2021年03月29日

飯館村の国の詩 (飯館村の復興)


飯館村の国の詩 (飯館村の復興)

fukinotoustone1.jpg

高原のさわやかな大気
生業にいそしむ者よ
拓かれし田畑の実り
里の味、凍み大根

厳かに樹々の列
樅の樹は直ぐに立つ
荘重なる森の深しも
神殿のごとし

塩の道松川浦より
山中に入り運ばれぬ
その道のり遠しも
馬とともに働く昔

助の観音に我は休みぬ
椿の咲きて一時安らぐ
ここに助けと泊まるや
故にその名のあり

塩の道去年(こぞ)の落葉にうもれ
山中に一すじ通じぬ
沢沿いの道馬と来て危し
その細道伝い来ぬ

新たに樅の木の若木の育つ
ここに直ぐにして育つべし
蝶々の喜びに乱れ舞い
寒き山中に春は来ぬ

耐えてこそ喜びの日は来る
林に石は寄り添い春の日さしぬ
今ここに共にありしを喜ぶ
ここは我らの国なり

我らは貧しくともここに生き
ここに死して安らぐ
我らのかけがのない地なり
まことの国のここにあり

大石は牛のごとく動かず
ここに住みつき蕗の薹
樹々は芽吹き風にゆれる
この地に我らの国なり

我らはここに生き死ぬ
ここに生きて生は全うされる
他の地にあらざるべし
こここそ我らの命なり

外に出て国を失う者よ
そは心充たされじも
金のみにて人は充たされじも
心はここにありここにとどまる

栄華はなく貧しくも
神は美しく装いたもう
真の日と美のここにあれ
この国に生きてこの国に死す

草に埋もれてうなだれ咲く野の花
神はその村をかくしたまいぬ
その時ここに平和のありしも
森につつまれ村は隠されぬ

しかし今残れる空家を見れば悲しも
ここにかつての暮らし生業はあり
なほ枯芒に埋もれて人は住まず
春はここには来たらじ人は国を去る

kabutoiidate33.jpg


飯館村が浜通りとかの市や町とも違っている、そこが森に囲まれて広いということもあるただ日本では国(くに)というとき山に囲まれた地域だった、そこ国のまほろばになる
海に面しているのとは違う、だから奈良が一つの国となり大和の起源になった

ヤマトタケルの望郷の歌

倭(やまと)は 国のまほろば たたなづく 青垣 山隠(やまこも)れる 倭しうるはし

命の またけむ人は たたみこも 平群(へぐり)の山の 熊白檮(くまかし)が葉を 髻華(うず)に挿せ その子

会津嶺の国をさ遠み逢はなはば偲ひにせもと紐結ばさね

国(くに)というとき今の国家とは違う、自然と一体化したアイディンティティ化したのが国であり行政的な今の感覚の国とは違うのである
お国言葉の訛りとかがありまたその国は自然がありそこに帰りたいとなる

久慈川は幸くあり待て潮船にま楫しじ貫き我は帰り来む

久慈川がありそこが我が故郷であり帰りたいとなる
だから東京とか大都会になるとそこが故郷として国として意識できない
ただ何か国というときこうして日本では山に囲まれた場所が国として意識されたのであるそれで飯館村が山に囲まれていて森に囲まれていてそこが国にふさわしいとなる
とにかく飯館村の特徴は広いことなのである、だから6000人が住んでいたとしてもそこに街というものが草野にあってもそれも街とも言えない、広い地域に人家が分散して森につつまれて生活していた、だから貧しくても住いをみれば贅沢だと見ていたのである

命の またけむ人は たたみこも 平群(へぐり)の山の 熊白檮(くまかし)が葉を 髻華(うず)に挿せ その子

命のまたけむ人は・・・・またけむとは全うするとなる、国という全体の中に生きることに人間の価値があるともなる、人間は部分として職業でも生きても命を全うできないということなのだ、国があって命が全うできるとなる

熊白檮(くまかし)が葉を 髻華(うず)に挿せ その子

未来はその国の力は熊白檮(くまかし)が葉にあり森に囲まれた自然の中にあるとなる
それは原始的心性だったとなる
現代だと全くそういうことはない、その子は子供たちはたいがい都会に育ち自然と分離した中で生きているからだ、また田舎でも現実は自然を肌で知るより様々な都会的なものの中で生きているからだ、工業社会になると当然全体がそうなってゆく
だからこそ今は科学技術社会であり原発が未来だったのである

その飯館村でも戦後まもなく戦争の引揚者が開墾に入り住んだ、それで一万人以上も住んでいた時があったのだ、なぜそんなに人が住めたのか不思議だとなる
戦後引揚者は職がなくそういう場所でも住まざるをえなかったのである
まず木戸木などは飯館村でも辺鄙な場所でありあんな場所に良く住んだなと思う
田畑にする平の場所はわずかであり何で暮らしたのかとなる
おそらく林業とかあり炭焼きとかあり暮らしたともなる
炭焼きは木材が豊富だから山で暮らすことができたのである
だから山村が豊かではないにしろそこで生活する術がありえた
かえって平地より山の幸がありえてそれだけの人口を養っていたしそれは江戸時代でもそうなのである、飢饉の時山に逃れろというのも山には何かしら食料となるものがあったからそう言われていたのである

