2020年10月04日

原発事故は必然的に起こった (無数の配管が痛んで老朽化して地震でも壊れる―素人集団が作っていた)


原発事故は必然的に起こった

(無数の配管が痛んで老朽化して地震でも壊れる―素人集団が作っていた) 

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十一人の死傷者を出した美浜原発3号機事故。直径五十六センチもある主要な配管が破裂するという重大事故です。破裂個所の配管は運転開始から二十八年間一度も検査が行われていませんでした。昨年十一月に協力会社から摩耗の可能性を指摘されていながら、九カ月も放置したまま運転していました。なぜこんなことが起こるのでしょうか

電力会社まかせでは、原発の安全は守れないことを示しています。原発の安全性をチェックするための科学的基準を確立し、それに基づいた第三者機関による厳正な検査を行うことが早急に求められています

福島原発事故でも地震によって配管が破損し重大事故につながったことが立証されている。これまでも頑丈につくられた原子炉本体よりも数百〜数千本といわれる配管の破損が原発の重大事故の原因となっている。しかも長期間運転を停止していた原子炉の再稼働では配管などの劣化が進み危険性が高まることを専門家は指摘している。

素人が造る原発 

筆者「平井憲夫さん」1997年1月逝去。1級プラント配管技能士

これは読みごたえがある

 原発でも、原子炉の中に針金が入っていたり、配管の中に道具や工具を入れたまま配管をつないでしまったり、いわゆる人が間違える事故、ヒューマンエラーがあまりにも多すぎます。それは現場にブロの職人が少なく、いくら設計が立派でも、設計通りには造られていないからです。 

 原発にしろ、建設現場にしろ、作業者から検査官まで総素人によって造られているのが現実ですから、原発や新幹線、高速道路がいつ大事故を起こしても、不思議ではないのです。

 そんないい加減な人の下に原子力検査協会の人がいます。この人がどんな人かというと、この協会は通産省を定年退職した人の天下り先ですから、全然畑違いの人です。この人が原発の工事のあらゆる検査の権限を持っていて、この人の0Kが出ないと仕事が進まないのですが、検査のことはなにも知りません。

 冬に定検工事をすることが多いのですが、定検が終わると、海に放射能を含んだ水が何十トンも流れてしまうのです。はっきり言って、今、日本列島で取れる魚で、安心して食べられる魚はほとんどありません。日本の海が放射能で汚染されてしまっているのです。

 海に放射能で汚れた水をたれ流すのは、定検の時だけではありません。原発はすごい熱を出すので、日本では海水で冷やして、その水を海に捨てていますが、これが放射能を含んだ温排水で、一分間に何十トンにもなります。

 「配管がどうしても合わないから来てくれ」という。行って見ますと、特別に作った配管も既製品の配管もすべて図面どおり、寸法通りになっている。でも、合わない。どうして合わないのか、いろいろ考えましたが、なかなか分からなかった。一晩考えてようやく分かりました。もんじゅは、日立、東芝、三菱、富士電機などの寄せ集めのメーカーで造ったもので、それぞれの会社の設計基準が違っていたのです。



この配管を見ていた電気関係の工事をしていた浪江町がこのことを指摘していた
でも東電に言うこともできないと仕事ができなくなると言っていた
つまり原発はその中で仕事している人ですら何も言えないのである
そしてその管理も危険なものなのにずさんだったのである
だから必ずしも地震とか津浪のせいではない、それを管理していた人たちが知っていたのである、でもは金がかかるとかなんとか安全を計ることはせず、原発は安全だとまるで念仏を唱えるように言っていたのである

それが科学者の態度なのかとなる、だからこそ「安全神話」なのである
科学と宗教があり科学者でも技術者でもその管理があまりにもずさんだったのである
それは手抜き工事でもありそんなに危険なものでも何もしなかったのである
要するに「安全神話」で肝心なことは何もしない、金をかけたくないとしなかったのである、今になって防波堤を作った、それは作れるものだったのである
日本が時の科学技術がこれほどずさんだった、だから日本の技術が進んでいるとか信じられなくなったのである、例え他でも信じられなくなった 

そうしてただ巨大な利権にあるゆる人が群がった、もちろん地元のひとでもそうだが地位ある人がほとんど群がり巨利を得ていたのである
そうしして安全神話が作られて安全は無視されて必然的に起こった事故だっこ
必ずしも津波とか地震のせいではない、それを防ぐことを怠った事故だったのである
最善を尽くしたらなら仕方がないとなる
でもただ「安全神話」を権力で作ったのであり肝心の安全を怠っていたのである
それはコストがかかるとなりそうなっていた
今になるそのつけは何百倍にもなっている、20兆円も廃炉にかかるとか国が傾くほどの金と労力を使うのである

