2021年06月08日

戦争、津波、原発事故、オリンピックの失敗 (先が読めずに大失敗、大損)


戦争、津波、原発事故、オリンピックの失敗

(先が読めずに大失敗、大損)

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オリンピックのことでもめているけどそもそもなぜ戦争でも津浪でも原発事故でもそうだったけど大失敗大損失となったのか?
この原因が明確なのは先が読めないことだった、戦争するにしても誰も大敗北になるとしてはじめたのではない、勝つと思って始めたのである
それが300万人の死亡となり大損害になった
これも先が読めないからである、そもそも人間の失敗の要因が先が読めないことにある
思わぬことが起り大損害となる

ただそれを始める時点ではそんな大損害になることは予想しないのである
戦争などは相当に危険なものであり殺し合いなのだから戦争を始めたら大勢の人が死ぬということは予想できる、でも日本では奢りもありアメリカと戦争を始めた
結果として300万人も死んだ、それは全く予想外のことだった
もしそういうことを予想したら戦争など始められなかった
でも戦争を始めたときはこんな結果になるなど誰も思っていないのである

結局これらのことで失敗して大損害になったのは先が読めないということである
オリンピックを決めた時は国民は喜んでいたし賛成していた
原発でも実際は金に成る言うことで積極的に誘致されたのである
それは故郷に住めなくなるとまで予想できない、ありえないと思っていたからである
津浪でもあんな大津波が来るとは予想していない
すべて予想できないことで大損害になった

でも津波とか原発事故でも科学者は十数メートルの津浪が来ると東電に警告していた
でも東電は耳を傾けず大損害になった、とりかえしのつかないことになった
ただ本当に戦争であれ津波であれ原発事故であれそれを決めた時はそういうことを予想しないで始まったのである
それで大事なことは先を読んで実行することなのだがそれが人間にはできないのである
ただ科学者は十数メートルの津浪が来るということを科学的に予想して警告していたのである、でもそれに耳を傾けないで何の対策もしなかったのである
それにはコストがかかるとかの問題が常にあり備えることがなかった
今になってやっと防波堤を作ったのである

何か始める決断して始める時、つくづく人間は十分な検討などしない
金になるからいいじゃないかしかないのである、原発でもそうでありオリンピックでもそうである

それをしていいのかどうか十分に検討もしない!

戦争となれば相当な国民的議論も必要だがそれもしない、原発でもそれを誘致するにも地元ですらしない、ただ上からの命令で土地所有者と漁業権者と県の許可で簡単に作られたのである

戦争になったら3百万人死にますよ

アメリカは核兵器をもっているから一瞬で大量殺戮されますよ

もし事故になったらふるさとに住めなくなりますよ

これらのことが起りうるとしていれば国民でも賛成はしない、でも国民的議論にもならない、上からあおられてマスコミが賛同して戦争に突入したのである
それをあおったのは朝日新聞だったとされる
原発でもそうだがマスコミは巨大な権力に使われるものであり権力に対抗することをしない、それは今でもそうである
原発事故が起きた時マスコミの幹部が東電によって招待されていたときだった
朝日新聞の幹部も招待されていたのである
そうして電事連からでも800億円とかの金がマスコミに流れていたのである

こういうことはオリッピックでも言えるのである、IOCとかその利権にあづかる
それでバッハ会長がぼったくり会長だと世界から批判をあびた
巨大な利権金儲けとなったがオリンピックになったのである
ただオリンピックでも失敗したのは先を読めないことだった
コロナウィルスを予測した人は世界で一人もいない、過去にウィルスの流行があったとしても忘れていたとなる、それは津波でもそうだった
でも津波については科学者が警告していたのである
仙台の若林とかの地区で津波が来ると大被害になるとか警告していた
でも不動産会社の人にそんなことを言うな土地の値段が下がるとか言われて言えなくなった、そういうふうに常に経済的利益がかかわり危険を言うなとなる

だから大事業を始めるときは相当に全員で検討する必要がある
なぜならその時点では何も問題ないとしても後から大きな問題となることがある
原発などはそうだった、オリッピックだとそこまで大きな問題となるとは思えなかった
でもオリッピックが本当に日本でその時必要なのものかどうかまたオリッピック自体の意義を深く検討するとかしなかった
つまり何か大事業を始める時、それが本当に必要なかどうか深く国民的にも議論などしないのである
国民の税金をつぎこむにしても国民自体で議論することすらないのである

