2021年02月27日

歴史として後世に伝えるもの (後世のために原発事故でも真実を伝える)


  歴史として後世に伝えるもの
  
  (後世のために原発事故でも真実を伝える)
  
歴史でも真実が伝えられない、それはなぜか?
その時代を語るにしてもそこにく権力があるものが歴史を伝えるからである
それで相馬藩で400年前に津波があってもわずか二行だけ700人溺死と記された
それも津波の後に発見されたのである
だからこの辺で津浪が来ないとしていたのである
津浪が来ない場所だとなっていた

でもその時代に津波があって被害かあった
それが記されなかったのは何故かとなる
その理由はその時相馬氏がこの辺に進出して土地の勢力者と戦っていた
それでその戦争のことは事細かに記されている
でも津波のことは二行しか記されなかったのである
関心は戦争のことにあったからだ 

つまり権力者が権力争いに没頭していたからである
そしてなぜ津波に関することが残されなかったのか?
それは権力がなければ記すこともできなかった
文字として記すには第一支配された民衆はまだ字を書けていないともなるし
石碑一つ建てるにも金がかかるからその記録を残されなかったとなる
伝説は残したとしてもそれは文字に記録されるものとは違っているから信憑性がないともなる、もちろん文字に記されても権力者の都合のいいようにも記される
要するに歴史は勝者の歴史ということであり歴史には権力者の都合のいいように作られるともなる  

だから日本の戦争でアメリカに負けた時もそうである、アメリカが勝者となりアメリカの都合のいいように語られて負けた日本人は裁判までされる
それは必ず不公平なのである、アメリカにも必ず非がある
戦争とは両方になにかしら非がある、だから一方にだけ非があるとするのは勝者になればそうできるからそうなっているだけなのである 

私は地元だからなぜ原発事故が起きたのかを追求し来た?

それはいろいろな原因があり複合的に起きたものである
責任は権力をもったものが起こしたことは確かである
その権力でもアメリカという巨大な圧力がありそれが権力となり古い型のマーク1の原子炉を売りつけられたとかある
また権力のトライアングルが形成されて強力なものとなり安全神話を作った
官僚ー御用学者(専門家)ーマスコミとかが一体となり形成して逆らうことができなくなった

そして地元にしろ漁業組合の漁業権を東電に売り渡して事故前十分な補償金を得ていたとかある、そのことを指摘しないが地元でもただ金になればいいしかないということでその原因を作ったし責任はあったのである
地元で地元の責任を言えば嫌われるし表に出ないがそうなるとやはり真実がわからなくなる、後世の人も何か事故の原因で真実なのかわからなくなる
つまり真実が伝えられないことでまた同じような事件が事故が過ちが起きるということである
それは戦争でもそうである、どうして戦争を起こしたのかと未だに不可解なのである
いろいろなことを言うにしてもなぜあれほどの戦争の犠牲があっても不可解になっているそれはやはりその時代を生きた人たちが真実を伝えないからだともなる
何か隠されて真実が出ないということがあり不可解になった
それは日本だけに火があるとは限らない、でも真実は闇の中になり解明できなくなった

私の証言は真実を伝えるものとして価値あるともなる
地元だからまたインタ−ネットがあり発言できたからだともなる
マスコミではやはり今でも真実を伝えないからである
原発のことでも他の重大なことでもマスコミは伝えない、権力側についたりして伝えないのである、そこで真実がわからなくなるのである

とにかく原発事故でも津波でも歴史的事件である、だからやがて時間が過ぎて歴史となるでもその真実は時間がたつにつれてやはりわからなくなる
そしてやはり権力の圧力により曲解されたりする 
するとそれが後世のものにとってどうなるのか?
事実があってもそんな事実はなかったとか何か誤って解釈される
すると同じ過ちがまたくりかえされるのである



posted by 老鶯 at 21:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連
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