2021年05月18日

民主主義、共産主義、全体主義の相違 (民主主義の弱点がコロナウィルスで現れる―民主主義は崩壊の危機)


民主主義、共産主義、全体主義の相違

(民主主義の弱点がコロナウィルスで現れる―民主主義は崩壊の危機)


何か最近コロナウィルスでもそうだが民主主義より中国とかの共産主義一党独裁とかの方が指導力を発揮して自由主義の民主主義が指導力が発揮できないとして中国のような共産主義が一党独裁の方が優れているとも言う人がいる

それはなぜなのか?  

民主主義というのは一番いい政治体制だということを世界でのスタンダードとしてあったでももともと民主主義の欠点は言われてきた

君主制 ⇒ 一人の王様が国を支配⇒独裁制
貴族制 ⇒ 少数の特権階級の人が国を支配⇒寡頭性
民主制 ⇒ みんなで国を運営⇒衆愚性

この三つがありそれぞれぞれにいい面と悪い面がある、今民主制が悪く感じる機能していない、それは衆愚性になっいているからだ、ポピュリズムになっている
田中首相が政治は金と数だと言ったのもそうである
人間はもう数であり統計的数字として扱われるだけである
すべては数によって決まる、それが極端化するとファシズムになる
その最悪の例がナチスだったのである、民主制は大衆ファシズムになりやすいのである

民主制とかいうとき何かギリシャの民主制が基になったとしているが現実はそういう民主制とはもうまるで違ったものになっている
その理由は数が多いからである、ギリシャの民主制は一万くらいのポリスで行われたものである、そこでは一人一人の票の重みが違っていたし責任も違っていたのである
その一票は軽いものではない、一人一人が市民として責任を負っていた
ただここでも問題があり奴隷がかなりの数をしめていてその人たちに一票をもっていなかったのである

今は数だけが問題になるときもう一票など価値がないとみんな知っている
だから投票しても無駄だとなる、すでにその数を集める組織とか団体があって決まっていて一票など何の価値もないのである
だから投票率が50パーセントになっている、組織や団体に利権団体に属していない人は棄権する、でも組織団体に所属して利権化している人は投票するのである
それで創価などは必ず会員は投票する、組織の力で投票させる、会員が何百万人もいてもそれが票につながらないからである

だからすでに選挙の二年前から幹部は票にするために一軒一軒回っている
それが御利益宗教として利権と結びついてそうなっている
完全に政教一致なのである
その危険はナチスのような大衆ファシズムになることである、数が頭数が権力を得ることでそうなる
ヒットラーは選挙で選ばれたのであり暴力ではなかったからだ
創価も革命を目指していてそれも平和的手段で選挙で権力奪取を目指している
ただ一面これは暴力ではないから合法だともなる、でも政教分離に違反していることは確かなのである、自民党は創価の票を得たいからそうなる
とにかく選挙が迫って来た時、いち早くポスターを張ったり立てるのが公明党である
現実にすでに選挙活動のためにポスターを立てているいからである
すべて祈ることも選挙のためにあるのが創価だからである
座談会があったとしてもそれはキリスト教会のような祈りのためではないのである

ただこうした団体が生まれて許容されているのも信仰の自由があるからだとなる
この自由もまた民主主義を歪めているのだ、あらゆることが自由だとなる弊害がまた生まれているのである、人間にあらゆる自由はありえないのである
その自由がコロナウィルスで制限されたのももしかしたら神からの戒めなのかともみる

関所とか国境があるのは何かそれもコロナウィルスでは必要だったと気づいた
そういうふうに国境を作り関所で水際作戦をすれば防げるとなるからだ
それでも江戸時代のコレラ流行でも長崎からウィルスが入り全国に広まった
江戸時代でも防げなかったのだから現代ではもう不可能である
台湾では一時防いだがパイロットから感染してまた広まったということでもわかる
またビジネス関係でも入国を許しているからそこからも広まる
防ぎようがないのである

そしてもう一つこうしてヒト、モノが自由に移動するグロ−バル化社会の問題は国々の文化を破壊するのである、だからこそ世界的投資家がジムロジャースのような人が英語にしろとか日本語がなくなるとか言うのである
その国々の文化より世界言語として英語にしろとなる、言語でも紙幣でも本当はグロ−バル化で世界を支配する手段なのである
なぜならアメリカから中国に覇権が移ると中国語を覚えろと本人が言っている
基軸通貨が人民元になり共通の言語は中国語になる
でも日本の場合漢字を採用したのは日本が文明的に遅れていて漢字を必要としたからである、漢字でしか現せないものがありそうなった

