2021年05月24日

大貧困国家日本でも貧困が見えない (戦後10年とかの貧困との比較)


大貧困国家日本でも貧困が見えない

(戦後10年とかの貧困との比較)

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大貧困国家日本ー食費1日400円の日本人が1200万人!ーyoutube

https://bit.ly/3hQp3oO


なぜこれほど日本が貧困化しているのか、これが本当は現代日本の最大の問題になっている、ただ貧乏が目に見えるものとしてわからなくなっている
本当は貧乏なのだけど学校でも家庭が貧乏なのを隠しているとか言う
そうするといじめられるからだともいう、現代では貧困が目立つものとして現れていないとなる
でも高校生で学費がたりなくてアルバイトしている人が多いとか学校も続けられないとか紹介している

大学に入るのにも奨学金をもらう人が多いとかいうのもそうである
入学費用が80万とか払えないとかある
それは今の基準だとそうなる、半分は大学に入る時代だからそうなった
団塊の世代などでは大学に入ったのは二割くらいかもしれない、実際は地方だと一割とかなる

クラスが50人いたとして大学に入ったのは一割だった
その一割に自分は入っていた、高校すらみんなが入れたわけではない
中卒で集団就職した人がクラスで二割くらいいたのかもしれない、それは相当に貧乏な時代だった、それと比べるといくら貧困でも今の貧困はぜいたくな貧困なのかともみえる
ただ時代があり時代の標準があり貧困だとなる
電気も水道もない炭の暮らしとは比べようがないとなる

だから何か貧困が見えにくいの現代である、例えば田舎で家をみていると何台かの車を持っている、一人一台とかもっている、それを見ていたらどこで貧困なのかともなる
ただ田舎だとどうしても車がないと暮らせないことがあるし仕事で使うから車を持つのはぜいたくではない、それで私は自転車だからどうしても自転車の人と出会いやすい
そういう人は貧困である、現代社会で車を持たないということは特殊であり貧困として見られる
私の場合は別に車をもてるけど持たないだけである
ただ確かに車を持たない人は貧乏として見られる、それが可視化された貧乏だとなる
でも他では可視化された貧乏は見えにくいのが現代である

でもコンビニとかスーパーのレジをしている人は高校生がいるみたいだ
高校生でも働かざるを得ないとかなっていることは家庭が貧困だからかもしれない
ただ自分の時代はそもそもそうしてアルバイトなどはしていないしアルバイトを受け入れる場所もなかったからまた時代が違うのでは比較できないのである
貧困というとき戦後十年くらいは農家の方が豊かだった、なにしろ食料を自家生産していたから豊かだった、それで農家の人は卵を食べていたけど町内では卵は食べていないのである、卵は贅沢なものだった、ケージで卵を大量生産しいないし放し飼いであった
それで自分の家で店を開いた時、私は農家に自転車で卵買いにやらせられていた
自転車にしてもいい自転車ではない、自転車でも一台あっても新しい自転車を買うことはなかった、修理して使い続けていたのである

その卵買いで不思議なのはあの真野川の橋が木の橋であり舗装もされてもない、だから揺れたりして怖い橋だった、そしてその卵買いに行った場所が小池でありそこにいたのは
戦争からの引揚者であった、そこに記念碑がある、そこは街内から近いのである
そんなところに引揚者が開墾していたというのも今になると理解しにくい
どこにでもそうしうて引揚者が開墾に入った場所がある、飯館でも山奥の辺鄙な場所がそうである、それは全国でもどこにでもある、どちらかというと小池のような場所ではない山の奥の辺鄙な場所になりやすいからである
つまり今高校生がアルバイトしているというとき貧困化すると子供でも働くとなる
農家の手伝いをさせられとか普通にあった
子供は学校で教育させるものより労働力として見ていたのである
私の母親は尋常小学校卒であり読み書きはでききたが原町紡績で十年間糸取りをして働いていた、つまりそもそも高校とか高度な教育を受ける人はまれだったのである
まず相馬女学校に入れたのは極わずかの金持ちでありそに入れた人は地域の有力者であり資産家だけだったのである

