2020年11月20日

国家存亡の危機 (国家を今まで考える必要もなかった)


国家存亡の危機

(国家を今まで考える必要もなかった)


戦前は日本国民が国家のことばかり考えて行動していた、何事も国家のためだった
国家こそ最も重要なものであり国家があって家族があり個々人もあった
だから戦前は四六時中国家のことを考えていた
経済でも絹織物の生産はアメリカに輸出して外貨を稼ぐものとしてあった
それで軍事力を強化していたとなる
国家が最優先課題であり他は二の次三の次になっていた
そんな社会は全体主義であり間違っていたということを今では言う

でも逆に戦後はアメリカに負けてから日本から国家がなくなったのである
国家というのは常に否定されるものとしてあった
戦争を悪いものだ、戦争をした人は犯罪者であり罰せられるべきだ
世界から日本は謝罪しろとなって日本の外交もそうなった
日本は悪いことしたから謝れとなり賠償金を取られることになった
でも日本はそういうことに対して逆らうことはなくなったのである
日本は戦後に焼野原になりアメリカに支配されたとき国家自体消失していたのである

だから左になると9条で国家を守れとなった、それが可能だったのは米ソの冷戦で日本はアメリカに守られていたからである
だから高度成長時代があり平和な時代が70年もつづいたのである
平和の時代を享受できた時代だとなる
それは時代の幸運でありでもそれももう続かない
70年過ぎた結果、国家存亡の危機に直面する
それは明治維新の時も国家存亡の危機だった、太平洋戦争も国家存亡の戦争をアメリカとして負けて焼野原になったが幸運にも高度成長時代があり70年の平和がつづいたのである

でもそれも終わった、70年毎に大きな変革が起きる、明治維新から七〇年で太平洋戦争でアメリカに負け焼野原になった
そして立ち直ったがまた七〇年過ぎて大変革の時代になる
そのために津波と原発事故とかコロナウィルスとかの災難にも襲われる
それは時代が変わる時、そうした自然災害も起きて来るとなる
つまり動乱の時代になる

そして国家というのをこれまでは意識したり考えたりする必要もなかったのである
それはあまりにも国家を意識した戦前とは大違いだったのである
国家は常に否定するものとしてあったし国家は悪いものだということがすりこまれたのである
ただそれは国際情勢で幸運がもたらしたものだったのである
今や国家存亡の危機になれば嫌でも国家を意識せざるをえない時代になったのである
でもその変化はまた大きい、それで今まで通りのままに流される
第一そもそも国家というのが日本人が意識しなくなったときどうして意識させられるのかとなる、左からは国家否定がある、国家自体を意識することもできなくなっていたのである

それも現実に中国が攻めてくるということが迫っている、インドの国境では二〇人もインド人が死んでいるのである、だから尖閣でも実際は海警が中国人の軍隊が武装して来る
そういう危機的状態になっているときアメリカが守ってくれるともならない
日本人が池を血を流してこそアメリカもその背後から助けることができる
アメリカが先頭に立って血を流すことはしないのである

私自身は国家をそれほど意識しない状態がいいと思う、私自身追及してきたのは国家ではなく風土と一体化した(クニ)である、これまではアメリカの庇護の下にまた中国が台頭する前だったからそれができたのである
中国の脅威はもう身近に迫っている、中国の厄介なのはアメリカと違って隣であり中国人が日本に住むことである、それが現代では可能になっている
大量の移民政策で中国人が日本に住むことができる、それが今までとは違っている
それがやっかいなものとなる、アメリカ人は日本に住むのは極少数だから日本社会を支配するまではならなかったのである
でも中国人は違う、日本に住んで日本人を直接支配するようになる
中国の要人が主要な地位を得て日本人を支配するのである

結局日本人はあまりににも七〇年間平和になれて危機感が消失したのである
それは津波でも原発事故でもそうだったのである
津浪はこの辺がは来ないとして逃げないで老人が死んだ、原発事故も「安全神話」を作り事故が起きないと権力で作った、それが一挙に崩壊したのである  
何か日本人は危機があることを忘れていたのである
つまり危機感がないことが大惨事になったのである
それだけ平和だったのが日本であった

