2021年01月27日

菅政権はもう終わり「次の総理は誰か」という大問題 (ピーターの法則があてはまる)


菅政権はもう終わり「次の総理は誰か」という大問題
(ピーターの法則があてはまる)

菅は菅で「総理になると、官房長官の時より情報が入らなくなった気がする」とぼやいている。それは菅が耳に痛いことを言う人間を遠ざけているからなのだが、自覚がない。

 こうした菅の現状を象徴する事件があった。来年度予算案の折衝で、菅が諸々の判断を副総理・財務相の麻生太郎に任せきりにしたため、麻生が「総理なんだから自分で考えろ」とキレたのだ。


 ある人材はその組織内で昇進できる限界点に達する。人は昇進を続けてやがて無能になるが、必ずしも高い地位がより難しい仕事であるという意味ではない。単純に、以前優秀であった仕事と仕事内容が異なるだけである。要求される技術をその人材が持ちあわせていないだけである。

たとえば、工場勤務の優秀な職工が昇進して管理職になると、これまで得た技術が新しい仕事に役立たず無能になる。このようにして「仕事は、まだ適当な地位にまで達していない人材によってなされる」こととなる。
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 「ピーターの法則 」という本を大分前に読んだ、ただこれもその意味がわからずただ買ったというだけだった、会社員にもなっていないから理解できなかった
でもいろいろな失敗例を見て人間はそういうものだと知った
菅首相は官房長官の時は優秀だった、首相にのぼりつめたとき無能とは言えないまでも
行き詰まった、やること成すことがうまくいかない、首相の立場とか官房長官の立場が違っているからそうなる、実際はその相違は大きいのである
人間は俳優でも脇役で演技力を発揮するものがいる、でも主役に向いていないとかある
演劇の世界でもそうなのだから現実社会でもそうである
おそらく菅首相は補佐役、脇役として優秀だったのかもしれない、それが主役になったとき無能化したとなる、ただこれは時代の作用もある、こんなコロナウィルス騒動の時舵取りできる人がいるのかとなるからだ、そこは同情するとなる

私の交際範囲とかは狭いしこうして何か批判することはむずかしい
そもそも人間の直接付き合う範囲は狭い、すると視野狭窄になる
ただ実例となると私の母の実家の父親は警察署長だったのである
だから警察官としては最高位にのぼりつめた人だったのである
でも退職して機織り工場を経営して失敗して一家離散のようになった
その人は自分は警察署長までなったのだから優秀だと思って工場をはじめたのである
でもそれは畑違いであり失敗した、無能になったということである

もう一人は一級の免許をもっていて会社を立ち上げて経営者になったが失敗した
その人は技術者として優秀でありそれでみんなから周りから優秀な人とされていたのである、だから自分は優秀だということで会社経営しても成功すると思い込んだのである
でも会社経営となると本当にこれは大変なことであり並みの人間ではとてもできないものだった、だから20人に1人くらいしか会社経営は成功していないのである
死者累々としているのが経営の世界なのである
そしてその家にも問題があった、会社勤めなら家はあまり関係していない、会社に従い仕事していればいいだけである

でも一旦会社経営になると家族まで関係してくる、その家はまず会社経営に向いていない家族だったのである、それで経営者になるなら商売人の妻をもらいというのは経営は商売にもなるからそうなる、その妻は全くそういう人ではない、会社員の妻ならいいが経営者の妻には向いていなかったのである、そして家族自体も向いていなかったのである
でも強行したのは会社勤めしていたときは技術者としては優秀だから会社経営でも成功すると確信したのである

人間は結局あることについては優秀だが分野が変わったりすると無能化する
オールランドにあらゆることについて優秀な人はいないのである
それよりあることについて優秀だとか才能があるということは他のことは無能だとなっているのだ、全能な人間などいないからである
正直菅首相に同情するのはこんなコロナウィルスに対処することが誰ができるのかとなる最初からgo to トラベルは失敗だったともなるが経済優先ということでそうした
経済を優先させるべきだという人もそれなりにいたからその判断に迷うのである

確かなことは官房長官の役割りと首相の役割りは全く違ったものであり麻生氏に自分で判断しろといわれたのもそうである、首相は自分で判断する、報告するのとは違うからである、その責任も全然違ったものになる、そこでこういう緊急事態に対処できなくなる
いづれにしろ人間はあることには優秀でも他のことになるとたちまち無能になる
学者が経済でも通暁しているかとなると経営者になっても成功するかとなればしない
現実の会社の経営となれば全く違ったものであり理論通りにならないからである
理論と現実は違っている、理論は理想である、でも理想は現実社会で実現しない
マルキシズムがそうだったようにそれはあくまでも理論であり現実社会に適応できないものだったのである、理論と現実の乖離がありそれで粛清の嵐となり何千万が殺されたとかの悲劇になったのである、かえって熾烈な権力争いになってそうなった
そこに人間の業があり理論通りに理想が実現しないのである

私自身でも理論とか理想を語るけど現実社会では通用しない、学者タイプでありでも現実に会社を経営者とにはなれない、何か理論的に批評したりするのに向いているのである
ともかく一般的にはあることに優秀でもすべてに優秀な人はいないからピーターの法則があてはまる、菅首相も首相になったら無能化したともなる
ただこんなときに誰がやってもうまくいくとは思えないのである
要するにコロナウィルスが未知なものだからである、未知なものに対応することはできない、そこで世界全体が混乱しているのである
posted by 老鶯 at 09:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層
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