2021年01月12日

コロナウィルスが宗教団体にも影響した不思議 (会合ができない、集団的示威行動ができない)


コロナウィルスが宗教団体にも影響した不思議

(会合ができない、集団的示威行動ができない) 

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コロナウィルスの影響がこれほど広範囲になったことは驚きである
意外と宗教関係にも影響した、とにかく人が集まることが感染するということでさけられる、すると初詣とかもしにくい、人が密集するからである
最初韓国でキリスト教系のカルト団体が合同結婚式で感染してその教祖が謝った
そもそも結婚式と宗教はもともと関係していない、なぜなら本当は宗教は結婚を否定しているからである、妻帯を仏教でもキリスト教でも否定しているからである

そもそも宗教は集団で示威行動するということはない、修道院にこもるとか洞窟にこもるとかで修行していたのでありそんな数を集めて社会にデモストレーションしたりしない
また金集めとかももともとしていない、シャカはお布施で何とか生きて修行していた
キリストになれば枕するところなしであり家もなにもない、実際は浮浪者のようでもあった、そこに金が集まるとかもない、そもそも集団で示威行動したり金を集めることはしない、それがカトリックになったときローマ帝国に公認されたときカトリックが社会を支配するようにてった時、キリスト教は別なものに変化した
教皇権が王権より上にありその公認がないと力をもてないとなる
それは天皇とも似ている、武士が実際の権力をもっていてもその上に権威として天皇がいて天皇の公認がないと力をもてないとなる

でもカトリックになると実質的に土地を所有したり権威だけではない強大な権力をもつようになった、そこで政教一致であり二重の権力をもつことになった
一般民衆は宗教により恐れさせられる、恐怖心を与えられる、地獄に落ちるとか罰当たるとかを恐れる、それで免罪符が売られたのである
それは日本でも仏教もそうだった、比叡山に僧兵がいして守っていた
琵琶湖の水運でも税を比叡山の僧侶がとっていた
仏教団体が世俗の生活に入り込み支配して税金をとっていたのである
それで信長が反発して焼き討ちして僧侶を殺戮した、それだけそこは宗教というより一つの強大な利権をもつ城と同じだったのである
大坂の真宗の団体でも城であり武士に対抗したのである

だから何か宗教の歴史はわかりにくいが日本でも似たような歴史があったとなる
つまり宗教が世俗化して権力化することがありそれはカトリックの歴史でもあった
それに反発したのがプロテスタントとなったのである
そしてカトリックのバチカンは独立した国となった経緯はもともとイタリア全土がカトリックの土地でありそれで困るとして一部を国として独立させたとある
それだけカトリックが土地をもち権力をもっていたとなる
それで今バチカンの闇が言われる、銀行ももっていてそこで闇の金が流れているとかなるそもそもそうなるのは巨額の金が集まるからそこからしておかしくなっている
宗教に金が集まるとなるとその金を利用したい人が寄ってくる
権力を得たいという人が寄ってくる
第一シャカとかは乞食でありキリストにも何の所有もない、枕する所もない浮浪者と同じだった、そんな人にそもそも金目当てで寄ってくる人はいないのである

ともかく宗教でも金があるとか権力あるとそれを目当てに人は寄ってくる
だから宗教では金を持つとか権力をもつことはかえって危険になる
家族でも遺産争いになり骨肉の争いとなる、人は金には権力には寄ってくる
毎日金にならないかなるものがないかと思っているからである
それ意外人間は関心がないのである、だから宗教でも同じである、欲があり欲を満たしてくれるものに寄ってくるのである
だから普通だったら宗教は欲を否定するのだから寄ってこない、さける、それが何百万と集められるのは宗教とは全く別な目的で集まっているからである

だから宗教の歴史も人間の歴史だから世界で共通したものがある
宗教でも必ず俗化して社会化してそこで普通の世間と同じものとなる
創価がその典型である、現実に信濃町がバチカンになっている、その辺の土地が買収されて不可侵の領域にされているというのもわかる
強大な権力を有しているからである、そして宗教に帰依するというより権力に帰依するのである、それはカトリックと同じである、莫大な金が入る、それで権力を強化して民衆を支配して社会に数で示威行動を示して恐れさせる
そこに入る人も世俗的野心家とか様々な人が入り乱れる
その目的は権力を得るためである、世俗的な権力を得て地位でも金をでも得たいということでそうなる
だから24時間毎日毎年選挙活動に明け暮れている、座談会とは票を集める場であり信仰の場ではない、すべての目的は選挙に勝つためにある
第一そんな何百万の数になればいちいち個々人の事情に答えられないのである
だから目的は一つ選挙に勝つことが仏法の勝利だとなる、あとのことはどうでもいいのである

それが座談会でも開けないということは票も得られないとなる、これは痛手だとなる
また金も集まらないとなるとこれも痛手である、つまり権力を維持する拡大することができくなるからだ、だから致命的にもなる
本来の宗教だったら別に金が集まらなくても数が集まらなくても宗教は信仰はありえる
せいぜい二三人集まるところにキリストはいるとかなっていたからである
宗教はそもそも示威行動はしない、だからイスラム教となるとあれだけの人が集まるというのも解せないとなる、それもコロナウィルスで禁じられたのである

コロナウィルスの不思議はヨ−ロッパでペストが流行した時、カトリックとかの神父とかも相当死んだ、今回でも死んでいる、それでキリスト教が衰退してルネサンスが起こる起因となったということもある
また宗教一辺倒だったことから科学的に合理的にウィルスに対処することが生まれた
つまり科学が発達してきた一因になったという、そういう変化を起こしたのもウィルスだったのである、つまり社会を変えてしまったのである
そもそも津波でもそうだが原発を砕いた、それも自然の作用であり神の力だったともなる人間の力を越えたものによって打ち砕かれたのである
そこで人間が作った「安全神話」は崩壊した、なぜならそれはあくまでも人間が作ったものでありそれで破壊されたのである

つまりこのコロナウィルスは何なのか未知である、でもペストでもそうだったように大きく時代を変える作用がある、それだけの影響があるということである
だから宗教とかまで広範囲にその影響があり驚くのである  


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posted by 老鶯 at 11:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層
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