でもその時代が終わった、国難になり動乱の時代となる、コロナウィルスもそうである
動乱の時代になると様々な災難に襲われる
そして日本人は日本人のモラルが戦後消失した、金しか経済しか関心がなくなったのである
国家は常に否定されモラルも消失していた
原発事故でもモラルが消失していたからだともなる、技術的問題があるにしても「安全神話」を作り危険をごまかしていた、見せないようにしていたのである
つまりモラルが消失していたことが大事故につながったともなるのだ

そしてこの辺の原発事故の復興でもモラルが消失してできないということもある
家族がばらばらになり老人が取り残されて妻がいないから女性をひきこみ退廃している
何かモラルが崩壊して復興もありえない、何か一眼となって復興しようというものがないのである、あるのは補償金をもらうことで団結することだけなのである
でもまたその補償金は南相馬市なら三〇キロ内と外では大きな差がありそこでもめて一体化しないのである
だから原町区と鹿島区では一緒になり東電に訴訟したりできないのである

いづれにしろ日本は様々な点で内部的にも危機である、モラルも消失して愛国心などない金を愛すことはあっても第一国家とは何か意識できないからである、意識させなくされていたからである、だからそうして心の問題としてモラルの問題として日本は危機になる
その方が大きな問題ともなる、日本人が一つになり戦う意識もないのである
だから日本が滅んでいないのが不思議だと右翼の人が言うのもわかる
心がないからすでに日本人は滅亡しているともなる

ただ本当に中国が攻めてきて危機に瀕した時、救国の英雄が現れるかもしれない
それがまた日本だともなる、自分の場合は年だから無理である
動乱の前に死んだ方が楽だとなる、ても確実に動乱の時代が来る
様々な災難はその前兆なのである、日本は心から立て直す必要に迫られている
日蓮が正法を法華経を信じよとしたのは国の問題も心の問題として起きるからそう言ったのである、ただカルト教団はこれも御利益とか金しかない、愛国心など一切ない
自分たちが得にすることしかしない、国のために犠牲になるような人は一人もいないのである  

そもそも愛国心ということ自体が死語になっていないか?
戦後は自己愛しかなくなっていたのである、それは国が平和だからありえたのである
でも国家存亡の危機になると自己愛だけではもう国家を維持できないのである
だから日本が滅んでいないのが不思議だともなるのである
ローマ帝国が滅んだのも贅沢にふけり軟弱となりモラルが消失したからである
そこに蛮族が侵略してきたのである
日本も同じなのである、モラルが消失したときそこに蛮族ではなにしろ中国とかが攻めてくるということである 

とにかく人間の弱点は常に危機感をもてない、確かに一時的にはもつ、でもすぐ忘れる
戦争で3百万人死んだとしてもそれもあいまいとなり忘れてゆく
津浪の被害でも十年過ぎると地元でも関心がなくなる、常に事件があり関心が移ってゆくからである、だから人間が常時危機感を持つとは不可能だともなる
コロナウィルスでもなれて大したことかないとなるのもそうである
それはあらゆることでそうなのである、常時危機感をもって生きることはできない
ただそれでも危機は確実にくる、容赦なく襲ってくるともなる
そのことは津波でも原発事故でも証明されたのである 

darkness11.jpg

鈴木傾城

武闘派の意見だけど結局日本人は戦争に負けて自立心とか日本精神とか消失した、日本人としてモラルも消失した、軍事力とか経済力もあるが精神の面でもう滅んでいるのかとも見えるのだろう、それが危機なのだけど日本人は自覚していない
だから中国にでも簡単に侵略されて滅びて亡国の民になるともなる

日本がはこれだけ自然災害のあるクニなのに津波でも危機感がなかった、原発事故でも「安全神話」を作り日本の技術は優秀だから事故はないとして安全を怠った
それは戦争にもいえる、アメリカに頼るだけでありそのアメリカも撤退する
すると巨大化した中国とどうして対峙できるのか?
それは軍事力とか経済力だけではない、心の問題として危機感をもっていないのである
それでエレミヤが北から攻めてくるとして警告していたが民は無視して聞かれなかった
その危機感がないことが最大の問題だったのである
それは余りにも平和に慣れ過ぎてしまったためである、戦後の七〇年間は特別恵まれた時代だったのである、それも終わり激動の動乱の時代へと突入する
その時本当にあっけなく日本は滅んでしまうかもしれない恐怖になる、現状を見ればそうなる、危機感がないからである

posted by 老鶯 at 14:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層
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