2021年02月13日

文明を商業と交通から考える(文明論2) (商業と交通の発達が国家を作った)


文明を商業と交通から考える(文明論2)

(商業と交通の発達が国家を作った)

文明とは何かというときまた国家とは何かというときそれは商業とか交通をぬきにして考えられない、なぜなら文明でも国家でも村とかの単位ではない広い範囲のことだからである
それでcivilzationのdivilは市民のことである
その市民がどうして生まれたのかとなると商業から生まれた、土地を基にした領主の支配は封建国家であったからだ、ともかくヨ−ロッパには城が多いのである
それは日本と似ている、日本も土地を基盤とした封建国家を形成したからである
でも商業というのはその土地に縛られて支配する体制から離脱する
それで都市国家が生まれた、その収入が土地の生産物に農業によらない、土地から離れるのが商業だからである
だから商業は広域的なものになり他国との交流もできて別な協同の国家のようなものにもなる、それがハンザ同盟だった、都市国家が連携して商業で協同するのである
それは現代にもつづいている、グロ−バル経済はやはり国家を否定して経済だけで企業の利益を計るために連携する、共同するからである

そして商業と地理は深く結びついていたのである、まず船の貿易が発達したのは地中海である、地中海は大西洋とか太平洋とかとは違い、古代でも船で交通できる海だったのである、それで最初にギリシャが貿易して広域国家を作った

「母体となる都市が領土を周辺に拡大するという形態ではなく、全く異なる場所に新たな都市国家を作ったものである。植民地と母都市のつながりは密接に保たれることが多く、様々な形態をとった。しかし後の植民地主義時代とは異なり、古代の植民都市は独立した国家として運営された」

住まいの人類学Part4:植民都市=“街”を“植え付ける”人たち

この植民都市はシンガポールとか香港と同じである、ということはヨ−ロッパの歴史を継承して産みだされていたとなる、そういう発想は歴史から生まれていたのである
アジアではそういう歴史がない、大陸国家にはない、中国にもない
ただ最近を本を読んで丹後が邪馬台国だという説も地理からみればそうなのかともなる、最初に栄えたのが出雲だったからである、するとその隣になる日本海を通じて韓半島からの渡来人が来たりするには便利な場所だからである
つまり港湾都市のようになっていたとなる
それは貿易に便利な場所であり中国人でも寄り安い場所だとなる
その時また瀬戸内海航路は発達していない、瀬戸内海は潮流が速く航海に意外と向いていなかったのである、だから遅れて発達したのである
つまり交通から地理か歴史でも常にみる必要がある、だから世界史でも地理を知らなければなにもわからないとなる

文明という時、河川から生まれというときもそうである、それは大陸の河が交通に便利であり運河のようになっていたからである、エジプトのピラミッドでもナイル河の河岸から通じていた、つまり港のような機能があったとなる
エジプトがあれだけ大きな統一国家となったのはナイル河があり交通が便利であり上エジプトと下エジプトが結ばれたからである
交通が不便だと統一国家もできにくいし商業も発達しないのである

日本人が外国を理解できないのは長大な河とか平原とか砂漠がないからそもそも地理が実感できないからそうなる、日本では空すら狭い感覚になる
大陸だと空も広大なのである、長大な河は運河となり広大な大陸の人を商業でもって結びつける、中国人が農業の民であるともに商人の国であるのはそのためである

また川だけではない、遊牧民だと平原とか砂漠でも山を越えるよりは道になりやすい、
だからシルクロードが発達して貿易が行われた、そして遊牧民は常に移動しているのだから自ずと商人になっていたのである
それでモンゴル帝国が生まれた時貿易が発達して紙幣のようなものが流通したとなる
貨幣もまた広域的に貿易が発達すると利用されるようになるからだ
貨幣とは紙であれ保証されれば価値がある、一つの証文とも似ている
だから貿易でも何らか共同するものがないとできない、物の売買でも信用がなければできないからだ、第一紙幣だったらそんなの紙に過ぎないとなり信用できなとなってしまうからである、それで金貨となれば価値があるとなる、でもその金貨でも重いし貿易には向かないのである、何かベトナムで金属の大きな塊が貨幣になっていた
それは持ち運ぶだけで重いのである、そんなものはまるで石の貨幣と同じにもなる
でもその金属そのものに価値があるとなり貨幣の基はそうした金属だったとかまた飾りものだったとかなる、遊牧民ではそうした金属の装飾品を大事にするというとき貨幣の役割りも果たしていたからである 

