2021年06月28日

広域でモノや人が移動する経済構造から、地域集約的な経済構造への変化


広域でモノや人が移動する経済構造から、地域集約的な経済構造への変化

こうした変化が全世界的に波及した場合、莫大なエネルギーを投じて広域でモノや人が移動する経済構造から、地域集約的な経済構造への変化が進む可能性が高くなる。広域経済が縮小されれば、資材の単価は上昇するので、これも物価上昇を誘発するだろう。

莫大なエネルギーを投じて広域でモノや人が移動する経済構造から、地域集約的な経済構造への変化が進む可能性が高くなる

コロナウィルスの影響の不思議はこうして広域経済とかグロ−バル経済に歯止をかけたことである
それはもうグロ−バル経済とか資本主義が限界に来ていたこともあった
それはもう識者であれみんなそういうようになった、
グロ−バル経済は超格差社会を産んだからである
世界の数パーセントが世界の富の50パーセントを持っているとかになった

奇妙なのはグロ−バル化とは世界の人々が世界的に連帯する、世界的に協力するものとしてすすめれられた、しかし現実はあらゆる分断が生まれたのである
EUからイギリスが離脱したりアメリカの製造業が衰退してロストベルトが生まれたとかアメリカの富も数パーセントの人たちが50パーセントの富を持つという超格差社会になった、それでトランプがそういう格差社会になり中産階級からおちぶれて低所得者になる人たちが増えたからその支持で大統領になった
そこに超富裕層と下層階級という分断が生まれたのである
これをそのままにしておくとアメリカが内乱状態になりさらに衰退する

モノ、ヒトが自由に流通する、移動するというとき大量の移民が安い労働力として入ってくる、そこでまた移民と自国民との対立が生まれ分断になる
こうしてグロ−バル化とはかえってあらゆるところで分断を生じさせたのである
国内でも広域社会になると地方と都会とか東京と地方で分断が生まれる
福島原発も東京と地方の問題が顕在化したものとして見ることもでき生る
危険なものは地方に福島に作った方がいいとなったからである
それで地方でも金になるから歓迎された、でも事故後は分断された

原発事故ではフクシマの人は放射能うつるから来るな!

今度は逆に

東京の人はコロナウィルスをうつすから来るな!

こうなったのであある、コロナウィルスまた様々な分断を生んだ
原発事故でも地元でも補償金でもめて分断した
何かあらゆることで分断が生じてきたのである
まるで時代が逆行してきたようなのである

コロナウィルスがうつるから関所を作り他国のものを入れるな!

極端になれば江戸時代にもどれとまでなる、結局広域グローバル社会の負の面が増大して限界に来たのだと思う
人間社会とはそもそも基本的につながりを共同体を作れる規模は小さなものである
顔と顔を見合わすような範囲での社会なのかもしれない
そういう共同体から世界共同体など作りえないものだったのである
こうして世界規模の経済になると「金」が最大の力となりあらゆるものが金で計られる
本当は金で計りえないものまで金で計り金にならないものは価値がないとされる
金でなんでも買えるとなり何か大事なものが金で計れないものが無視される
ところが金で計れないものの価値がありその価値が見失われたともなる
原発事故では故郷に住めなくなった、故郷に住むということには金で計れない価値があったがそれも失われたとなる

資本主義が限界にきたというときもそうである、すべてがコストと利益で計られる
そのために安全がないがしろにされて原発事故にもなった
コストとか利益とか求め効率を求めてゆくとそこで肝心な安全とかがないがしろにされたりする
そしてそのコスト削減のため資本家が経営者は従業員をいかに安く雇うかとなりブラック化する、時給千円で雇うより900円で雇い製品でもなんでも安くすれば競争に勝てるとなる、だからブラック会社には勝てないともいう
そういう極限までコストを追求して人件費を省き競争に勝つしか生き残れない
それが広域的にグロ−バル化に行われたのである
でもそれは人間を疲弊させるのである
ただ消費者にもれば安い方いいとなるからどうにもならないともなる

