうしてカルマが再現されるのかともなる

posted by 老鶯 at 11:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層
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