2021年01月05日

大衆は誰かの言っていることを言っているだけ (自分で判断できないーマスコミ、専門家、武田邦彦氏に従うとかなる)


大衆は誰かの言っていることを言っているだけ

(自分で判断できないーマスコミ、専門家、武田邦彦氏に従うとかなる)

小池百合子東京都知事らから再発令の検討を要請された2日後に表明する展開となったことに対し、自民党幹部は「小池氏のパフォーマンスに押し切られたように見える」と指摘

日本人はなぜ野蛮になったのか?──警察権力と女帝・小池都知事の政治【武田邦彦】

このことは武田邦彦氏が盛んに小池百合子氏を批判していた、小池氏の政治はパフォーマンスの政治だとして批判している、常に独断的に禁煙しろとか服装まで口をだしてクールビズだとか恰好いいことを言って命令して実施する
コロナウィルスでも新宿の歓楽街を標的にしたのもそうだという
そこを嫌っているからそうしたとしている
このパフォーマンスは大衆にわかりやすいから受けた、それで知事にもなったし一時緑の党を作り国政を左右しようともした
それは小泉首相もそうだったのである、大衆にわかりやすいように何かフレーズを短いコメントをテレビの前で言い受ける
その内容を深く考える大衆はいないのである
大衆の支持をどうしたら受けるかを常に考えてそうしている

それで国民は馬鹿と指導者は見ているとか言われる、それはマスコミでもテレビでもそうである、馬鹿な大衆を相手にして視聴率をとり自分たちが支配するのだとなる
だからNHKでもこう言ったとかテレビでこう言っているとかが大衆になる
その人は何か意見を言うのだけど主張するのだけどテレビしか見ていないからテレビでこう言っているということをしきりに言うのである
特にNHKがこう言っていることは国民がみんなそう思っているとまでなっている
世論とはマスコミが作り一番影響力があるのがNHKなのである

そもそもなぜそうなるのか?例えば原発にしても科学がわからないからである
それは専門家しかわからないものとなっているからそうなる
科学の時代になるとき科学を知らない者は発言もできない、だから常にその本人の意見などないのである、誰かがどういったとかテレビでこう言っているとかNHKでこう言っている、専門家がこう言っているというこを鵜呑みにしてオウムのように言っているだけである
要するに大衆に何らか独自に意見を言う知識も何もないからそうなる

私自身も原発事故で発言して来たのでもそうだった、科学知識がないし文系だから核についてわからないから追求できないのである
ただ地元だからもう10年間も追求してきたからそれで何か玄人並みになったなと自分自身で意識するようになった、科学の知識がなくても地元の問題だからその原因とかが見えてきたのである、ただ正直他で起きることは理解できないことが多いのである
だから実際はマスコミでテレビでこう言っているNHKでこう言っているとかをオウムのように繰り返ししているだけである、その本人の独自の見識をもって言える人はまれなのである、特にこれだけ複雑で科学の時代になるとそうなる

それでなぜ武田邦彦氏がオピニオンリーダーになっているのか?

それは科学の知識があるそれもかなりの高度な知識があるからなのである
科学全般に対して一流の知識があるから他の科学者でも医者でも対等に話せる
そういう人はなかなかいない、文系の知識もあるから総合的に判断できる

すると今度は武田邦彦氏がこう言っているからこうだとなる、科学的に無知な自分もそうである、科学的なことがわからないからである
でも専門家でも同じ意見ではない、二つに分かれることがある、コロナウィルスは危険だとそうでもない、インフレインザと比べればたいしたことがないとかなる
過度に恐れることはかえって経済を止めて自殺者が出るからやめるべきだとなる
それは放射線の被害でもそうだった、どこまで恐れていいのかわからなかったのである
ただ80才くらいの老人はどうせ死ぬんだからと飯館村でも汚染されたキノコを食べていたし海産物を食べていた人もいたのである
老人には関係ないとして食べていたのである
だからコロナウィルスでも60才以下とかなるとか重症化しない、例外的にいてもそうである、基礎疾患がなければ恐れることはないとなる
すると自粛とかするのはかえって経済を止めるからその影響の方が大きいとなるからやめるべきだとなる 

大衆は誰かがこう言っているからこうすべきだとしかない、科学の専門知識がないからである,放射線被害でもそうだったがコロナウィルスでもはそうである
いろいろ専門家が言ってもわからないし専門家自体も今はわからないものだからである
するとどうして判断するのか?
小池百合子東京都知事を危険をあおりパフォーマンス政治家で大衆を引きつける
それで経済的打撃を受けても知らないとまでなる
でも小池百合子の主導で自民党の菅首相が自粛をさせることにした
それが自民党主導でないのでまずかったと反省もしている

ただ素人でも何にもわからないのか?そこが問題になる
私自身は科学の知識もない、文系だからわからない、でも地元で原発事故が起きたことであり十年を追及して来た結果、その原因が見えてきたとなる
それは地元だからであり時間をかけて追及して来たからである
だからコロナウィルスはまた別なの問題だから違ったものとなる
確かなことはコロナウィルスでも必ず誰かが言っているからこうだとしかないのである
そして自分自身でも何を根拠にしているかとなる武田邦彦氏がこう言っているからとかしかなくなる
でもそうは言ってもいろいろな意見を見識を参考にして考えるようになると違うのであるそこに徐々に研究者のようになり独自の見解を生みそれで独自のものを出すようにもなるのである  
それで編集という作業が創造的なものがあるということにもなる
多様な見識や意見を総合的にみて編集すると何か見えてくるものがある

民主主義社会ではあらゆる人が何かを言うことができる、ところがほんどんどは誰かが言ったことを言っているだけなのである
その人独自のものはないのである、だから最終的に民主主義でもヒットラーのようにナチスとなり全体主義となりファシズムになる、要するに独自の意見見識など関係ない
数がすべてだとなる、それが大衆社会の実体なのである
そこでまともな見識意見をもっていても通じないのである
だからこそ中味のない政治家でも通用する

「小池氏のパフォーマンスに押し切られたように見える」

まさにこれである、小泉首相の時もそうだっから二三言フレーズを言い人気になったからである、それは大衆社会だからこそそうなっている
大衆は独自の見識意見などないからである
それでカルト教団でも数を集めればいいしかない、一票になればいいしかないのである
それはナチスと同じなのである、それはどうにもならないともなる
なぜなら大衆の勢力が圧倒的でありそれに従わせられる、数に従わさせられる
いくら高度な正しい意見でも通らないのである
そしてマスコミではテレビではこうした大衆を相手にして視聴率を稼ぐ、その大衆に合わせるからさらに悪い方向に向かいファシズムにもなる 
多数こそが見識も意見もなくても正義なのである
そしてまともな人間は異端児となりアウトサイダーとなり排斥されるということになる

大衆が一番理解するのは利益になること金になることである、それだったらすぐに理解する、だから原発が金になることで地元でも熱狂したのである
むずかしいことはどうでもいい、金になればいいしかなかったのである
それが大惨事になったのである
大衆は御利益を追求しているだけである、真実を追求したり真理を追求したりしないのである、そこにこそ最大の問題がある、でもそれは変えられない、それでギリシャで哲人が支配する国家を目指したのである
でも理想の社会とか国家はこの世に作れない、それは神が作るものであり天国にしかないとなっているのである
この世は常にバベルの塔の崩壊と混乱で終わっているのである
原発事故でもコロナウィルスでも同じだったのである



posted by 老鶯 at 11:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/188281095
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。

この記事へのトラックバック