それで今若者が中国ですら寝そべり族とかそういう競争社会でこきつかわれるのが嫌だとなりそんな人たちが出て来た、日本でニートとか引きこもりが出て来たのと同じである
ただ団塊の世代は企業戦士になった時代でありそういう社会からはずれた人間が極わずかだったのである、それが自分であった、でもみんなその時企業戦士になっていたのであるがむしゃらに働く人がいて高度成長時代があったのである
でもそれもバブルがはじけて30年も過ぎて日本経済は停滞したままなのである
その時は物もないし何もない時代だった、家に小さな飯台一つがあるだけだった
裸電球が一つとか何もない時代だったのである、だから物欲も強かったのである
道は舗装されていない土の道路だったのである、インフラも整備されていなかったのである

いづれにしろ何でも金で計られるということが人間を歪める、すべてを金で計れないからである、何がどれだけの値段になるか、それが公平になりえないのである
それが世界でドルが基準通貨になったとき一番得しているのはアメリカであり覇権国になる,アメリカに富が別に何も生産しなくてもドルを刷れば世界から物が買えるとなった
それも理不尽なのだけどアメリカが覇権国であり逆らうことはできないのである
中国を批判するけどアメリカもやはり貢物を要求しているのである
公平な市場などなくアメリカに富が収集してくる、覇権国になったら必ず世界の富がその国に集中して来る、そこに公平な市場の経済原理など成り立たないのである

この辺でも経営者になった人でも東京の金持ちのためにの別荘とかを建てる
地元の貧乏人相手では金にならないとしてそうなった
遠くの金持ちのためにそれも世界になれば見たこともない接したこともない大金持ちのために働いているともなる、それがグロ−バル経済だったともなる
そしてみんな頭に金のことしかなくなったのである
震災以後絆を盛んに言われたが内部ではかえって絆は消失していた、外部との絆は生まれたが内部の絆は消失していたのである
それは経済の構造が変わったからである、グロ−バル化することは一地域の経済規模とは天文学的な数字となり違っている
そこで経済の動きなど誰もわからないのである
だからこそ覇権国になったアメリカのそれも極一部の数パーセントに金が集まる、そこでアメリカ内部でも分断が起きている

要するに「道徳無き経済」にもなり情なき経済となりただ過酷な資本主義のルールだけが貫徹される、それは何か時代劇で相手が病人でも借金でもとりたてるとか娘は売られるとかなる、そして地域の絆は喪失した、あらゆるものが分断される社会になったのである
情がどうだこうだといえばもうからないと甘いとかされる
そんなことでは生きることもできないよともなる
本来のまともな経済は貨幣を介さないものであるがそれはできない
そもそも貨幣が発明した時から貨幣によって社会が乱れたことを嘆いていた
紀元前7世紀とかから嘆いていたのである
貨幣そのものが不公平をもたらすものだった、でもそれを否定して社会が成り立たない
確かなことは狭い範囲の村の様な範囲の経済だと貨幣は力はもたない
その住んでいる社会が拡大するに比例して貨幣の紙幣の力は強大になってくる
それが可能にしたのが運送する技術の発達だったのである

この辺で梨農家がありリヤカーで相馬市まで売りに行ってたという
そうなると苦労になる、それより近くの人に売った方がいいとなる
でも相馬市だと売れるとなるから苦労して運んだとなる
今なら車ですぐに運べれるからその経済の範囲が拡大する
それが世界的にグロ−バルに拡大したのが現代経済だとなる
ただそこに様々な歪みがもたらされたのである
コロナウィルスがそういう時に流行したというのも不思議である
時代の節目に流行したともなる
やはり人間だけの力ではないものによっても社会は変わる
原発も津波によって砕かれた、そのままだ日本中が原発に埋め尽くされてどうなったのか本当に日本崩壊になったからである、その歯止になったのが津波だったともなる
コロナウィルスもそうでありこれは自然の作用でありそこに神の関与があったともなる
つまり社会を見直して大きく変革する時期になったのである


posted by 老鶯 at 13:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題
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