2020年04月25日

人命重視か、経済重視か (コロナウィルスの戦いは戦争と同じかー原発事故との比較)


人命重視か、経済重視か

(コロナウィルスの戦いは戦争と同じかー原発事故との比較)

selectlife1.jpg

原発事故と比べるとコロナウィルスの危機は全国的世界的であり身に迫る恐怖がある
人が死んでゆくということで恐怖である
放射線ではすぐに人が死ぬということがなくそれで恐怖心が身に迫って感じなかった
別に爆発した時でも私は外を歩いていた、その時20マイクロシーベルトも一日であった時があり危険だった、なぜならそこで被爆して甲状腺癌になる危険があったからだ
ただそれは二三日で急激に放射線量は減った
でも飯館村とか山の方が長く放射線量が高かったのである
でも避難が遅れたのである
それは今回のコロナウィルス対策が遅れたのとにている
何か危機でも危機と感じないことがあるからだ

原発事故では経済とかは全く無視された、閉鎖命令、ロックダウンではなく避難命令が出たからだ、その時南相馬市では5万人くらいの原町区でも避難命令が30キロ内で出て避難したのである、それで一時ゴーストタウン化して自治体が崩壊するような状態になった
その後も小高とか浪江とか飯館村ではゴーストタウン化して回復しなくなっていたのである

経済を無視してゴーストタウン化した

放射線の恐怖もあったが原発事故では全く経済は無視された、自治体の維持でも無視された、それは政府の命令でそうなったのである
た強制的避難命令だったからである、そうできたのは局所的な被害であり東京のような一千万都市とは違っていたからである
だから一時的でも東京がロックダウンしたらゴーストタウンになりその経済的損害は莫大になり補償もできなくなる、それが外国で起きている
その経済的負担が原発事故とは比べ物にならないからである

つまり放射線の被害を重視するのか、それとも経済を重視するのか?

コロナウィルスの被害を重視するのか、経済を重視するのか?

こういう問いが同じように発せられる
この両方を並行して同時にするべきだという意見もある
なぜなら人命尊重といっても経済が破綻するとそれで死ぬ人もありその被害の方が大きくなるからそのバランスをどうするのかということになる
どっちに梶をとるのか?それとも両方を一緒にして解決を計る
経済活動停止しないでコロナウィルスでも防御しつつそうする
そこで確かにある程度の不具合が犠牲も生れるかもしれない
でも経済活動を止めるとそれによる被害も大きくなり人命も失われるとなる
それでアメリカでは経済活動を停止できないとして経済活動を復帰させるとしている
それでまたコロナウィルスが再び拡大するという不安がある

でも原発事故では経済活動とめて避難させて自治体を崩壊させたことの被害が甚大だったゴーストタウンになりそれが回復できなくなったからだ
若い人は流出して残されたのは老人だけにもなった
だから30キロ内でもいろいろ放射線被害の差があり一律にすべきでなかった
経済の崩壊、コミニュティの崩壊、自治体の崩壊の方が放射線被害より大きくなったからである

もしこれがコロナウィルスの戦争だとする戦争では仲間の兵士がばたばたと死んでゆく
でも戦争をやめるわけにはいかない、戦わなければならない
戦争に比べたらコロナウィルスの被害も大きいにしても戦争よりはましだともなる
つまりこうした緊急時には正常な状態のもきの考え方ができない
戦争という異常事態と同じになる
兵士が死んでゆくのが戦争では普通であり兵士の死をとめるべきだとなれば戦争を停止しして降伏するほかないのである


だから現実にアメリカではあれだけ被害があっても経済活動を再開しようとするのは
経済活動で失業したりしてその影響の方が大きくなったからである
それが一時的ならいいが長引くから暴動まで起きている
政府でも長期戦になったら援助できくなるからだ
ただ最初はコロナウィルスの戦いでは人命尊重になるのはしかたがない
それが長期戦になったとき維持できるのか?
すでに自粛は連休の後もつづくとされているからだ
だからアメリカと同じく日本でも長期戦はできないから経済活動を開始するようになる

今回は若い世代に影響がない、原発事故では放射線は若い世代に被害があるとして恐れられた、それも次世代に母親にも影響して奇形が生まれるとかされて若い世代は流出して
自治体は崩壊してゴーストタウンになったのである
だから若い世代にそれほど被害がないとしたら老人が死んでも自治体を維持して経済活動をした方がいいとなる
もちろん老人が死ねばいいとかではない、私自身も老人だから死にたくない
ただ原発事故でもそうだが戦争でも若い人が死ぬ
日本の戦争の最後の方ではもう兵士になる若い人がいなくなり妻子もちの40くらいの人まで兵士にされて戦わされたのである

とにかく危機の場合、平時の考え方が通用しないのである、人命を尊重しろといっても
経済破綻崩壊で人命が失われるのである
だからコロナウィルスと戦争しているのだという危機意識が必要になる
人命尊重でもその危機意識が徹底しないから依然として人と人の接触を減らせないのである
結局ベトナム戦争のように地下にくぐりこもり戦うとかそういう緊急事態にあるのだという意識がないとだらだらと規制も緩慢にしているとコロナウィルスの戦いに敗れるともなるとにかく人間は戦争なら否応なく人がばたばた死ぬのだから意識がまるで違ってくる
コロナウィルスでもそうだが放射線でもばたばた死ぬわけではないから危機意識がもてないのである、でもアメリカのように死ぬ人が増えると意識も変わる
それでもやはり経済活動を再開しないともう生きることもできなくなる
だからこれは世界的戦争状態ともなっている、どっちを優先することでもない
総力戦になる、どっちに梶をとっても人命が失われることになるからだ
posted by 老鶯 at 08:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/187417784
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。

この記事へのトラックバック