だから貧困というとき何が貧困なのか時代によって違うからわからない
絶対的貧困はもうアフリカとかの最低限の貧困である、水すら満足に飲めないような状態である
だから貧困というのが現代ではわかりにくいのである
ただ水道の水が飲めないという時、今電気ガス水道が必ず毎月止められる人がいる
そういう人が貧困だ言うことで目に見えて来ることは確かである
そこが貧困の一番深刻なものとして現れているのだ
本当に電気ガス水道が止められると死ぬこともありうるし現実にそうして死んでいた人もいたからだ、もちろんそういう貧乏になるとち医者にもかかれず死ぬ人が多くなる
ネパールでは医者もいないから死ぬとなる、それで医者になりたいという子供がいることがわかる

つまり現代の貧困が見えないからほかりにくくそれで切実なものとして感じないのであるまず見ただけでは外見からはわからない、ボロを着ているわけでもないし何が困っているのかわからないのである
田舎でもわからない、みんな車をもっているからそうなるとどこが貧困なのかとなる
例えばベトナムとかネパールから来る外国人労働者はみんな車をもっているのだから
田舎でも貧乏だとは見えないだろう
それと自分自身不思議に思うのはとにかく若くても働かないニートとかが本当に多いのである、これは全国的にも60万とかなんか数が多いのである
でも貧乏だったら働かざるをえない、そうして働かないで暮らしていける人がこんなに数が多いということは貧乏な社会ではありえないのである
だから団塊の世代ではそんな人はほとんどいないしみんな会社員となり猛烈な企業戦士として働いていたのである、また中卒でも集団就職で働かざるをえなかったのである

ただ本当に年収が200万以下は本当に厳しい、もう食べるのがぎりぎりだとなる
それでこのyoutubeの人は400円しか食費に使えなかったとか言う、第一食費が2万5000円というのはもう果物も食べられないレベルである、バナナくらいしか食べられない、私は果物は高くて食べれないという貧乏な人が言うからわかる
ここにも相当な貧乏を具体的に感じる
いづれにしろ現代の貧困が実感できないのは具体的に貧困が見えなくなっているからである
そして最低限電気ガス水道代がかかり携帯も必需品だからである
この出費が大きいしアパートを借りたりしたらそれも負担になる
それで今東京とかで大家族で生活する人が増えてきたというのもわかる
なぜならその人は貧困なのに家族がみんな別々に暮らしている、
そのために別々に電気ガス水道代がかかっている、その出費が大きいのである
もし三人一緒に暮らせば電気ガス水道代は三人分一緒になるから節約できるからである

でもしたくないとしてしない、実際はそうしないと毎月催促されて生活できなくなっている、でもしないのである
それが贅沢だともみる、ニートが数が多いとかこうしてぎりぎりに追い詰められているのに一緒に暮らさないとかある
これだけ貧乏人が多くなれば貧乏でも暮らしていけるようにするほかないのである
でも現実にはそういう貧乏が見えない、だからみんな深刻に見ないともなる
ただこれからますますこういう状態がつづくと耐えきれなくなり暴動でも起きるとか犯罪が増えてくるとかなる、そういう被害に自分自身もあったから貧困は怖いのである
まず老人も本当に貧乏な人が増えている、そもそも年金がもらえない、国民年金が6−7万では食うことさえでないからだ
そしてつくづく感じることは老後に大事なのは年金だと思った、悠々自適な老後を送れる人は二割くらいになっているだろう
これは定期的に入ってきて死ぬまでもらえるからである、それで自分自身は70からもらって高かったので年金のありがたみを感じたのである、それでも貯金がなかったらもう食べるのが精いっぱいであり何もできなくなっていたのである
posted by 老鶯 at 21:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題
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