2020年07月09日

コロナウィルスで観光業の打撃 (旅館やホテルを歴史から見直す)


コロナウィルスで観光業の打撃

(旅館やホテルを歴史から見直す)

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会津の観光収入は相当に大きかった


観光時代でもあった、インパウンド観光で京都などはオーバーツーリズムになり日常の生活すらままならなくなった
それはがコロナウィルス騒ぎでぱったりと人が来なくなった驚きである
こんなに急激に変わることの驚きである
つまり観光業というのはもともと水商売のようなところがあり当てになるものではなかった
でも交通が発達するとそれが過剰化していたのである
そして交通が止められると急激に人の行き来が途絶えたのである
それこそ不要不急だったからこそ一挙に途絶えた
観光しなくてもそれで死ぬわけでもない、食料がなくなるのとは違っているからだ
観光とは生きぬきであり贅沢なものだったのである
それが豊かな時代から起きたことなのである

江戸時代にも確かに観光ブームがお伊勢参りとなって旅する人がふえた
平和な時代になり豊かになると遠くへ旅したいとなるからだ
ただそれにしても観光のようなものではなく一生に一度の旅だったのである
歩いてする旅では遠くになるととても行けないからだ
今の観光はいくらでも交通が発達しているから行ける
遠くが近くなり近くが遠くなるとまでなっていた
常に内部より外に向かってヒトもモノも動く、だからこそこれだけひっきりなしに車が走っているのだ

何か人間は正常と異常の見分けがつないのである、正常とは何かわからない
正常と見えたものは実は異常だった、異常と見えたものは正常にもなっている
戦争時代は戦争することが人を殺すことでも正常でありそれが奨励される
でもそれは異常なことである、人間は本当に何が正常なのか、異常なのかわからない
異常も正常だとなるのが普通である

そもそも東京にあれだけの人口が密集しているのは異常なのことである
満員電車に詰め込まれて家畜のように会社に行くのも異常である
でもそれが習慣化すると異常でもなくなる
それがコロナウィルスでテレワークとかなり別に通勤しなくてもいいとなったとき
別な生活が志向できると気づいたのである
その方が正常だともなり満員電車に詰め込まれる生活は異常だったと気づいた
そして地方で暮らす方がいいともなったのである

観光業も歴史をたどると今の観光のようなことはなかった
お伊勢参りとか神社仏閣をまわるときそれは信仰でありそこで門前町が栄えた
それは観光とにていても観光になったのは最近のことである
高度成長時代の会社の団体旅行は観光の始まりでありそれに答えた大きなホテルができたそれまでは日本は貧乏で観光はなかったろう
汽車で電車で旅行していたのは一部の恵まれた人にすぎない
そもそも鉄道の歴史をみればわかる、ほとんどが物資の輸送であり北海道とかなると石炭の輸送のために鉄道があった
この辺だと常磐炭鉱があり東京に石炭が運ばれた
また日本全国に森林鉄道があり網の目のようにあり木材や石材が運ばれた
それは東京に運ぶものとしてもあった
でも旅行を楽しむ人は一部の恵まれた人だけだったのである

なぜなら私の母親とかに聞いても汽車に乗るのは特別なことであり汽車賃が高いから乗っていないからである、その時貧しいから汽車に乗れなかったのである
だから鉄道を利用して観光旅行などすることは普通の人はなかったのである
だから観光は高度成長時代から豊かになりはじまったものである
ということは日本では観光の歴史は浅いとなる

街道を旅したとしても宿は相宿でありそこで食べて寝て休めればいいとかしかないのである、そして街道を旅していた人はやはりただ遊びで観光で旅するというより何か用事があり商売のためとかであり観光で旅する人はいなかった
だからただ旅する人は特殊な人である、それは僧だったり芸能を売りにするものだったり何か普通の人ではなかった、山頭火などは乞食だったからそういう社会からはずれた人たちだったのである、ただお伊勢参りは農民が主役だったからそれは一生に一度のものとして許されていたのである

だから現代の観光業はそういう時代とは違ったものとして生まれた
第一街道を行くように歩く旅でもない、目的にすぐ着く旅である
となると目的地でグルメするとかが目当てであり旅とも違ってくる
旅とは宿場を点々として泊まりその行程を楽しむまたは苦しんで旅することだからであるその行程がぬけおちたのが現代の旅なのである
だから現代には保養者はいるとしても旅人はいなくなったのである
だから芭蕉のような旅自体を生きてそれは人生ともなり宗教のようなものとして昇華することはなくなったのである
要するに浅薄な旅であり観光は何かもう一つ人生に深みと意味を与えるものとなっていないのである

そして農民にとって旅館とかは湯治のように日ごろの労働をいやす場としてあった
それは観光ではない、また今のグルメ旅とかとも違う、ただ癒すということでは共通しているかもしれない、そもそもホテルがホステルであり病院の役割があった
そこに接待が生れた、湯治もそうだった、温泉はもともと病気の治療の場ともなっていたからである、それで傷ついた鹿が温泉につかっていたとかの伝説が生まれる 

