2020年12月31日

時代の大きな変化が来るー2020年も終わる (柘榴坂の仇討-浅田次郎を見て)


時代の大きな変化が来るー2020年も終わる

(柘榴坂の仇討-浅田次郎を見て)

『柘榴坂の仇討』(ざくろざかのあだうち)ー浅田次郎

昨日のテレビ放送でこれを見た、仇討ちがテーマだったが明治になっても主君を殺した
井伊直弼を殺した人物を探していた、10年くらい追い続けていた
その人物を探し当てたがその仇討の相手も身を隠すようにして生きていた
両親も死んだとか苦しい生活を続けていた、それは仇討する方も妻に苦労をかけていた
その仇討される方も苦労していた
そして仇討をあきらめた、時代が変わったからである
井伊直弼を殺そうとした人たちも実は国を思っての行動だった
同じように国を思っていたのだか行き違いがあったというだけであるとした
それで仇討の相手を許した
それから仇討廃止令が出たのである

このことは何を物語っているのか?
時代が変わるとそれまでの武士として生きたことが否定される、通用しなくなる
モラルでもそうである、武士道があったとしても第一城とか主君がいなくなったら
誰に忠義になるのかとなる、もう城も主君もいないからである
武士道とは主君に忠義を尽くすことでありその肝心の主君がいないのだから武士道も通用しなくなる、その変化が余りにも大きいものだった
これだけの時代の変化は明治維新と太平洋戦争の敗戦とかしかなかった

それから日本がアメリカとの戦争に負けた時も大きな変化だった、焼野原になり日本は最悪の状態だった、その時も大きな変化であり時代が変わった
それで小野田少尉とかが密林で戦争状態のままになりジャングルで戦闘していたのには驚いた、時代が変わったのを知らなかったのである
それでやはり侍が侍でなくなった明治と同じようなことになった
戦争中の時代から別な世界に来てしまったとなる
国家最優先の時代から日本がまるで外国のようにもなっていたのである

時代が変わるということは価値観が変わる、武士道が通用したのはそういう主君に仕えるとか城とかがあり通用していたのである
それが主君も城もないのだから一体誰に忠義なのとかなる
その代りとなったのだ天皇だったともなる、天皇への忠義が国家への忠義ともなったとのである
戦後は確かに天皇は存在して天皇に忠義を尽くすとかない、天皇はもう神でもなくなったからである、それも戦後の変わった大きなことだった

とにかく時代が変わるとき職業でも変わる、侍は侍として禄をもらっていたがもらえないすると何らかの職業につく必要になった、それで北海道に開拓に入り農民として暮らすようになった人たちがいる、伊達藩の亘理がそうである、伊達藩の家臣でありその人たちが伊達市を作ったからである
他にも八沢浦辺りでも明治に浦が開拓されて侍が農業をはじめたとかある
なんらかの新しい職業につくことになり「武士の商法」とかにもなったのである

時代が変わる時、職業も変わる、その変化も大きいのである
戦後は高度成長になったのは電器製品が世界に売れたからである
それは農業から工業への変換でありそれが時代を築いた
なぜなら戦後の引揚者が開墾に入ったのは仕事がなかったからである
それで土地の悪い所を開墾して農業をはじめた場所がいたるところにある
でも半分は過酷であり棲むことできず撤退したのである
その人たちは工場などに勤めるようになったともみる
東京が急成長して中小企業がを増大したからである
そこで人手不足となり地方の中卒が金の卵として働いたのである

こうして時代が変わる、これから日本がどうなるのか?
それは高度成長時代からバブルになり30年成長がなく経済は停滞した
30年で改善されなかったのである、そして今日本は貧困化している
非正規とかアンダークラスが一千万以上とか貧困化しているのである
今度はコロナウィルスでさらに窮地にたたされる
だから会社員の時代が終わったとかAIで仕事が奪われるとか銀行員はいらないとかなる
時代が変わる時、職業も変わる、ベースとしてエッセンシャルなものは農業などは変わらない、その他は変わってゆく、
だから会社員とか公務員とか銀行員とかでもそうである
終身雇用などなくなる、会社が存続できなくなるからだ
それは侍が仕事を失ったと同じなのである

そしてAIとか機械化ロボット化で仕事がなくなる、それでみんなアーティストになれとかいうのは時代の変化でそうなったのである
団塊の世代は猛烈会社員として企業戦士として働いた、でも今になってそんなことを言うのは何なのだろうとなる
遊びが仕事なか馬鹿言うなともなる、でも時代が変わるということは価値観が変わることなのである
それは明治で侍が仕事を失い侍がいなくなったのとにている
侍中心の社会がなくなったからである

そういう変化に今見舞われている、すると奇妙なことはそんな遊びのようなことが仕事になるのか?ふざけんなとか古い人にはなるのである
それは明治で侍が庶民となったりアメリカとの戦争に負けて国家が第一であった社会とまるで違ったものとなったのとにている
現代では国家というのは常に否定されてきた、日本では戦争に負けて特にそうなったのである、だから国家が一体となり一つの目的に向かって何かを成し遂げようとかはない
みんな個々人が金のために働いているだけなのである
それでコロナウィルスとかの危機になると対処できなくなっているのだ
国家の危機になれば戦争中のようにまた社会を変えねばならなくなるからである

今年も今日で終わりだけど来年は本当に大きな変化の年となる
戦後70年でありそれは明治から70年で太平洋戦争になったように時代が大きく変わる
だから今まで恵まれていた銀行員とか会社員とか公務員すらわからない
安泰とはならないのである、それは明治に侍が失業したようなことが起きて来る
またコロナウィルスでも時代が変わる、グロ−バル化とにも歯止めがかけられたし
必ずしも世界をヒト、モノが自由に行き来することがいい面だけはなかったことを知らしめられたからである

経済的に世界が結ばれるというより必ず争いも生じるのが人間社会である
経済封鎖とういのもそうである、アメリカに経済封鎖されて日本は戦争に突入したとかあり経済の自由なグロ−バル化はそうした政治的なものから逃れられない
国家の枠を越えることはできない、第二次世界大戦のようにもなる
グロ−バル化の負の部分が増大したのである、それにコロナウィルスが歯止をかけたとなる一年だったともなる
posted by 老鶯 at 17:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層
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