2020年12月14日

コロナウィルスで変わる社会 (グロ−バル化は止まりエッセンシャルなものが見直される)


コロナウィルスで変わる社会

(グロ−バル化は止まりエッセンシャルなものが見直される)

世界史的にはグロ−バル化は大航海時代から始まっていた
その結果として起きたことが伝染病の蔓延と植民地化だった
今ではマヤとかインカ文明が滅ぼされたりインディアンが絶滅の危機にひんしたのは伝染病だとされている、それだけ伝染病は怖いものだったのである
そもそも伝染病は風土病でありある地域に発生してその地域にとどまるものだった
それが交通が発達するとある地域から外の地域に伝染して蔓延する
それで今回でも武漢ウィルスだとしたのでもわかる
武漢から生まれた伝染病であり風土病だとなる

人間の歴史をみれば交通が発達して人々が自由に行き来する、ヒト、モノが自由に行き来することがいいことだとされていた、貿易でもいいものとされてきた
そういうことはあっても20世紀とかはグロ−バル化が頂点に達したような状態になった
結果的に今度は国と国の軋轢が増して世界大戦となり何千万人も死んだのである
交通が発達して世界が交わる負の面が増大してきたのである

欧米に植民地化されるとその国の伝統とか風土から作られた文化が根こそぎ破壊される
それがアジアでは植民地化されたことによって起きた
フィリンピンがスペインに支配されて次にアメリカに支配された結果として伝統的なものが失われてその国が成り立つのは外来のものでありそこで失われたものが多くモラルでもそうである、フィリンピンは何か賄賂が横行して国民が乱れている
それはスペインに支配されてアメリカに支配された結果だとしている

その点日本だけは明治維新でアジアで唯一植民地化されない国だったのである
モラル的にも武士道とかがありそれが国の礎ともなり西欧化しても植民地にならなかったことでアジアで唯一独立国となっていたのである
その時、中国も全く欧米に屈して植民地化されていたのである
唯一日本だけが欧米に抵抗できた国だとなっていた
ただそれもアメリカに負けてからは日本も植民地化されたのである
だから戦前と戦後では本当に日本が培ってきたモラルでも伝統でも失ったのである
戦前にはまだ日本があった、戦後はアメリカ化して強制されて日本がなくなったのであるアメリカからもたらされたものがすべていいものではなかった
また明治からでもヨ−ロッパからもたらされたものがすべていいものではなかった
つまり外国の文化でも日本的に日本人のものとして涵養できなかったのである
それには時間がかかるからである、仏教でも鎌倉時代になり日蓮とか親鸞とか道元とかが生れて日本仏教になったからである


今世界で起きていることはグロ−バル化の限界でありその負の面が増大して現象化したのである、それがコロナウィルスとしても現れたのである
これだけ交通が発達すれば人の行き来を止められない、国内でも世界でも止められないシステムになったからである
本当にこういうときGO TO トラベルを政府が打ち出したのはこれまでだったらありえないのである
そもそも伝染病は人の行き来を止めない限り伝染を止められないものだった
そこで江戸時代のコレラの流行でも長崎から入り全国に伝染した
江戸時代のような閉鎖された世界でも止めることができなかったのである
ましてや今の時代には人の行き来を止められない、システム的に経済活動でもそうなっている、すると経済活動を止めることはできなくなる
そのために自殺者が出るというのはそのためである

福島県でもコレラは会津中心に広まった、それは日本海側から北前船とか入り阿賀野川を通じて物資の流通があり会津に伝染した、他に白河街道とかあり会津若松の城があるところから広がったのである
そして田島の方の街道があったがそれは栃木県の方であり逆に会津若松から広がったのである、そこはあまり人の行き来がなかったからだとなる
そして桧枝岐は秘境だから感染しなかった
でも今回のコロナウィルスでは昭和村でも二人感染したのである
そこも常に辺鄙な場所として紹介されていた、でもそういう場所でも感染をまねがれない何か郡山市とか福島市とかに出てきて感染したらしい
要するにこれだけ人の行き来がある社会だと止められないのである
江戸時代のような閉鎖された時代でも伝染病は止められなかった
ましてやその百倍なのか千倍なのか人の行き来がある社会ではもう止めることは不可能だとなる

伝染病は怖いものとして意識されてきた、だから玉野村に若木神社がありこれは疫病を防ぐものとして祀られた、そこは伊達藩と相馬藩の境となる場所だったからである
それから八坂神社が多いのはこれが疫病を防ぐものとして祀られたから多いのである
それから関所もあったのだからそこで人の出入りを止める、それは伝染病を防ぐものとしても機能したとなる

ともかく交通が発達することは人々で自由に行き来することはそれは世界的に否応なく進められてきた、それが20世紀になり頂点に達したのである
そしてその負の面が現象化してきた、それがコロナウィルスでありまた国と国の軋轢がまして戦争になり何千万人も死んだということである
それから国々の伝統とか文化とかモラルが破壊されたとういことである
つまりグロ−バル化の負の面が増大化して現象化したのである
それは前々から指摘されてきたのである

そのグロ−バル化の負の面は科学技術面でも現象化した、それが原発事故にもなった
そもそも日本の風土に原発は合わなかったのである
地震があり津浪がありと地盤も安定していないからである
だから技術でもなんでも取り入れることは問題なのである
中東の砂漠では風が吹くから風車が発明されたとか日本だと山が多いからトンネル技術が発展したとかてる
それは食生活でもそうである、何か一部のガンが増えたとか糖尿病が増えたとかも日本がの風土にあった食生活を乱したからだとなる
日本人はやはり長い間、食べていたものを食べるのがいいとなる
そうして体が作られてきたからである
肉食より魚中心の食生活でありそれが理にかなったものであり外国の物をなんでも食べるのは良くないのである

いづれにしろwithコロナの生活はこれまでの生活の見直しである、グロ−バル化の負の面が増大したからである
そして本当に必要とされるものが見直された、エッセンシャルワーカーが見直された
つまりエッセンシャルとなるものが何か見直された
観光業では打撃でもそれはあくまでも遊びとかなる、それより日々の食料とかエネルギーとか何か日々の生活に欠かせない仕事が見直される
何か現代文明は膨大な無駄なものがある、そのために費やされるエネルギーが膨大だったのである  

それで観光業とかが増大したし娯楽関係だと芸能人が破格の収入を得ていたのもそうである、それが不必要というのではなく余りにも肥大化したのである
それがコロナウィルスで打撃を受けたのである
要するにエッセンシャルなものが見直される、それで金融にも波及する
金融自体が何かバブルになりただ金を右から左に流してもうける、それがグロ−バル化すると目に見えないから陰謀論が生まれる
だからグロ−バル化は世界的に見直され次なるスタンダードがシステムが求められる
確かなことはエッセンシャルなものをベースにした社会であり世界になる
本当にそれが必要なものなのかどうかが問われるとなる

posted by 老鶯 at 10:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/188217051
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。

この記事へのトラックバック