2020年12月03日

小高の趣味でしている陶芸の店 (小高の復興はむずかしい?ソーラーパネルの町になるのか)


小高の趣味でしている陶芸の店  

(小高の復興はむずかしい?ソーラーパネルの町になるのか)

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この緑はみんな色合い違ってる、同じではない、陶器は焼き方などで
一個一個違ているから価値がある
ただ相馬焼の緑は陰気くさい、仏壇に飾るものだかといのもわかる
相馬焼の特徴はひび割れだという

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私も緑の茶碗を集めていた

それはこの緑から草をイメージして草深いという田舎をみる
まさにわび住まいの茶室にふさわしいとなる
その辺は通じなかった、なにかバイクとか車とかの絵も描ける、でもアンバランスなのである


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これはヘルメットなのだが洞窟の感じにもなる、そこに座禅する人を配置すると面白い
いろいろ能力があるだアンバランスなのである

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座禅草に似ている




織部釉の基本は、長石と草木灰をベースにした灰釉です。そこに酸化銅を加えることで緑に発色します。灰立ての釉薬の中に、緑の銅が流れているのが分かります。
緑の濃淡で表情が柔らかくなり、色彩に味わいがありますね。


小高の通りでいろいろ陶芸の器を飾っている店があった
入ってみたらそこは主人が趣味でしているものだった
でもかなり手のこんだものを作っているから相当に年期が入っているとも見た
これは相当器用でないとできないと見た    
その人が織部釉のことをしきり言っていた、織部焼というと文様が有名だからそのことかと思ったら違っていた

その人は何かいろいろなことができることに驚いた
若い時は最近でもバイクが趣味だった、だからバイクの陶芸作品を作っている
でもバイクが趣味な人が陶芸ができるのかという疑問だった
その人は高校の時、陸上の選手でもあった
今でも体が細いが柔軟で体がきくみたいだ
ただ癌の手術をしたとか末期ガンになっていたとも言っていた
だけど元気なのが本当に不思議である
もともと陽気な人で話がうまいとはなる
ただ近くでも癌の人がいるが普通に仕事しているのが不思議なのである
もう5年とかではないそれ以上普通に仕事しているのである
その人も手術から8年過ぎても元気なのである、野球もやっているというからスポーツマンなのである
今ではガンではすぐに死なない、医学がすすんだからである

その人と現在の状況を話しした、ここでもそうだが老人ばかりでどうにもならないと言っていた、その人の息子も遠くに行って帰ってこないという、もともと理髪店していたらしくその道具はあったが帰ってこないという
他にもこういう人は多い、息子娘たちは外に出て帰ってこないのである
もう十年も過ぎると生活も別になり孫でも移り住んだ場所が故郷になってしまう
そして老いてゆく不安を語るのもわかる
つまり老人ばかりの町や村が継続できるのかという問題である

やがて介護にとかなったら誰が世話するのか?
介護士とか若い人がいないからこの辺では青森に介護になった人を送っているのである
青森では仕事がないからそうなっている
外から若い人が入ってきても一時的でなじめないから帰ってしまったとか言っていた
一時的にはボランティアで来ているがここに住むということはなかなかできない
仕事を持つということもむずかしいからだ   
今の時代は戦後の引揚者のように山村に開墾に入るようなことはしないしできない
その時は仕事がないからやむなくそうなったのである

そしてコロナウィルス騒動で原発事故とか津浪でも関心がうすれてゆく、第一地元ですら津波のことを語っても関心がなくなる、だから十年一昔になってしまったのである
ただ地元にすれば南相馬市の一員なのだから関心がないですまされない
直接行政でもひびいているからだ、税金をどう使う

とか配分の問題もありそれは鹿島と原町と小高が合併したのだから当然なのである
同じ南相馬市民として無関心にはなりえないのである
だから耳ざわりなこともあえて言わざるを得ないのである
いろいろ補償金などでももめたがこれからはやはり小高でも復興してもらいたいとなるからだ

ただ小高は老人だけでもう何か負担だけになるのではないかという不安はある
もう荒地が膨大でありそこで農業する人もいない、結果的に堤谷のところの丘がびっしりソーラーパネルがしきつめられたようにそうなってしまうのか?
なぜなら利用しない土地をもっていても何もならないからだ
そこはソーラーパネルにするのには抵抗がないからいいとなってしまうからだ
誰も住んでいないければそうなる、放射性廃棄物の処理場とかにもされる
そこに住んでいる人がいないから反対しないからである 