なぜこれほど管理もできない、素人集団がばらばらに集まり作っている原発に「安全神話」が作られたのか?
これほど危険なものが堂々と「安全神話」を吹き込まれて成立していたのか?
それが本当にわからない、こんなことがあうりうるのか、それは事故前からもわかる人はわかっていたのである
そして国の検査官でもそれは分野が違っているとか本当に素人集団なのである
そういう人達がばらばらに集まり無理して作り上げたのが原発だったのである

それなのにのうのうと「安全神話」などを作っていた利権集団が原子力村だった
この責任はあまりにも大きいものだったのである
「安全神話」によってごまかした罪はあまりにも大きい、これは国家的詐欺にも等しい
それは戦争でも3百万人が死んだということがありこれも国家的な大罪でありそういう巨大な悪ともに匹敵するとなる
そもそも元から住んでいた人たちが故郷であれ長年住んでいた場所に住めなくなるほど大きな災害はない、なぜなら日本は戦争で焼野原になっても住んでいたからである
原発事故の最大の悲劇は故郷であれ住めなくなったことである

「自分たちの職場の職員は、被曝するから絶対に現場に出さなかった。折から行政改革で農水省の役人が余っているというので、昨日まで養蚕の指導をしていた人やハマチ養殖の指導をしていた人を、次の日には専門検査官として赴任させた。そういう何にも知らない人が原発の専門検査官として運転許可を出した。美浜原発にいた専門官は三か月前まではお米の検査をしていた人だった」と 

そして国家の管理もあまりにもずさんだったのである、だからこれは国家的犯罪だったのである、となるとこれにかかわった人たちは罰せられるべきだとなる
しかし誰一人として罰せられていない、そもそもわからないのは自治体の役割りである
自治体の住民の生命を守るのが自治体職員の役割りである
でも原発は国家が管理して自治体は手を出せないのである
でも一番被害を受けるのは自治体なのである、ただ自治体でも大熊町長の5億円入った金庫が津波で流されたとか話題になったようにただそういうふうにして利権を得るだけだったのか?
それはそこに住む人たちも利権にあづかり金になるからいいとしていた
それで漁業権のことを再三批判した、海が汚染されて魚がとれなくなったと組合で騒いでもそもそも漁業権を東電に売ったのだからそんなこと主張できるのか?
今度はトリチウムを海に流すということでそれに抗議する、するとまた補償金が上積みされるのか?
事故前も多額の補償金をもらい原発御殿を建てていてうらやましがられていた
ただここで言いたいのはそもそも漁業権の問題である

海は誰の者なのか?

漁業者の組合のものだとなっていた、でも東電に漁業権を売りわたした、漁業権とは資源保護のための権利であり東電に売り渡す権利はないのである
第一事故前でも海はかなり汚染されていたという指摘がある、原発というのはそういうものだったのである

だからここで問題しなければならないのは自治体の役割りである、原発は自治体に住む人の生命の危険にかかわっていたのである
そしたら自治体がなんらかかかわらないのが納得いかないとなった
ただ自治体にはその代償として多額の金が国から出ていた、それにしても今になればその損害は大きすぎたのである
その自治体にしてもその立地した場所の自治体だだけではない、広範囲に福島県全体にかかわることだったのである、それより一時は東北に人が住めなくなると吉田所長が恐れたそれだけ広範囲に被害があるものなのに自治体でも周りの県でも権限がない

権限があるのは国だ!

これはおかしい、なぜならそこに住んでいる人こそ権利があるからだ
なぜならそこに住んでいる人がこれだけの被害を受けたからである、確かに国から金をもらったとしても自治体の住民が一番被害があり責任を否応なく負わされるのである
ただこの自覚が自治体の住民になかった、それは根本的に原発のことはブラックボックスであり知らされなかったからである、知らされたのは「安全神話」だけだったのである
そして県とは何か?それは国の出先機関であり国の方針に従うとなっていた
つまり原発は国策であり国の命令に絶対服従だともなっていた
その国の管理があまりにもすざんだったのである
検査官も分野の違う素人であり何の働きもしなかったのである

ただいろいろ考えるとそもそも原発の責任はだれにあるのか?

これが複雑で多岐にわたるからわからなくなる、それは根本的に国家の責任だった、でも国家の責任とは特定した政治家なのか官僚なのかそれもわからない、結局国家と言っても国家を作るのは議員を選ぶの国民であり国民のせきにんだとなってしうまうのである、戦争でも同じことだったからである
だから原発の問題は一地域の問題ではなく国家が関与する国家的問題であったとなる
でも国家の責任を問いるのかとなくとむずかしくなる、生業を返せ裁判では裁判所がその責任を認めて東電に賠償命令をだした、でも裁判所が司法が国家をさばけるのかとなるとそれもむずかしい
アメリカでは司法の力が強く国家に関与できる、それで最高裁判所の一番上の検事になる人が重要になると報道があった
民主主義の三権分立だとそうなるのが正しいとなる
このように原発の問題は多岐にわたり複雑であり国家そのものを問うことにもなったのである
                       


posted by 老鶯 at 11:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連
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