「Hotel」という言葉は中性ロマンス語(フランス語)の「Hostal」から転じたものです元々はラテン語の「Hospitale(旅人や客人を暖かくもてなす)」という意味の言葉です。つまり、「Hospital(ホスピタル)」とは主人が客を持て成す意味であり、親切に「もてなすというホテル業界の根本理念とも言える言葉なのです。

明治以降外国人を受け入れるためにホテルができたということでももともと日本では外国人をもてなすものとして生まれのでありその由来が違っている

とにかく東北では湯殿の碑が多い、それはそこで農民が湯治として滞在したからである
湯殿信仰があったためである

それで芭蕉の句にある

 語られぬ 湯殿にぬらす 袂(たもと)かな

これは何か深く東北の民に同情していたから不思議である、芭蕉の不思議は「奥の細道」が何か東北という地域と深く一体化したことなのである
心情的にも一体化したからそういう句が生れたのである、現代だと東北を旅してもそういうことにならない、ただ癒されるということはある
でも湯治とは違う、贅沢な旅でありそういう人は東京の人が多く金をもっていて贅沢するというだけである
現代はただ金持ちだけが優遇される時代なのである、農民が湯治で日ごろの疲れをいやすというのとは違う、要するには今の仕事はただ金持ちのために使われるのである
一泊三万とか四万とかの旅館もありそこは金持ち専用になっているからだ
たいがい東京の金持ちが利用することになる、地方ではそんな金持ちは少ないからである
そういうことで何か私は旅に明け暮れたけど常に安宿を探し歩いていた
でも日本にはそうした安宿がない、かえってヨ−ロッパには安宿があった
だからヨ−ロッパは貧乏人でも旅しやいと思ったのである
それでホテルとか旅館でも自分にはいいと見なかった
まず温泉宿にとまったこともないからである、あとは自転車旅行になったら余計に泊まりにくくなりテンと泊まりになったのである

現代はすべて金で価値が決まる、金のないものは相手にされない社会である
でも江戸時代とは何か違っていた、みんな貧乏だからとういことがあったろう
貧乏で平等だったから差別もなかったともなる
何か現代ではあらゆることで金で差別される時代なのである
またそうせざるをえない時代なのである、だからそれでホテルとか旅館を批判しても仕方がない
でも本当の旅人をもてなさない、ただ金持ちの保養にくる人をもてなすのが旅館でありホテルなのである、時代が変わりそうなったのである

だから旅を追及してきたものとして現代は旅人はいない、すると旅から生まれる文化も生れない、芭蕉のような句も生れない、ただ金持ちの保養所のようになっている
旅する人などいらない、金を落とす人しか来るなとなっていたのである
このことを言ってもしかたがない、それは当然だとなるからだ
でもコロナウィルスで観光業がこれほど打撃を受けてこれからをとするのかというとき
旅館でもホテルでもその原点は何だったのか見直すことも必要になる
旅館は旅人もてなす館なのである、金持ちの保養所ではないのである
これも交通の発達とかいろいろなことが重なって変化したのである

でもコロナウィルスで近間の人を呼び込むことになったようにそれは温泉宿がもともと湯治の場であり近間の人の農民をいやすものとしてあったことに帰ったともなるのである
近間の人を客として大事にするということである  
それで5000割引を政府で援助したらすぐに予約で埋まったとういう、つまり近隣の人は泊まりたかったが料金が高くて泊まれなかったということがあるかもしれない、東京や外国人の方が金を落とすとして優遇されたとなるからだ
それは全国的にそうである、京都など特にそうである

何か金だけを優先する資本主義の論理というのが成り立たなくなってきたのかもしれないすべて金で価値を計り人間もそうであり
金のないものは排除されてる社会である,コロナウィルスはこうして今の社会を見直す契機になっている、弱肉強食の資本主義とか金融資本主義とかグロ−バル経済とかが見直される、それがいいものとてし働いた時があったが今は悪い方に働くようになった
そこには人間が生きるのに何か大きなものが欠如しているのだ
人間にとって最も大事なものすらふみにじるのである
原発事故だってそういうふうに金だけですべてを見た結果として生態系が汚染されて住めなくなった、それも同じ根だったとなる

そこで不思議なのは近隣の人が利用できなくて遠くの人や外国人のためとなり5千円割引したら近隣の人が利用した
観光立国というときギリシャがそうである、ギリシャで生産されるものはほとんどない
観光が売り物でありそれで成り立っていた国である
そういう国はもろいということである
ばったりと観光客が来なくなると経済が干上がってしまうのである
5000円割引が大きかったとなるが大きくなるともう無理である、それは東京であれ遠くであれ外国であれ受け入れないと経営できない、一日ホテル維持するだけで何百万かかるとかなるとそうである、するともう維持できないとなり倒産する
やはりこれもホテルとか旅館とか観光を見直すことになる
ただそれにしても極端な変化だったのである、あれだけ中国人であふれていた京都でもぱったり外国人が消えたからである、その変化があまりにも急激だったのである 



posted by 老鶯 at 16:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層
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