2020年04月28日

コロナウィルスでは経済活動とめる被害が大きくなる (すでに失業者が犯罪者になり治安が悪化する)


コロナウィルスでは経済活動とめる被害が大きくなる

(すでに失業者が犯罪者になり治安が悪化する)



容疑の男「コロナで失職、路上で生活」 横浜の女性刺傷

西山容疑者は昨年末ごろから今年3月末ごろまで、大阪府内の風俗店で勤務していたが、感染拡大の影響で働けなくなったと説明。横浜市内のインターネットカフェで寝泊まりし、金がなくなった後は路上で過ごしていたという。「約20万円の借金があった」と話し、逮捕時の所持金はほとんどなかった。

仙台でホームレス増加 若年層の相談が相次ぐ

「新型コロナのせいで、ようやく見つけた仕事がなくなってしまった」。列に並んだ男性(46)は肩を落とした。今月上旬から市中心部で路上生活を続けているという。

 男性は昨秋、職を求めて南相馬市から仙台市に移った。冬に東京都内で建設業の仕事を見つけて寮生活を始めた。

 今年3月になると一気に仕事がなくなった。貯金は早々に底を突き、歩いて6日かけて仙台に戻った。支援団体にもらったマスクを着け、感染におびえながら路上で暮らす。

 仙台でホームレス増加 若年層の相談が相次ぐ
 河北新報社 2020/04/27 06:05
 
コロナウィルスで失業者が増えることの方が怖い、水商売関係でも失業者が増える
そういうところは暴力団とかのように社会からあぶれたとういうかまともな職につけない人のセーフティネットともなる
それは建設工事とかもそうである、だからこの記事でも水商売と建築土木の人だった
南相馬市とあるがもともと南相馬市に住んでいるというよ工事現場を渡り歩く人なのだろう、この辺は原発事故とかまだ工事がつづいている場があるからである

つまり言われていることだが世界的にでもそうである、貧困層にコロナウィルスは襲い掛かり苦しめる、フランスでもアメリカでも移民と貧困層がいてその人たちはその国の中でも別な集団として暮らしている、そこはウィルスにも弱いし生活も底辺層であり失業しやすいし困窮する度合いが強い、生活が安定していないのである

第一驚くのは貯金がない人たちが本当に多いことである
たいがい貯金があって一年くらい暮らせるとか思う、でも実際は年齢が低下するほど驚くほど貯金がないのである、それが60代以上でも意外と貯金がないのである
それだけ貧困化しているのが日本である
やはり貯金がないといざというときは困ると思った、ただ若い人はなんとか職につける
でもこういう緊急事態になると失業して路上生活者にもなる

これを原発事故と比べると違うのは原発避難者には手厚い補償がされたことである
30キロ内となるとその補償は本当に手厚かった、今でも補償はつづいている
医療費がすでに十年にもなるのに無料なのである        

30キロから外になると半年で医療費の無料は打ち切られた

この差は本当に大きかった、そしてたとえ仮設暮らしになっても生活は十分に補償されたしそれで思わぬ金が入って喜んでいた人もかなりいたのである
それから仮設には毎日のようにボランティアが来て援助していたのである
だから仮設暮らしがひどいように見えてもそうでもなかったのである
もちろんそこに住んだ人は必ずしもそうとは思っていないことがある
でも今回のコロナウィルスはそうはいかない、かえって補償にしても十万くらいもらってもどうにもならないともなる
失業するということは収入がなくなることだからである
原発避難者は失業しても5年とかすでに8年とかでも十分な補償がされているからだ
その相違も大きい、ただ原発事故の被害が小さいとかではない
経済的にはコロナウィルスの方が全国的であり世界的であり厳しいと見ている

こうして犯罪が増えたり治安が悪くなることが怖いのである
ともかく追い詰められた人間ほど怖いものがないからだ
なぜそんなことまでするのと言っても追い詰められた人間は今食べるものがないとなれば野獣のように相手のことなどかまわず襲ってくるということである
自分も一身上でそういうことを経験してきたので追い詰められた人間と出会うことは怖い借金している人も怖い、常にそういう人は追い詰められているからである
犯罪予備軍になる

