原発反対が被害があった地元の人が先頭に立てない矛盾
(補償金増額交渉になり外部と協力できないーはだかの福島ータクキヨシミツを読む)
不思議なのは肝心の原発事故で一番被害にあったその場所で原発反対運動ができない
別にしているのではないかともみる
でも具体的に原発反対運動でも地元では必ず補償金をもらうための反対運動であり具体的に金を東電であれ政府に要求しているのである
それで南相馬市の鹿島地区で原町区と合同で原発反対の集会があった
それが協同できなかったのは原町区は鹿島区の三倍の補償金をもらっている
それで協同するにもできない、30キロ圏内補償金の差が大きかったからである
もし同じ補償金を求めて増額を求めてならできるがそもそもこの金の問題で協同できないつまり肝心の原発事故の一番の被害者が証人が原発反対ができないのである
それは再三言っている漁業組合でもそうである
事故前も多額の補償金をもらっていて事故後もさらに相当な増額されて浪江の請戸では
10億円もらった人がいるというときそれが嘘でも浪江の人たちでも補償金の差が大きいからそういう噂がでてくる、それだけ金が飛びかうのがこの辺だったのである
大熊町長の金庫が津波で流されて探してくれとか噂になった
そこには5億円が入っていたという、それもまんざら噂ではない
それだけの金が事故前でも事故後でもさらに金がとびかう場所だったからである
その後除染で地元の業者の幹部に何億円の報酬があったとかなる
それが不正で警察に逮捕までされた
このようにこの辺は常にそうした金の話題になった場所なのである
原発というのはそれだけ金のなる木だったのだである
まるで金にむらがる巣窟ともなった
第一天下りというのも官僚も多い、検察から警察から海上保安庁とか自衛隊でもそうである、原発はこうして金をうみだすものでありそこにあらゆる人が群がったのだ
だからいくら原発反対とか言っても肝心の被害者は先頭に立てない
あいつらは金が欲しくて運動している、俺たちは金と関係なく原発に反対している
だから金が欲しい被害者と一緒には運動できない
こうなってしまう、だからこの本を書いた本人は一緒に原発反対運動をしない
大内村に住んでいたのだから補償金をもらえたのにもらわなかった
つまり補償金を欲しいというだけの人とは一緒に行動できないとなった
「獏原人」というヒッピー集団はそもそも山尾三省とかの思想に共鳴する人たちだったろう、ただ山尾三省のように明確に原発に反対して自ら行動として農業をしていたのとは違うみたいだ
原発事故以後山尾三省が見直された、なぜなら明確に原発に反対するものとして農業を屋久島ではじめたからである
だから説得力がある、それは飯館村ではじめた「までいな村」のさらに極端化したものだろう、だから半裸で生活していたというからだ
ただそれは変人集団であり周りでは必ずしも歓迎されないしそれに共鳴ひる人たちは村でもいなかったろう
むしろ山尾三省のようにもっといい暮らしをうまいパンをいい車をいい家がほしい・・・その欲望がかえってこの辺では強かったのである
パンが贅沢だとなんたら誰もそんな生活についていかない、でもその極端化したことが
地元の人でも故郷に住めなくなってロウソクでもいいから家族一緒に住みたいとなったのである
それは原発事故の結果住めなくなったからそこまで言うようになったのである
ただここでも農業や漁業も林業でも衰退して跡を継ぐ人がいず困っていた
むしろそういう一次産業では豊かになれないとして原発を積極的に誘致したのである
それは地元の要請でありまたそれに応じた県の政策にもなっていたのである
それで「「原子力明るい未来のエネルギー」がスローガンになっていた
しかし原発は致命的な結果をもたらした、空気と水と土と森の木材まで汚染したから住めなくなったからである
だからこそこういう極端な状態になるとなんとか住めればいいとなる
住めることが幸せだとなってしまう、そういう極端なものにもなったのである
ただ事故後もここに住む人たちの意識は生活態度は変わらなかった
今度は補償金闘争となりどれだけ補償金をもらうかで協同することになった
その額がまた大きいのである、ある人は大熊の牧場主は5億円もらったとか飯館村でも一億円は軽くもらったとかその噂が絶えないのである
請戸の船主が十億円もらったというのもそうである、漁業組合とか特に船主は手厚かったからである
それがまるっきり嘘とはならない、現実にもらった人はいるのである
それだけ手厚い補償金だったのである
だから矛盾しているのは海にトリチウムを流すなというとき必ずそこに金が関係してくるしないとしてもこれまで金をもらっていたのだからまた金が欲しくて海を汚すなと言っているのかとなる
だから韓国とか中国でトリチウムを海に流すなというときそれが嫌がらせともなるが
海はみんなものだからそう言っているのである
だからいちがいに否定はできない、ここで矛盾しているのは中国でも韓国でも原発をもっていて韓国ではトリチウムをすでに海に流している
その量も多いとしている、これも矛盾なのである
そもそも原発自体を廃止する作らないことこそが世界でも協同すべきことなのである
それが肝心の原発事故の地元で先頭に立てないのである
地元では金のための運動となり外部では金は関係ない、むしろ自腹を切っての運動ともなるからである
その差が大きいために協同できないのである
そして事故後も依然として事故前とこの辺では変わっていない、事故前は豊かな暮らしをしたいとして原発を積極的に誘致した、事故後は今度はより多くの補償金をもらう運動に変化しただけである
そこに共通しているのは金がもっともらいうまいパンをいい車をいい家が欲しい・・・・限りない欲望の拡充なのである
だから何かその補償金は別に復興のために使われていない、かえって豊かな暮らしができない、放射性物質で汚染されたからもう住めないと若い人たちは補償金をもらい外に出て行き新しい家を建てて帰ってこないのである
要するにもともと郷土愛とか何か地元に執着するものがなかった
