2021年05月17日

日本への警告(無国籍人間ージムロジャースの批判)


日本への警告(無国籍人間ージムロジャースの批判)

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投資でもうけた人に人は興味がある、その理由は自分も投資でもうけて大金持ちになりたいからである
だからこうして投資でももうけた人が話題になる
この人はまさにグロ−バル経済の申し子のような人なのである
世界を渡り歩き金儲けのために投資する

この人には国はない!

国ってなんですか?、国と彼にとって金儲けの場所という感覚しかないのである
アメリカはだめだ、日本駄目だ、では次はどこに行く、金に成る場所は国はどこだとなるこの人にはそもそも国はない、国はなく金儲けできる場所が国なのである
だからシンガポールとか香港とかが金融センターと最適だとなる
今住んでいるのはシンガポールである

でも香港とかシンガポールとかは国ではない、金融センターに特化したものであり国ではない、この人は故国とか故郷とか国という感覚はない、ただ世界を渡り歩く人であり
投資先を求めて国を転々ともする、投資先として有望となればすぐに国を移る
有望でないとすればその国を捨てる、それはもしかしたら国土を失ったユダヤ人ともにているのかもしれない、まず国土とか故郷とかがないからである

ただ国とは何かとなるとやはり国土を持つということである
土がある場所だともなる、または日本だったら山があり森がありとかなる
国と意識されるのは国土があるからでありもし国土がなかったら国はない
そしてこの人に欠けているのは国がないのである
もちろん国がなければ故郷もない、あるのは投資先としての国なのである
この人こそグロ−バル経済の申し子ともなる
そうして巨額の金を投資でもうけているからである

こういう人には文化人ではない、この人には文化はない、生粋の経済人である
だから何かこの人には国も故郷もないのだから肝心の国を語ることもできない
アメリカ人でもない、それで安易に中国が経済的に伸びるから投資先となり
中国語を習へとか英語ができないようではもう世界で通用しないとか国々の文化を否定するのである
それは何かアメリカらしいとはなる、アメリカはそうして国々の歴史とか伝統とかを否定して金だけを価値の基準としてたからである
そしてグロ−バル経済とは多国籍企業が支配するシステムなのである

人間が生きるとはこうして国々を投資先を求めて国ももたず金だけを目的にして生きる
そんな人か人間として評価できるのだろうか?
だからこの人は成金であり成金趣味しかない、無国籍人であり国をもたないから要するにその人間としての中味もない、空っぽなのである
文化は長い時間をかけてその風土に国土の中でつちかわれてきたものである
そういうものがそもそもアメリカにはない、アメリカとかにあるのは広大な空間を移動することである、それを拡大するとグロ−バルに国境はなく投資先を求めて移動することになる
それで次は中国だとなりアメリカを捨てる、そして中国語を覚えるのは投資して金をもうけるためだとなる
日本語などはもうなくなるというのもそもそも国の文化など関係ないからである

つまりグロ−バル化とは空間の拡大であり空間人間になる、文化とは長い間にその国土風土のなかに培われたものである、言葉でもそうである
言葉と風土は一体化していることがあるからだ、それが英語に全部しろというとき文化そのものが失われるのである、その時人間は無国籍人間のようになる
その時宗教すらなくなる、なぜなら仏教でもキリスト教でもその国の独特の歴史風土から長い時間をかけて土着したものだからである
それで内村鑑三のキリスト教が武士道を基にしたというとき日本的キリスト教として受け入れたとなるからだ、そうしてその国の歴史と風土に一致して文化となるのである

いづれにしろこの人が崇められるはただ金をもうける投資してもうけるからだけである
それはアメリカ的だとなる、アメリカでもビルゲイツとかジョブスとかコンピュターを発明した人は違っている、それは本当に価値をあるものを産みだして人類に貢献したからである
巨万の金を得てもそれで人類に貢献するものを産みださなければ人類的には評価できないのである
でももしその巨万をの金を使って人類に貢献するものを産みだしたら評価できるとなる

ただ投資的にこの人の言っていることは正しい、ただそれは投資という経済に特化したものであり人類に世界に貢献するとかなると全く評価できないのである
そのことを自分自身でもわかっている、だから金融でもうけることはできなくなるとか農業が次の有望な産業だとしている
それは何か銀行員が農業して投資先にしたというのもわかる
投資的に見れば先見の明があるとなる、ただこの人は無国籍人間でありただ金だけを求めて世界を渡り歩く、だから文化をもたないし文化的には価値がゼロだとなる
日本人でも他の国でも文化がある、歴史がある、アメリカは若い国だからそうした長い歴史がないから文化でも底が浅いのである

ただアメリカが経済的に衰退して中国が覇権国になることは間違えない、だから投資の面からすると何かアメリカ一辺倒になっていることはおかしい見るのである
ただ人間をすべて金で価値を計ることはできない、でも資本主義だとそれが極端になる
てもそういう資本主義も終わりつつある
だからこの人自身が金融でももうけることは終わりだとか言っている、金融で巨万の富を築いても評価はされない、何かギャンブルで大勝ちしたとかなりそのために負けた人たちから命をねらわれるとまでなる
強欲金融資本主義はもう終わりつつある、とにかく無国籍人間とかはそもそも骨なし人間になる、バックボーンがボーン(骨)がないからである
そういう人間は国がないのだから文化を語ることもなにもできないのである

ただ人間の評価となるとむずかしい、この人の本をみんな読んでいるわけでもない
だから必ず人間を評価するとき偏った見方となる、でも基本的にこの人がグロ−バリストであり典型的な経済人としてあることは間違いないだろう
posted by 老鶯 at 15:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題
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