ともかく通りを車が通らない、通りでも今は人は通らなくても車がひっきりなしに通る
鹿島区だと今まで通らなかった道をひっきりなしに車が通る
それは学校があり子供をのせて通学させているからである
原町と鹿島は移り住んだ人が多く子供も一緒になって移り住んだからそうなったのであるこの差は相当に大きい、人の出入りが小高は非常に少ないということである
ただ前よりは食堂とかレストランとか喫茶店でも増えた、喫茶店でも三つくらいあり多いと思った、それを運営しているのは外から来た人だという
私は喫茶店が好きだからそこで休めるといい、どういうわけか原町には喫茶店が少ないのである、いい喫茶店が少ない、相馬市にはいい喫茶店がある、松川浦でも喫茶店はある
また一軒ながめのいい場所で再開したというニュースがあったからだ

ただその店の人が言うのには工事の人が減り食堂でもレストランでも利用する人が減ったという、相当に工事関係者が減ったらしい、だから食堂でも喫茶店でも増えてやっていけるのかと言っていた、これからも減ってゆくから客が来るのかとなる
どう見ても何か明るいものがない、マルシェなどの建物とか集会場のようなものができても肝心の人が住まない、若い世代が住まないから子供もみかけない
高校生は通ってくるとしてもそれだけでは活気がもどらない

その人の話を聞いていたらこんな多趣味の人がいたのかと驚く
どうしてもバイクと陶芸が結びつかないからだ、ただ小高には器用な人がいると思った
知っている大工さんも本当に器用なのである
大工だけではない庭作りもできるし壁塗りまでしていた、そんなに一人でできるのかと驚いた、ここの店の主人もいろいろ器用なのである
まずあれだけのものを作るには相当に手がこんでいるから器用でないとできないのであるだから小高には器用な人がいる、多彩な趣味の人がいると思った
その町や村によって実際はいろいろな人がいる、でもただ知らないだけなのである
そういう店でも出していれば活気にはなる、何もしないよりはいいとなる

小高でもそうだが飯館もそうだし浪江でもそうである、問題は人が住むことなのである
若い世代が住んでそこで暮らすことなのである
飯館村でも50億円かけて立派な建物をたてても肝心のそれを利用する人が小学校なら5人とかしかいない、それも外から通学している人なのである
飯館村には住んでいない、そして別荘として新しいこじんまりした家があるがこれも人が住んでいないのである、だから人が住まない町や村に活気はないしさびれたものとなってしまうのである
そして老人だけが取り残され介護状態になったら誰が世話するのか?
若い世代は外に出て行って介護士はいないとなって青森の施設に送られるのかとなる
住み慣れた所から離れて最期を迎えるのかとなる

要するに南相馬市全体から見れば小高は負担だけが増えてくるのではないか?
そこで生産活動する人は少ない、若い世代がいない、シルバータウンのようになる
それが負担になってくる、また浪江町とかも隣にありそれも影響してくる
避難区域になった所から移住している人が多いからである
だから原発事故が広域的に被害があったようにその復興も広域的になる
いづれにしろ小高は荒地があれだけあるのだから何か有効利用するとなるソーラーパネルにするにはいいとなってしまう
でもそういう所に人間が住めるのだろうかともなる

冬景色心にしみて住み古りぬ

なんかこんな風景ではない、人は住まず営みはなくソーラーパネルの工場地帯のようになる、これも一部はやむをえないにしても町全体がそうなったらどうなるのか?
ただ別に人が住まないとそういうことに反対する人もいないからさらにやりやすくなるのである、人が住まなければ元の自然にもどるわけではない、かえって放射性廃棄物の処理場とかにしやすいのである、反対する人が住んでいないからである
だから人が少ない過疎地が選ばれるのである、そこでは生活が苦しいとかありそうなる
土地の有効利用ができないためにそうなるのである

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堤谷の廃屋

この前がびっしりとソーラーパネルがしきつめれてい

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posted by 老鶯 at 10:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連
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