ともかく貨幣というのは広域的商業圏が拡大するとことによって生まれた、自給自足的な村のような社会では貨幣経済は発達しないのである、そこでは物が日本なら米が貨幣の役割りを果たしていたとなるからだ
文明とは大きな広がりの世界を共同する世界を持つことである
だから大きな国家形成をしたとき文明が生まれたとなる
それは交通と密接に結びついていたのである
例えば日本でも琵琶湖は何か地中海のような役割りを果たしていた、船の交通ができていて交通路になったからである、それで比叡山ではそのために課税していたのである
税金をとっていたのである、その収入がまた大きかったのである
それで信長がその権益を得るために比叡山の僧侶集団と戦って殺したとなる
それだけのその権益が大きいものだったからである

デンマークのクロンボー城は貿易のために船が行き来する場所に作られた
そこで関税をとりデンマークの国家を強くしたというとき商業というのが国家を強大化するということがある、国家とは広域的なものだから商業と交通と深く関係しているからだ
貨幣でもそうだが遠くの国と商業で結びつくとき共通の文字も必要になる、なぜならそこで領収書のようなものが必ず必要なるだ、契約も必要になる時共通の文字が必要になる
それでフェニキア人が地中海で貿易したときアルファベットを発明したのはそのためである、共通に広域的に認識する言語が必要だったからである
だから文明とは文を明らかにするということで文字とも深くかかわっていたのである
文字の発明なくして文明をもなかったとなる        
日本で漢字を使うようになったとき中華文明圏の中に入ったのもそうである
文明というとき国とかに制約されない広範囲な共同性があるものである
それで西欧文明が現代を作ったというのもそうである 


物々交換は信用の交換が必要

 相手を信用できるか、また相手に信用に自分を信用させるか、その駆け引きのプロセスで「言語」が爆発的に進化した
 貸し借りの中で必要に迫られ「数字」というシンボル記号が生まれた
 「過去に貸した価値を〔将来」利子をつけて返してもらうという「時間」の概念も物々交換の中で発達した        

 日本の謎は地形で解ける(竹村公太郎)
 

今中国が強大化して世界の脅威となるのは古代からの中華帝国の再興のような先祖帰りが起きているからである、中国が指導国家覇権国家になるときそれは中華文明の再興となるでもそうした大きな統一共同するには新たな文明が必要となる
今の共産主義国家は古代王朝の復活のようにもなっている
そういうことに周りの国が従うかとなるとならない、いくら力でそうしようとしてもそこに新たな文明としての協同がありえないからである
ともかく人間の歴史をみるときいかに協同することに苦心したかである
それで英語でもco-とつく言葉が本当に多い、それは協同する意味なのである
協同することが文明には必要だから言葉に現れていたのである
また日本でも語尾に・・合うというのが多い、話し合う、わかちあう、ゆるしあう、つかみあう、けなしあう、殺し合う・・・とかなにか争う時でも語尾に合うという言葉が出る
それは合わせるということでそうなった、争っても合わせるということでそうなった
日本でもそうして合わせるということで協同することが社会にとって不可欠だから言葉に残されたのである、それは世界中で同じなのである
人間がいかに協同しあうかそれが文明を作ったのである
だからアフリカでは未だに部族同士が殺し合いしている、それは広域的な協同国家が形成されていなからである、日本でも邪馬台国ができる前に百余国が争っていたというのもそうである、統一共同国家を作ることはその争いをやめさせなければできないからである
だから日本だと戦国時代が終わり江戸時代になり統一国家ができたとなる
国家とは文明とは長い時間の中で協同を模索して生まれたものだとなる

ただ現代は交通が発達したためにそういう共同体としての文明を作ることができない
確かに物質的には物としての交流はあったとしても互いに共同するものが何か確立しないグロ−バル化とは物の流通でありそこに互いに共通する共同する理念などはない
そういう統一国家を文明を作ることは相当な時間がかかるからだ
(ローマは一日して成らず)なのである
日本の大東亜共栄圏の構想が挫折したのはそれは急ぎ過ぎた結果なのである
力で統一文明圏を作ることはできない、だから今中国はイスラム圏のウィグルとかを仏教圏のチベットとかを力で弾圧している、そこも一つの宗教による協同文明圏であるから
それを力で統一するというのは無理なのである

そこに大きな反発が生まれる、つまり力だけでは軍事力だけでは大きな国家というか文明圏は作れないのである、それは日本のように戦争しても挫折するとなる
それはすべての国に言える、ソビエト連邦も挫折したし今やアメリカの広域支配世界支配も挫折してアメリカ自体が衰退して覇権国家ではなくなる
軍事力だけでは力だけでは大きな文明圏はできない
ローマ帝国にしても力だけの軍事力だけの支配ではなかったからだ
ローマ法との法の支配とかもありそれで治めたとかなるからである
そこに公平さとか平等とかなにか共同するものがないと力だけでは治められないのであるだからそれは時間がかかるし簡単にはできないのである



この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/188398675
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。

この記事へのトラックバック