ただ老人は思い出に生きるから故郷に執着して帰りたい住みたいとなったのである
それは現代ではここだけではない、金があればどこに住んでもいいし移住でもできるからである
そして地元の人でも放射性物質に汚染された場所に住めないとなればそれまでだからである、子供たちに悪いとなれば何も言えないからである
とにかく原発というのは最初の段階でその是非をよくよく議論して決めるべきものだったのだろう、ただ金になるからと安易に決めたことが問題だった
第一賛否両論などない圧倒的に地元の人たちも賛成してはじめられたのが原発だったのである、それだけ農業や漁業や林業だけではもう成り立たない社会になっていたこともあるでも逆に何かその農業や漁業や林業が一番被害が放射性物質に汚染されたのである
土や水や森林でも人間のベースとして必要なものが生態系が汚染されて住めなくなったのである
でもそれはもともと衰退産業でありそれより金になる原発だとなり景気良くなると歓迎されていたのである
それで小高ではすでに東北電力の原発が開始されるところだったが事故で停止されていたのである、そこでも小高の人が景気良くなると言っていた
それも今考えると事故になったら今度は南相馬市全体がまた相馬市まで影響して住めなくなったということがあったから恐怖だった
それもまた知らないともなっていた、地元の新聞でもテレビでも雑誌でも取り上げなかったのか、一応報道するにしてもその危険性を警告はしていなかったろう
だから知らないうちに重大なことが決められていてそれが気づいたら大災害になったともなる、だから無知は恐ろしいとなる
自分自身はとうかというと30キロぎりぎりだから何か他人事にもなっていた
遠いから関係ないと見ていた、でも小高に東北電力の原発ができたらそうはならない
もうすぐ近くという感覚になるからだ、それすら知らなかったのだ
まず直感的にそれだけ近いと何か不安になる、それは理屈ではない、直感的にそうみる
「現地調査を行った東電社員に大熊町長が宿舎に突然四斗樽をもって現れ「陣中見舞いに酒をもってきました、私は東電原子力発電所に街の発展を祈念して生命がけ誘致している本当に発電所を東電は作ってくれるのですか
私の車を使ってください、新車のデポネア、(三菱の最上級車)翌日回してきたという話も紹介されている」
大熊町長という5億円金庫が流されて話題になった、その町長とは違っていても何かこうして実際は双葉町でもそうだが積極的に誘致されたものだったのである
町民全体でその良し悪しを議論すらしていないのである
原発ありきではじまっていたのである、確かに立地場所で反対があったが金をやったら簡単に許可したということもそうである
一億円もらったとかなれば誰でも売りたいとなるからだ
ただこの問題はそうしたわずかの土地所有者とかの問題ではない、福島県全体にそれより日本全体にも世界にも影響するものとして見なかったのである
だから今になって中国とか韓国からトリチウムのことで批判されるのである
それはここだけではない、日本政府の指導のもとで原発のプロパガンダが行われてマスコミにも莫大な金が流れて洗脳されていたから何か探ることもできないものになっていた
それはアメリカの後押しがありアメリカで古い型の原子炉のマーク1を売りつけたのである、それは後進国にはお古が武器でも売りつけられるのと似ていた
でもこの原発は危険なものだから日本政府もずさんであり責任があった
東電だけの責任ではなかった、政府指導で行われたものだからである
政府に責任があるというとき政府は議員が国民が選ぶのだから国民にも責任があったとなる、それは戦争とも同じだったのである、軍部に責任があったことは確かでも国民も熱狂していたというからである
ともかく原発に関しては本当は国論を二分するようにな論争が必要だったともなる
そういうこともなく一方的に決められあとは「安全神話」が強力な権力で作られて終わったのである、その安全神話には明確な根拠などなかったのである
ただ反対されるのが嫌だから権力でおしつけただけだったのである
このことをふりかえると金でふりまわされていた、その金が実は具体的なカルマとなっていた、東電であれ政府であれ金をもらった時点で具体的に了解したとなる
だからお前たちは事故にあっても何も言えない、金をもらったからだとなる
それでヤクザの仁義でも金をもらったからヤクザの闘争に参加して人を殺したともなる
それはドラマでも金をもらったらそうまでなる、地元の人たちは金をもらった、受け取った、その時点で例え今回の様な大事故になっても何も言えないとまでなる
お前らは共犯者だともなる、確かにそうだともなる
なぜなら自治体の一員というよりは東電の社員と同じになっていたからである
東電がヤクザではないにしろそういう立場になっていたということである
あとがき
原発事故津波関連の本はもう百冊くらいででいるかもしれない、だから読み切れない
でも今回の本はやはり事故前から大内村に住んでいたことで説得力があった
それが他と違っていたのだ、やはりそこに住んでいる人が命にかかわるのだから切迫した状況を伝えられるのである
内部の人が批判するのはむずかしい、実際に補償金をもらっている
でも今回の本はやはり事故前から大内村に住んでいたことで説得力があった
それが他と違っていたのだ、やはりそこに住んでいる人が命にかかわるのだから切迫した状況を伝えられるのである
内部の人が批判するのはむずかしい、実際に補償金をもらっている
ただ自分が批判できたのは30キロ圏外であったからだ、それもぎりぎりだった
補償金でも一人70万はもらったのである、でも30キロ内だと3倍もらったから違っていた
そうなればお前も補償金もらったとか欲しいとかなり外部の人と一緒に批判できない、協同して反対できない
この著者は大内村に住んでていも補償金を拒否したのである
だから筋が通っているとなり説得力があったとなる
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