だから本当にこのコロナウィルスで経済を無視してコロナウィルスの対策だけを重視するとその結果の方が被害が大きくなりとりかえしのつかないことになる
それは原発事故でも避難区域にした所はゴーストタウンになって回復しないことでもわかる、放射線が怖いこともわかるがでも自治体自体が崩壊するということも問題だった
ただそこまでできたのは手厚い補償金が与えられたから別にそこに住まなくても生活できるということで他に移り住んだのである

ただこの選択はむずかしい、人命重視してコロナウィルスのために自粛する、経済生活を止めるということも否定できない、でも一方で経済活動を止めることで失業者が増えることも社会を不安定にして治安を悪化させることが怖い
つまり経済活動を止めることの方が悪い結果ともなりうる

その判断をどうするのか?

それは原発事故の判断とにている、放射線被害というのも素人には良くわからなかった
だから専門家に従わざるをえなかった、それは原発があるときから「安全神話」を作られて強制されていたのである
その過度な安全意識があり事故になり何の対策もできなかったのである

今回はどこまで安全を人命尊重を強調できるのか?

これも未知である、若い世代からすると老人が死ぬだけではないかとかまた危機をあおる専門家は何十万死ぬとか言う、これも放射線の被害を誇大化したときと同じである
それは専門家もどういうふうに被害になってゆくのか先が見えないからそうなる

だからすべて専門家だけに頼るのが科学者に頼るのがいいのだろうか? 

ここにも理系と文系の対立が生れている、第二次世界大戦で頭角を現した政治家は果断に実行した人だったというのもそうである
平時と緊急事態ではやはり強力な指導者がでて果断に実行しないと解決できないのである官僚主導型は平時では通用するがこのような緊急事態には通用しないのである
だから阿部首相は幸運で長くつづいたが緊急事態では対処できないとなった

まず長期戦であると専門家がいうときもう経済が崩壊した方が怖い、その例がすでに出ている、結局緊急事態で自粛をしてもまたゆるめると感染者が増えるとなるとめんどうである、そうしても援助もできない、全国民に援助しつづけられるのか?
それもできないとなるとどこかでいづれ経済活動を平常にもどすことになる
そうしなければ失業者であふれ治安が悪化して外国では暴動にもなった
社会自体が混乱して治めることもできなくなる
その時、危険が及ぶのは安定して生活している人たちもそうである
膨大な失業者がうろうろしてホームレスが街の中に増えたりしてその人たちにいつ襲われるかもしれないと戦々恐々として暮らすほかなくなる
そっちの方が悪夢だとなる

昨日自転車の電源がきれて真っ暗な中を帰ってきた
ライトがつかなくて真っ暗の中を走って側溝に落ちた、その時は危険だった
今でもその傷が消えない、そして一時はライトがついていたが弱くなっていた
でも前は多少照らしていた、でも遠くが見えないのである
ただ目前をわずかに照らしていた、こういうとき遠くが見えると安心する
車のライトで照らされたとき遠くが見通しがつくと安心する
つまり何か遠くを照らされて道が見える時安心する

コロナウィルスが不安なのは放射線でもそうだが先が見えないから不安になる
安全ですよということが確信できない
それは専門家でもそういうことを保証できない、この先どういうふうに展開するか闇なのである、ワクチンができるというとき放射線被害よりは対処する方法がある
でもそれがどれくらい先になるかわからない、だから闇はつづくのである
つまり真っ暗な道を行くとなると不安である
でも今回は前もそうだったが暗くても知った道だから安全に帰ることができた
事故になった場所も知っていたからさけたし慎重にゆっくりと帰ってきたからである
でも全く知らない真っ暗な道を行ったら恐怖である、事故になる度合いが大きいのである要するにコロナウィルスが未知だということが不安にさせて怖がらせる
放射線でも被害がどうなるのか次世代の子供に影響してし奇形になるとかいわれこ恐怖したと同じである、現実は何もないかもしれないが未知になると恐怖になる
その恐怖が何かと未知だから増幅されるのである

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posted by 老鶯 at 09:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層
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