ところが明治維新では日本人は西洋化するとき漢字で訳したのである、その概念でも漢字で現したのである、その漢字で現した西洋の文明を今度は中国が逆輸入したのである
つまり言語とは先進文明から学ぶものがあるときそれを受け入れるのである
アイヌとの言語が滅びたのは少数民族のものであり文明を受け入れる力がなかったからである

ヨ−ロッパの言語はギリシャ文明を基にしてラテン語とかフランス語とかドイツ語とかに共通したものがありその言語体系の中で一つの西洋文明を形成したことが明確なのである日本だと孤立語になっている、ただ漢字と日本語は一体化して文明化したのである
そしてなぜ日本だけが植民地にされなかったのか、アジアでなぜ対抗できたのか?
軍事力だってない、黒船が来てその技術力の差をみせつけられた
でも開国してアジアで唯一植民地化されなかった国でありアジアで西欧化した唯一の国だったのである
それは言語でも漢字を取り入れて自家(じか)薬籠中(やくろうちゅう)の物にしたように日本が何かそういう柔軟性がありヨ−ロッパとも伍するものがあったからだとなる

ともかくなぜ民主主義が危機にひんしているのか?
それはもともと民主制は衆愚政治になり現代なら大衆ファシズムになる要素があったからである、それは数の政治であり選挙でも優れた人を選ぶとかではない、ただ数を集めればいいとしかないのである
その典型的なものが創価なのである、そこで人は問わない、一票を集めろしかないのである、そこでまとまった数になると権力化する、誰も逆らえなくなりナチスのようになってゆく、それは現代大衆社会がかかえて弊害なのである

何かコロナウィルスでも上級国民のていたらくを知り指導できないことを知りエリートが堕落しているとか責める人がいる
でもそもそも現代の指導者はその愚民化した大衆が選んだものだから当然そうなる
学校教育でもいかにいい地位について得をして楽をするかを教えるだけである
それが学問の勉強の目的であり受験戦争となったのである
福沢諭吉の学問のすすめのように学問で立身出世することが目的化していた
江戸時代の侍はエリートでりエリート教育をしたというとき民衆を指導するものとして模範になるということがあったが現代はない、明治維新後はそういうエリートは消失したのである 

だから官僚でも政治家でも指導者となる上級国民が自分たちの得することはする
民衆のことなど考慮しないともなる、その原因は第一誰も官僚でも政治家でも尊敬していることなどない、あいつら利権を得て得する、それがうらやましいとなる
政治家になるのは大衆とは票を得て利用するだけのものだともなる
選挙の時は頭を下げてもあとは自分たちの利権と利益しか頭にないともなる
そういうことで民主主義はモラル的にも堕落してパンとサーカスになり機能しなくなたったのである
船頭多くして船山に上るとなった、コロナウィルスでももう現代のエリートと言われる唯一お医者様として尊敬される人でも指導力を発揮できない
医者でも結局医は仁術より医は算術になったのである
だかコロナウィルスの危機でも自分の保身に走る、金にならないとか危険なことはしないとかもう看護師でもやめるとなる

こうしているともう終始がつかなくなり国が崩壊するともなる
だから今度は貴族制とか君主制を望むようになる、今はそういうことが望まれている
人間社会にはどうしても地の塩となるべき一定数が必要なのである
それが消失するとき愚民化して大衆ファシズムになり国が崩壊してゆく
第一中国がコロナウィルスを抑えることに成功したのは一党独裁の君主制になっていたからだとされる、そもそも中国は十何億もの人間を治めることはそれしかできない
それで中国の歴史は皇帝が君主がいて膨大な民を支配してきたのである
民主制になったらもう混乱するだけでとなる
何か民主制とはギリシャのような一万くらいのポリスで機能するものであり数が莫大になるともう機能しない制度でもあったともなる
また人間が国として意識するアイディンティティをもてるのは狭い範囲である
日本だったら小国という地名が各地にあるようにそういう狭い範囲だと国として意識される、それが一億人の国とかなるともう同胞とかとして意識することも不可能になる
ただ人間は数として処理されるだけなのである
posted by 老鶯 at 21:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層
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