2021年02月14日

今回の地震は被害が少なかったので安心? (今年はやはり災難の年になる、世界的にも大きな変化が起きる)


今回の地震は被害が少なかったので安心?

(今年はやはり災難の年になる、世界的にも大きな変化が起きる)


【地震警戒】2021年は地震頻発する1年なので世界各地で要警戒と備蓄と防災!   

東日本震災から10年にもなり大きな地震の来る予兆 (雲とか虹の変化と地震予測ー暑さが影響したことは確か


2月3日から2月13日頃に時読みのyoutubeで大きなことを起きると言っていた
自分の場合は去年に地震が起きると予兆していた
ただ2月に起きる、それも10日くらいしかずれがないということは当たったと言える

ただ今回回りを見ても瓦が落ちたとかない、畑のヤハな小屋も壊れていなかった
意外と被害がないなと回りをみて回った
ただ家の内部では棚から物が落ちたとか倒れたとかあった
とにかく強い地震では立っていられないからすぐに逃げることができない
それにしても揺れは東日本大震災と同等に感じた
あの時も本がばらばらと落ちた、私の家の瓦屋根が壊れて直した
そして壁にひび割れが入ったり家の内部が歪んだようになりまだ修理していない
今回はそこまでの被害はなかった
でも感覚的には同等の被害があってもいいくらいだった

大きな余震が来るという時、確実に十年以内には来るというのは言われていた
それが丁度十年過ぎて本当に大きな余震が来た
ただ津波にならなかったのは深度が深いからであった
それで海水に影響しなかったのである

私も去年から地震が来る予兆をしていた、それは余震は過去の例からも確実に来ているからだ、それがぴったりと十年過ぎて襲ってきた
それも福島県沖が震源地だったのである
だからつくづく福島県の浜通りに原発を作ったことは大失敗だったのである
もちろん日本に原発を作ること自体失敗だった
これだけ地震があるのに原発を作るというのは無謀だったともなる
でも原発を再稼働しろとか右でも言っているのは理解できない
それは原発を核兵器を使う燃料として保持するためだとしている
核武装するためにそうしているとしている

ともかく天災は忘れた頃にやってくる、それは確実である
地震でも喉元すぎれば熱さ忘れるになる、人間は忘れやすいのである
コロナウィルスとかでも過去に疫病は常に起こっていたけど忘れていたのである
ただ東日本震災から十年目の節目で起きたことでまたあの災難を思い出したのである
今や地元でもあの災難の関心が薄れている、コロナウィルス一色になったからである
それで復興がどうなったかとか外部になると余計に関心がなくなっている
その無関心さが危険につながる

今回は大きな地震でも被害がすくなくてすんだ、津波も来なかった
でも深度6となるとこれは怖いと思った
もっと被害があっても不思議ではない、でもこの辺ではなかった
なんか春を迎えて浮かれる気分にもなれなくなった
それでもこれも喉元すぎれは熱さ忘れるとなる
日本人は何かこれだけ地震とか災害があるのに忘れやすい民族なのである

それにしてもなぜこんなに災害がつづくのか?

これはどう考えればいいのか?自分の一身上でも災害続きなのである


家族が認知症になる

津波で原発事故

親の介護で苦しむ

自分が病気になる

盗難にあう

コロナウィルス渦

こうして災難がつづくのはなぜだろうとなる
その他にも自分には災難が災いがつづいているのである
駅でボランティアしていたら駅長から回りから責められるだけだった
そしてコロナウィルスで鉄道も被害を受けた、今はコロナウィルスで駅に来た人と話すこともできない、こも何なのだろうとなる
この他にも隣の市の自転車屋に行ったらお前は来るなといわれたりコンビニではパン二個盗んだとして責められたりずっと何かいいことがないのである
だからここに住めなくなるとさえ思う
現実に原発では故郷に住めなくなったからだ、何かこの辺は本当に呪われた地域なのか?もう脱出しないと命が危ないのかともまで危惧する

何か自分一身上だけではない、社会全体でも世界全体でも実は大きな異変が起きている
これは何かの前兆なのか?コロナウィルスもそうである
これから経済的破綻とか株の暴落とか飢饉が来るというのもそうである
飢饉にならなくても食料危機が来るというのも現実化するかもしれない
神が人間の心をみてみな悪しきものであるとして大洪水を起こしてノアの箱舟が作って助かった                                                                  

そのことは何を意味しているのか、大災難に備えることだとなる
箱舟となるともうその時代にそんな大きな船が作れるのかという疑問になる
それはおそらく比喩なのかもしれない
津浪でも実際はこれで大丈夫だとした防潮堤でも破壊されたからである
つまり大災害に備えるにはもしかしたら荒唐無稽のようなものでも作られねばならないとなる、ノワの箱舟はそれを物語っているのかもしれない
災害は結局予想外のものとして常に起きているからである
これで備えが十分だとしても結局その備えを越えたものとして容赦なく襲ってくる
ノアの箱舟でもそんなものを作って何になるんだと笑われるようなものでも備えていろと神が命じたのである
原発だったら二重三重に安全を計らないければできないものだった
でもなんの安全も計っていなかったのだから人間は危険に無防備なのである

今年がどうなるのか?予想はつかない、でも今回の地震もまた暗雲になる
ただ東日本大震災を思い出すものにはなった
とにかく地元でも忘れる、いろいろ語っても何か関心がなくなったのである
それでも依然として原発避難区域では田畑が草ぼうぼうであり荒れ果てている
なんら復興していないのである、その現実の中で生きていれば原発事故からなんら復興していないのである、だからオリッピックなどで騒ぐのを中止させられたのは天罰だったともなる、そんなことより復興に力をそそげともなるからだ

posted by 老鶯 at 11:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 地震津波水害関係
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/188401500
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。

この記事へのトラックバック