すべて金で計算してもうまくいかない
(旅でも親切にされたことで後で効果がでてくる―安宿旅行の回想)
この世の中すべて金で計算している、金をどれだけとれるかを計算して仕事する
すると一番優遇するのは金持ちだとなる
それで旅館でもホテルでも金持ちは優遇する、特等の部屋に案内して泊まらせる
そこで収入が増えれば商売として成功したとなる
それは当たり前のことである、貧乏人はそもそも金がないのだから宿にとまるなともなる自転車で来るような奴は野宿しろとなる、それが似合っているとなる
それもそうなのだけど本当にそうなのだろうか?
すべて金で計算して商売になるのだろうか?
そこが疑問なのである、私は旅をしてもいかに安上りにするかが問題だった
それで安宿を探すのにいつも困っていた、最低でも5000円はかかっていたからだ
それで3000円の宿があったときはうれしかった
春の月安宿見つけうれしかな
こんなふうになっていたのである、私は金はいつもなかった、働きもしないからなかったでも旅はしていたのである、だから安宿を探していたのである
それが外国まで行って安宿を探すとは思わなかった
でも貧乏旅行者は安宿を探し回っていたから自分と同じだと思った
それはパリだったのである、そして東駅の方でも安宿探していた
そこには安宿があった、でも満員だった
東駅安宿探し落葉かな
意外とヨ−ロッパはホテルが多く安く泊まれる、高級なホテルもあるが安宿も多いから旅行しやすいと思った
そしてユースホステルが多い、そこでは千円とかで泊まれる
そこは別に老人でも泊まっていたのである
だからヨ−ロッパは旅行しやすい、ただ高級ホテルとなると馬鹿高くなるから泊まれないただヨ−ロッパなら城のホテルとか高級ホテルでも泊まる価値がある
つまりヨ−ロッパでは何でも歴史があるから違っているのである
そのホテルにしてもそうである、日本のホテルは新しいがヨ−ロッパは古いからである
ただそういうホテルとかに泊まったことはなかった
私はバックパッカーだったからである
でも旅となると別に貧乏旅行でもバックパッカーでもそれも旅であり価値がある
高級ホテルに泊まりグルメとなるのもいいが別に貧乏旅行でも安宿でもユースホステルでも旅の経験の価値としては平等に思える
本当は高級ホテルに泊まりまた貧乏旅行するのもいいとなる、その価値は別々であり経験の価値としては違った価値であり金持ちだから特別の経験するということはない
おそらく人生でもそうかもしれない、人間が経験することは限られている
だから貧乏の経験でも貴重だとなる、もちろん金持ちとしての経験も貴重である
でもどちららにも経験として価値がある
人間は経験するにしても結局時間が限られているから何か経験することでは平等に思えたただ金持ちだと留学とか習いものとかいろいろ金をかけてやれるので違っている
でも人間が生きる時間は限られている、金持ちでも時間だけは多く持つことができない
だから経験することでは平等の感じもした
バックパッカーでも海外旅行すれば安かったからである
ただ日本が貧乏になると海外旅行はぜいたくだとなる
私が旅で親切にされたのは覚えているのは二三回だけである
一番親切にされたのは鮫川辺りでまだ山の中に万(よろず)屋がありそこでご飯と味噌汁を御馳走になったことである、今時そんなことをどこでもしない
されたこともなかった、そういうことが今はしにくい時代である、便利だからコンビニで買いとかなるからである
もう一回は山形県の田麦俣から入った湯殿山ホテルだったと思う、そこはそれなりの大きなホテルだった
なぜそんな山の中にホテルがあるのが不思議だった、湯殿山の参拝のために利用するホテルなのか?
団体旅行用のホテルでありそれが自転車で行ったら泊めてくれたのである
それも確か無料でいいともいってきた、女将がそう言ったのである
そういう小部屋がありそこにとまっていいと言ったのである
そんなことをしてくれるホテルがあるのかとなる
それは全く例外的でありありえないことだったのである

でも旅をするときそういうことが心に残る、そういう親切はあとでも忘れないのである
するとどうなるかというと全体に影響する、あそこの市町村は親切な人がいるなと
その市町村自体の評価が高まるのである
そういう親切を人は忘れないからである
ただ現実は貧乏な人は来るな、そんなもの来ても商売にならないというのが普通である
でもそこに何か問題がある、金持ちしか優遇されないのだとなり悪い印象をもつともなるでもそういう親切は覚えていてあそこちいい人がいるとなるとき観光でも影響するかもしれない、そういう親切を覚えているからである
あそこは冷たい場所だった、人は親切ではない、道をまともに教える人もいなかったとかなんとかなる、現代はすべて金で計算する時どうしてもそうなりやすいのである
貧乏人だけ相手にしていると豊かになれない、でもそういう親切は長く心にととまりいつかその土地に恩恵があるかもしれない、ここで親切にされたからまた行ってみようとかなるかもしれない、それはわからないにしても金だけ計算して商売してもうまくいかないことがある
実際に私が介護で苦しんでいたときでも事業をはじめた人は借金して荷物一つもつもの嫌がっていた、金にならないことは一切したくなかったのである
でも百万をやったし金がないわけではなかった
ただその人はその時金にならないことはしたくなかったのである
そういう人がはたして事業とかなると成功するものだろうか?
それで損して得しろという諺が生まれたのである
ただそういう自分も事業のようなことをして同じ失敗しているから責められないとはなるやはり利益をまず得たいとなるからどうしようもないとはなる
それで事業はじめるなら資金的にも余裕がないとうまくいかない気がする
また長い目で見ないとうまくいかない、、だから資金的にも余裕がないとうまくいかないすぐに見返りが入ると限らないからである、でもそうなるとなかなか事業でもやれないとなる、それで自分自身も駄目だったからである
現代は変化が激しいし目先のことに追われる、長い目で仕事でも事業でもできないのである、競争も激しいから追われるように仕事をしなければならない
それで現代は国家百年の計などができない、変化のスピードが早すぎるからだ
中国の変化をみればわかる、十数年であんなに発展したのは驚いたからである
いづれにしろコロナウィルスで観光業は打撃になった、するとこれから観光業はどうなるのか、どうするのかが問題になる、近間を大事にして近間の人にサービスする
近間の人のくつろぎの場とするとかなる
でも金で計算するとどうしても東京とかの大都会の人を呼ばないかぎり経営は成り立たない、だから東京からの観光客が来ないことは大打撃になったのである
ただこれも時代の変化でそれに対応しないと生き残れないともなる
観光もオーバーツーリズムになっていた、京都などもう外国人とかで混んで異常だった
それがぱったり来なくななっというのも驚きだったのである
京都のような所は貧乏な人は相手にしない、粗末に扱われる
それは観光客があふれていて来ないことがないからである
でもそうなると人を粗末にする、それで観光客来ないとなり新しい手をうたねばならなくなる、人を呼ぶために観光客に貧乏な人でも親切にするとか変わる
それは希望だがそういうふうに観光も変わることは悪いことではないのである
もともとホテルはホステルとか旅人をねぎらう病院とも関係していた、ホステルとかかがホスピタルになったからである、そういう起源があるということはそこに本来の役割を感じて商売するということにもなる、そこが原点だからである
金持ちのためにだけ優遇してサービスするのとは違っていたからである
なんでもただ金だけを計算してしていると本来の役目とかも見えなくなる
それがかえって人も離れてゆくともなりかねない、ただまず利益だとなるから本当にむずかしいのである
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