2021年04月13日

桜の短歌連作(思い出す旅の短歌)


桜の短歌連作(思い出す旅の短歌)



今朝見れば風の荒しも花は散り残れる花をなおゆすりけり

桜花一時映えて散り惜しきうなれる風や無常なるかな

星いくつ夜の桜にきらめきて清しも一時散りにけらしも

美しくきらめき星のいつくかな花のにおうや若き日にあれ

世の中のうつろい早し風あらく散りにし花や命かえらじ  

朝明けて沖に船見ゆ桜花新地の山に映えて美し


散る花のなおも尽きじも大阪城夕陽の赤く栄短し

霊山城一時夢や落ち延びし武者や夕べに花の吹き散る

丸森の桜やあわれ夕暮れて峠を越えむ相馬に去りぬ

阿武隈川流れ渦巻きそのたもと満開の桜吾妻峰も見ゆ

青葉城石垣反りて燕飛び川のひびきて桜咲くかな

筆甫なる奥深きかな謂れある桜の古りてたずぬ人かな


(千本桜)

千本の桜の散りぬそのあとに訪ねてあわれ虚しく帰りぬ

この世とは夢にしあれや千本の桜も散りぬ何を残さむ

優艶に枝垂れ桜や池映し御所も近きに今日の日暮れぬ

瀬戸内や桜の中を電車行き海そ映えにき船も行くかな

海に向き椿の赤し瀬戸内の島々めぐり沖に船行く

春の日や海峡狭く大船の汽笛を鳴らし迫りて去りぬ

韓国へ渡りてなおも慶州に桜咲くかなともに栄えむ


瀬戸内や常夜灯に落椿

瀬戸内に海田とあれや桜咲く 



桜前線の短歌(北から南へ)

桜前線の短歌―鑑賞



今日桜を見たら散っていた、風が荒く吹き付け散っていた、残れる花があり風がしきりにゆすっていた、桜もこの辺では終わりとなるのがまだまだ北の方では桜が咲いている
稚内では6月でも咲いていたからだ
ただ桜という時、やはりこれは山桜だと自然の桜であり万葉集で歌われたのは山桜である桜が本当に愛でられたのは江戸時代からでありそれはソメイヨシノとかであり山桜とは違っていた、山桜とソメイヨシノとかではかなり違ったものになる
ただ色合い的にはソメイヨシノとかが色が濃くきれいである
山桜は白いので色は単純だからである

大阪城の桜が一番印象に残ったが次に京都の桜も印象に残った
枝垂れ桜が優艶に池に映していた、そこが御所の近くだったのである
まさに京都らしいとなる
次に青春18切符で瀬戸内海を行き韓国まで行った、そのとき延々と桜が咲いていた
それは韓国までつづいていたのである
古都の慶州にも桜が咲いていたからである

東北の桜というとき霊山から相馬市の方へ下る、その桜が印象的だった
霊山が炎上して南朝の落武者が逃れた道である、だからこれも何か桜という時歴史と関係している、その時逃れた落武者がこの辺の先祖となっている


ここで桜前線の短歌を出していた、桜の短歌は相当に作ってきた、それらをまとめれば一つの歌集になる、でもそれをまとめること整理することが大変な作業になっている
そういうことで整理することが今は仕事になっている

桜という時、旅して思い出すのである、一番印象に残ったのは大阪城跡の桜である
あれだけは忘れることができない、あの大きな大阪城跡に桜が尽きず散っていた
その時夕陽が赤々とかがやき沈もうとしていた、それが何とも言えぬものだった
それは単に自然の中で見た夕陽とも桜とも違っている
大阪城に西の栄が集中していて歴史がありそれで自然の中の夕陽とは違っていたのであるそこには秀吉の栄華があり人間的なものが反映しているから違って見えたのである
あのように見えることは他ではない、東北とかなるとそれだけ栄えたということがないからである、そういう歴史が東北にはないからである
城にしても小規模でありあれだけの大規模な城はないからである

それから桜で見ごたえのあるのは白石の千本桜である、ここの桜は見ごたえがある
桜の木も相当に古いものだからである、東北と言えばここの桜である
それでそこまで自転車で行ったことがある
ところがその時千本桜にたどりついたときみんな散っていたのである
せっかく遠くに来たのに散ってしまったことが残念だった
でも何かそのことがかえって印象に残っていたのである
あれだけの桜を見にはるばる来たが散ってしまったなとなり印象に残ったのである

今回は丸森の筆甫の桜が印象に残った、奥深い所に南朝ゆかりのウバヒガン桜が咲いていたからだ、それは南朝ゆかりのもので親王桜という名がつけられていたからだ
それから金山城の桜を見て帰ったのである

もう一つ絶景ポイントとして阿武隈川をさかのぼり梁川の方面に行く所に満開の桜が咲いていた、そこで川が曲がり流れがたぎる場所である、そしてそこから残雪の吾妻峰が見える、そういう絶景ポイントがある
そこは桃の花も咲くからいい場所なのである
この絶景ポイントを知っておくべきである
車をもっていたらそこに楽に行けるからである、自転車だとなかなかむずかしい
今回は何か体力が衰えて体中が痛くなったからである

桜という時どうしても散り安いから特攻隊のようにいさぎよく散る象徴になったのであるそれは戦争のためにそうなった、それを批判する人がいる、桜が戦争のために利用されたとなるからである、そんなふうにして桜のようにいさぎよく若くして散るのが美しいと死が奨励されたからである
でも若いならそういうことはない、生きたいと思うのが普通である
ただ桜はそういうふうになりやすいのである、咲いた時からもう散ることを予感する
だから静心なしというのが桜なのである

とにかく日本は桜の国である、桜はどこでも咲き日本の美となる
それでもこれだけ旅しても桜が見れないのは見る時期が限られているからだ
二週間くらいで散ってしまうとなると全国に咲いても桜は見れないからだ
私はいくら旅したとしても桜を見るのは限られている
でも西の桜を見て西の桜が散ったら東北に帰って咲く桜を見たのである
桜前線をたどれば一か月くらい桜は咲いているのである
桜はやはり車があると全国の桜を見やすい、そういう人にあったからである
退職して夫婦で桜を見て回る人が井田からである








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