2021年03月28日

需要がないのに莫大な金がつぎこまれる時代 (オリンピックもリニアも原発も・・・いらない)


需要がないのに莫大な金がつぎこまれる時代

(オリンピックもリニアも原発も・・・いらない)


金余りで金の行き場がなく株が上がっている、またコロナウィルスの不安で貯金が増えている、普通だったら資本主義は金が余っていれば投資とかにまわる、設備投資とかにまわる、何かを開発することにも回る
ただ金を貯えても全体的に経済は成長しないし停滞してゆく
でも成熟した資本主義になると金余りになりバブルにもなる
余った金が投資先がないとバブルになる、今絵画が高く買われている時そうである
そういうことが前にもあったからだ
それはあくまでも投資ではなく投機となる
投資とは何かを育てることである、会社を成長させることである
技術を開発したり何か社会に役立つもの社会の需要に答えることである

でも今需要がなくなっているというときオリンピックでもそうだけど実際は国民の大方は望んでいない、特にコロナウィルスでやるべきで無いと見ている
何か国民がオリンピックしたいということで盛り上がらないのである
東京オリンピックは日本が戦後立ち直ったということでそれを世界に示すことで盛り上がった、そういうものが今はない
またリニアでもそれが新幹線のようにこれも国民が必要としているのか疑問である
新幹線で十分でありもっと早くすればいいとかなる
つまりそれほど需要がないのである、するとそこに国家予算並み馬鹿高い金を使うのは
無駄だともなる
かつての公共事業でもそうである、それは地方に仕事を与えるものであり土建業者が必要としていたのであり国民がそうとはなっていなかった
オリンピックでもリニアでも一部の利権団体や会社が必要としている
オリンピックなら電通とか電波利権をもっている会社が必要としている
コロナウィルスでこれだけ開催が困難なのにあえてしようとしているのはそういう利権団体が要求するからだとなる

原発でもそれが本当に必要なのかどうかわからなかった、ただこれも必要なのかというより何かアメリカの意向とか背後に利権がありそのために金が入るものがあり推進された
それは地元でもあった、実際に官僚でも政治家でもマスコミでも利権とかかわるものが
原発だったから推進されてきたとなる
電気がたりないというのも真実ではなかった、ただ電気の需要があることは確かでも別に他のもので石炭でも石油でもガスでも賄えることがあった
そもそもそんな危険なものを作ることを国民が本当に望んだかどうかはわからないのである

この辺の除染にしてもこれは誰のためなのか?6兆円とかがつぎこまれたがその効果があったのかとなるとわからない、その金は地元に回らずゼネコンに回った
地元でも暴利をむさぼった土建会社が逮捕されたりした
利権になる金になるというときそこに人がむらがりその利権を得るためだけに行動する
それが現代の利権団体民主主義である、それが本当に必要なものかどうかは深く検討されなけいのである
高度成長時代は道でも建物でもなんでもインフラが整備されていないから需要があり国民が望んだことだからそれは無駄なものではなかった

でも今は何か需要がないのに需要があると作り出してそこに莫大な金がつぎこまれる
ソーラーパネルにしてもそうである、一か月千円も電気料が上がるのはソーラーパネルは別に市場の原理で作られていない、税金がうわのせされて作られている
だからかえってそれは高くつくし景観も破壊されている
これも国民が本当に望むもなのかどうかわからない、ただそこで仕事をもたらすから地元ではいいとなったりまた空いた土地が耕作放棄地が増えたからそこで土地を活かすということでしているともなる
その需要はそうした利権に金になるものが必要だともなる

何か現代社会は文明は無駄なものを作りだすのである、そのエネルギーが膨大なものになる、過剰化社会になる、情報でもそうである、もう日々負いきれない天文学的な情報がインタ−ネットでもありそれに追われる
でも人間はそんな莫大な情報を消化できないのである
ただ問題は需要があり供給がある、経済はそれで回っている
コロナウィルスでテレワークとなれば家に籠るとなればそれに対しての需要が増えたから売れるものがある
需要というのは時代の変化によって変わってゆく、何か異変があっても変わってゆく
高度成長時代はみんな貧しいしモノもないから膨大な重要が生まれ校と成長したのであるその時はみんな必要だから需要があり供給もあって高度成長時代を築いたのである

でも何かバブルから30年とか失われ時代があり需要と供給が変化した
必要ないもののために需要もないのに作り出して湯水のように金を使う
それは確かにケインズ理論があるからそれが必要なこともある
でも本当に必要なものがあり需要があるところに金が回らないということもある
アンダークラスが一千万人とかいる時代にはそういう人達は食べることにも事欠いているそして通信費は連絡のために必需品となりそこに金がかかるから食費を節約しているという、それから月末になると必ず電気、水道,ガスが止められる人が多いのである
一方で莫大な金が無駄なことに費やされていることがある
この辺で原発事故の補償金でももめたが30キロからはずれても同じ市内なら簡単にそうして金はまわせて争うこともなかったのである
そういうことが怨恨となって絆とかも内部ではなくなった
それは南相馬市だけではない、放射線量で区切って補償金を払ったから他でも骨肉の遺産争いのようになった

つまり今の世の中は肝心なことに金を使われない、モノ余りでも金余りでもそれがもうアンダークラスに回らない、その格差もさらに大きくなる
そうして国としての一体感もなくなってきている
それで犯罪も増えてきて治安も悪くなる、北朝鮮では貧困化して・・でも残酷な犯罪が頻発しているということもそうである
つまり今の需要はオリンピックとかリニアとかではない、原発でもなかった
なんらか最低辺層を押し上げる経済政策が必要だとなる、そこに一番需要かあるからだ

まずすべての技術開発も必要はない、空飛ぶ車なども必要ない、なぜなら空すら今のように車でも飛んで騒音となったり第一空を車が飛んでいたら落ち着かないだろう
それは明らかにまた公害にもなる、静かな環境を破壊するものとなる
つまりすべての技術開発は必要がない、何かすべて技術開発はバラ色の世界を作るとイメージさせる、それは実際は実現しないとしても実現するように妄想させるのが科学技術社会なのである
それで老子の思想に共鳴する、必要でないものを作りすぎることを2000年前に言っていたからである、鍬さえいらないともてたからである
その道具によって損なわれるものがあったからである、それはすでに2000年前に指摘されたことだったのである
そして無用の用を説いたこともそうである、無用の木の例えでもそうである
何か本当にただ無駄なことに莫大なエネルギー費やすだけならいい、それが公害となり人間を苦しめるものとなるから問題なのである


posted by 老鶯 at 14:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層
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