2020年07月31日

日本で起きたことが中国でも起きている (三峡ダム崩壊の危機の被害の予想-原発も危機 )


日本で起きたことが中国でも起きている

(三峡ダム崩壊の危機の被害の予想-原発も危機 ) 

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神王TV

三峡ダム決壊で、原発9基が超ヤバい裏話

ダムというのも巨大化すると自然を改造することだからそれだけで自然から復讐されるときがある、最近起きていることは世界的にも日本でもそうである
ダムの放流で日本でも危険なことになった
それからはよう湖は広大だけどそこも相当埋め立てて住宅地にとかしたという
それでそういうもともと湖だった場所がまた湖となり被害を受けやすいのである
水があふれやすいからである、それも自然の改造だから自然から復讐を受ける
それも日本と同じだった

なぜ津波でこれほどの被害を受けたのか?それは仙台の若林区の被害が大きかったというときそこは不動産屋が開発した地域だった
それで学者がそこは津波で危険だと警告したら不動産屋からとがめられたという
そして津波が来た結果大被害になったのである
何か常に利益優先になりそうなる

それから中国の原発9基が長江の洪水で危険にさらされているという、これも怖いと思った、つまり長江洪水の危機は日本の津波と似ていたのである
もし洪水になり原発が崩壊したらそれは中国一国ではすまなくなる被害になる

そしてまた共産党の政府の幹部が500年間は三峡ダムは崩壊しない

と言っていたのもそうである、必ず御用学者がそう言うのである

福島原発でも100万年事故は起こらない!

御用数学者がそう計算していたのである

この構図は世界共通である、政府が御用学者を使い安全でないものを安全だと言わせる
民間は民間で利益第一主義であり不動産屋が無理して開発して津波で被害にあった
はよう湖でも同じ構図である、湖を埋め立てて住宅地とか田畑にして被害になった
だから本当に政府を信用する、政府になんでも任せるということが危険になる

でも政府とか共産党は権力をもっているからその圧力で押し通すことができる
そこに権力の怖さがある、権力さえもてば危険なことでも押し通すことができる
それに抵抗することはできない、共産党一党支配だと反対する者は逮捕されるからだ
日本が民主主義で自由主義だからそんなことがないとしている
でも実際は原子力村が形成されたようにその体制は共産党一党独裁と似たものだったのである、原発に反対することは封じられていたからである

政府は権力で押し通す

民間は利益になればいい

科学技術者は権力に従う

マスコミも時の権力に従い利益を得る

この構図は世界共通しているのである、だからこの逆にならなければ国民の平和は守れないとなる

政府は信用するな

民間は国民は利益だけを考えるな

科学技術は御用学者になるな

マスコミは利益だけを求めるな

太平洋戦争でもこういうことがあった、戦争をあおったのは朝日新聞だとしている
政府を信用しすぎたこともある、それは天皇現人神ということで政教一致になることで加速されたし絶対化された、つまり不敗神話は作られたのである
戦争には負けない、神の国だから負けない、原発は安全だという安全神話は一体化して作られた、それはあまりに強力なものだった
だから誰も反対できないものになっていたのである
宗教でも政治権力と一体化すると危険なものになるのである

政府は信用するな、常に監視せよ!

これが民主主義なのである、中国では共産党一党独裁だからこれができない
日本が自由でも原発に関しては同じだったのである
検察官僚でも東電に天下りして利益を得ていた
だから未だに原発の責任は誰も問われないのである、無罪なのである
ただ必ず責任は誰かかがとらされる、戦争では国民が3百万人死んだし原発では故郷に住めなくなった、その責任は甚大なものだったのである
だから民間でも利益ばかり求めると危険になる、責任をとらされるのである
そこに目覚めなければならない、その責任を必ずとらされるからだ
だから故郷に住めないとか戦争では3百万人死んだとかその責任の結果を常に考えるべきだとなる
権力に唯々諾々と従っていると危険なことになり故郷に住めなくなったり死ぬことにもなる、そういう危機感をもてばいいのだが何か利益になればいいしか国民でも民間でもないのである  

結局民主主義といっても国民がこうして自ら自覚しないかぎり何の効果も発しない
そういう制度があっても活かされないのである、立派な建物があってもそれを活かす人間がいないかぎり無用の長物になる、魂が入らないのである
そうするのは国民の自覚が必要になる
そして党派があるがその党派もまた利益優先主義である
どんな組合でも団体でも組織でも利益優先である、カルト宗教団体でも何でもそうであるそこで漁業組合が東電に漁業権を売りわたしたのもそうである
もともとそんな権利もないのに私的なものとして利用して利益を得ていたとなる
こうして組合とかも必ず正当な権利を追及しているのではない
利益を優先して求めているだけだとなる
原発でも容認されるのは電事連とかがありそれで生活している人がいるのだからそこから莫大な宣伝費がマスコミに流れていた
つまり共犯者だったとなる、結局人間利益から逃れることができない、でも利益だけを求めていると危険なことになる、このジレンマをどうして解決するのか?
それが世界で共通した問題なのである  

マスコミに対してyoutubeというのができたのはいいことだった
テレビばかり見てたら政府の言う通りにもなる、それは原発の報道でもわかる
マスコミ全員が朝日新聞でも幹部が原発が爆発した時、中国に招待されて歓待されていたからである
それでyoutubeで放送されることでバランスがとれるとなる、ただyoutubeはチャンネルが多すぎるので選ぶのが大変だとなる
情報が錯綜してしまうのである、でもマスコミの六局支配は異常だったのである
それが情報を一方的にしたのである、youtubeの不思議は簡単にテレビ局など個人でもできることであった
またインタ−ネットだと一個人でも新聞でも雑誌でも発行できるメデアだと思った
だから民主主義の発展の強力なツールになるとも見た
自分自身でもこうしてとにかく自分の力で書いて報道するとき自らが力を得たとも感じるからである、でも確かに読む人とか見る人の数に左右される
その数を得ることがインタ−ネットの世界ではむずかしいのである
だからどうしても選ばれた者は読んだり見たりするがそれが意外は全く読まれない見ない無視されるとなる、これも問題だと思った




posted by 天華 at 09:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層
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