そして原発事故で人は住まなくなった、新しい家があっても人は住んでいないのである
その新しい家の前にばあちゃんがいた、春の日がさしていた、その人も福島市の方に住んでいて我が家に来てなつかしんでいる
でも実際は住んでいないのである
だから飯館村に原発事故以後何が起きているのか?それが良くわからないし不思議だとなる
要するにもともと住んでいた人は住んでいないのである、第一村長自体が住んでいない
わずかの生徒は村外から通っていて飯館村には住んでいないのである
そうなると飯館村の住人といえるのかともなる
村が空洞化したのである、でも建物だけは立派なのである、ただそれを活かす人間が住んでいないとなる、果たして別荘のようにして新しい家があるけどそこは人は住んでいないのである、するとそこは何になるのだろうとなる

軽井沢のような別荘なら金持ちが住む場所であり理解できる、でも飯館村がそんな金持ちとなりただ別荘として利用する、そんな村でありえるのかという疑問である
現実に飯館村では住民がいなくなったから外から人を移住させようとしている
それで今度の村長自体はここて育ったとしても離れて暮らしてきた人である
そのことが飯館村を象徴している、郵便配達していた年配の人も外から来た人だった
外部から入ってきた人が多い、百人くらい入ってきているという
ただその人たちも年配の人が多いからそういう人が村を維持させることができるのかともなる

ただ不思議なのはこうなると外部から入りやすい、もともとの人のしがらみもなく、その広い土地を自由に活かしてくださいとなるからだ
北海道のような開拓地のようにもなる、もともと住んでいた人たちはいなくなったのである
すると外部から入ってきた人たちが自由な発想新たな村作りをするともなる
村を担うものが外部の人達だともなってしまう
それは原発の避難区域になったところではそういうことが起きている
外部の力を頼むとなる、でも小高辺りではなじめなく若い人も去ったという
そこに取り残されたのは老人だけだともなる


ともかくあれだけ広い土地をどう活かすのかとなる、するとソーラーパネルとか今度は風力発電とかに空き地を利用するようになる、一部はなっている
すると昔の山村という感じでもなくなる、そこに生業はなくなっているからだ
見直されたことは人はその土地に住んでこそ生きる意義が見出される
住んでこそその土地の国の住人になる、住まなければよそ者のままである
だから飯館村のような場所だと住むことが前より価値があることになる
普通はこんなこと考えない、住むなど当たり前だとなりそこに特別の価値は生まれない
でも今の状態だと住むことが価値あることになる
もともとの住民がいなくなりそこに外部からの人たちが入り一から新しい村作りをするとなる、北海道の開拓者のようにもなる
だから外部の人たちの希望の地ともなる、それが北海道だったからである
新しい国作りが行われその創始者ともなる、そもそも国とかあってもそれは誰のものなのだろうとなる
その国に確かに死者も関係している、先祖も関係している、先祖の努力が苦労あって作られものだからである
だから何かこうして人間存在の根源的なものとして問われるようになったの不思議なである
ただ正直飯館村がどうなるのかとをなっているのか理解しにくいのである

震災後、村職員は村外出身者の採用が増え、その数は半数近くに上る。住民も「もう半分くらい知らな
い人だ」という。震災前、役場に行けば皆顔見知りで、何か行政区の困りごとを相談すると、各課の職員がわらわらと集まって話を聞いてくれていたという

「地域があるから人があるの?」「県があるから地域があるの?」「国があるから県があるの?」違う。逆でしょうって。人がいるから地域が生まれ、地域の仕事がたくさんあるから村になり町になり、そして県や国が成り立っているということなんじゃないの。過疎地だって、結局潰れないのは人がいてふるさとを支えているからでしょう?」

危機に立つ住民主体の村づくり
飯舘村における「復興」計画と「村民の復興」の乖離

こういう状況であり本当に人があって地域があり国があるともなる
人が住まなければ地域も国もないのである、だから住むことが第一になる
住まなければその土地が放射性物質の廃棄場になってもソーラーパネル工場のようになっても関心がくなる、人が住んでいれば嫌だとして反対する人がでてくる
例えば占有権というのがある、誰も住んでいない土地に住んだ人がその土地の所有者ともなる、つまりその土地に住んでいなければ権利を失うということである
だからもう外部の人がその土地の所有者になる、別荘として家もっていても権利がなくなるともなる、土地と家を持っていても住んでないなことが致命的になるからだ

だからこの指摘は鋭い、いくら立派な建物を作っても肝心のそれを利用する人が住んでいないからだ
そんな立派な建物がなくても人が集まる場所はありえる
だから住む人がいて村も成り立つけど住まないとしたらその人は村の住民にもならない
でも飯館村は放射線量が未だに高いのだから住めないとなる
だから農業とか林業ですら放射性物質に汚染されてむずかしいとなる
ただ確かなことは人が住まなければ復興はない、そしたら肝心の人が流出したのだから
復興はできないとなる、そうした矛盾と困難があり外部頼みとなったともなる
外から来る人にとってはかえって自分たち村作りの構想を作り自分たちの村を作るということでいいとなる、ただそれでも外部から来る人も年配の人が多いから村を継続できるのかという問題もある
とにかくあの広大な地域をどう活用するのかがその先が見えないのである

posted by 老鶯 at 12:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 飯館村
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/188531921
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。

この記事へのトラックバック