●国民的な合意にいたるものとして意義を深く検討する

●十分な危険のありうることを知ってはじめる

戦争にしてもオリッピックでもそもそもそこにどういうい意義があるのか検討もしない
上の命令に従うだけだとなる
原発の場合はただ利益になるかしかない、利益になるからいいとしかない
ほとんど検討されないのである
だから大事業を始めるときは相当に慎重にしないと大損害になる

戦争をしない

原発を作らない

オリンピックをしない

かえてこの決断の方が否定されてむずかしいということも知るべきである
勇ましく戦争しろとか利益になるから原発を作れとかオリンピックでインバウンドで観光客が外国からいいとか肯定的なことのみが語られる
大事業をはじめるときはそうである、でもそこにもリスクがあることを知るべきだった

ただ人間の弱点は先が読めないとういことである

それが株でもそうである、なぜ今になってこんなに株が上がったのかというのも予想外だった、それで失敗したとなる
人生そのものも先が読めないからあとで後悔して失敗する、時間がこんなに貴重なものだったのかとかは先が短い老人になって気づく
何が大事なのものか気付けないのである
だからたいがい老人になって人生は意外だったとなるのである
つまり予定通りにならないのが人生でありまた社会なのである
予想することをほどむずかしいことはない、もしそれができたら株でも億万長者になっている、機関投資家でも先が読めないから大損するのである

それで聖書が予言の書というとき予言をする人が予言者の言を記録したものだともなっている、ノワの箱舟でもそうである、大洪水が来るとかいうことをノアが神からの宣託があり聞いた、それで箱舟を作りはじめた
それを信じる人はいなかった、だから笑いものになっていたのである
でもそれを笑っていた人たちは水にのみこまれ死んだのである
その予言者が現代では科学者ともなったのである

ともかく大事業をはじめるとき人間は深く検討しない、そんなことやめろということがかえってできなくなる、そして戦争のように暴走して300百万人が死んだのである
何かをしろという何かをするなということが人間にとってむずかしいことなのである
何かをするというときみんな興奮して賛同する
でも何かをするなというとき弱気だとかなり責められる
でも人間は何かを検討するとか考えるとかなると行動できなくなる

あるべきかあらざるべきか

やるべきかやらざるべきか

こうしているとただ逡巡して行動に移す決断ができなくなる、これは個人的なものであるが個人と大事業をみんなでするのは違ったものである
大事業の場合は国民的なものになる、だから本当は国民的なもの全員がかかわり大被害にもなるとしたら相当に慎重にならざるえあいなのである
でも重大な大事業でも深く検討すらなくはじめられて後で大損害になる

本当に戦争をするべきなのかするべきでないのか

本当に原発を作るべきなのか作らないのか

オリッピックをするべきなのかしないのか

こうしてよくよく検討したとき簡単に大事業はすすめられない、でも意外と300万人が死ぬとかも予想しないて原発事故でもこんな大被害になることも考慮しないで大損害になるオリッピックでもそうである、この場合は肯定が多く否定は少ない
それでも今になってこんなに騒いでいる、オリッピックをやめた方がいいとしているのに今の政府は自民党では決行しようとしている
それはオリッピックを誘致するときよくよく検討もしない結果なのである
ただ経済的利益を優先するだけだからである、それは原発でも同じだったのである
それで今になって大損害になると騒いでいるのである

今になるとすでに遅いともなっている、やめられなくなっていたのである
だから大事業をはじめるときは始める時が大事でありそこでの決定があとあと尾をひく
やめれなくなるのである
だから余程大事業をはじめるときはみんなで深く検討しないと後の祭りだとなる
今になってはやめることもできないとなっていたからである
でも実際は大事業でもはじめるときはあまり検討もしない議論もしないのである
その時やめろとかしない方がいいという声はおさえられる
どうしても経済的利益を優先するからそうなる、でもそれが経済的大損害だけではない
原発なら故郷に住めなくなるという致命的な大損失にもなるのである


posted by 老鶯 at 16:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層
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