2021年08月19日

夏野、夏の月、雲の峰  キツネノカミソリ(小山田村)


夏野、夏の月、雲の峰  キツネノカミソリ(小山田村)

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キツネノカミソリの名の由来
https://kurashi-no.jp/I0017882

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街の中朝よりひびく蝉の声

夕日さし競いて険し雲の峰

古墳にそ赤き花咲く夏の夕

烏群れ夏野に夕月安らぎぬ

一村や小山田村の実りかな


ひそかなる小径に一羽黒き蝶舞いさリ消えて行く人もなし

影なして庭石涼し籠もりつつ今日も暮れにき逢う人もなし


昨日も晴れて夏だった、それで雲の峰が夕べ見えた、しかし今日も晴れたが雲の峰が見えない、やはり季節が変わり見えないのか?
お盆が過ぎたのだから秋にはなっている、ただ夏は残暑がありまだまだであるのが普通である
今日は暑かった、暑いとぐったりして昼間に眠る、暑いというき下の部屋の前が広くコンクリートになっている、これが道のコンクリートからと重なって部屋が暑くなる
クーラーがあるからその部屋にいる

でも天気予報を見ると朝は曇りとかまた雨になっている、温度も下がる
夏はもしかしたら今日で終わりなのか?
何か天候が今年は変である、夏なのか秋なのかわからなくなる
晩夏という季語もあるがこれもなにかしっくりしない、夏と秋が混在したようになっているからだ

暑いから今日は6時過ぎて自転車で一回りした、小山田の方に行く小径は一日一人も通らない、そこを一羽の小さい黒い蝶が飛んでゆき消えた
小山田村は意外と遅く開拓された地域でもある
あの辺をまわるのは気持ちがいい、何か昔だったら一村一村が一つにまとまっていて
暮らしがあった、というのはみんな農家だったからまとまるのである

今はそういうことはない、また米をとるにしても米でもどこからでも入ってくるとなると貴重に見えない、現実自分自身がスーパーで外から入ってくるブランド米を食べているからだ、ここでとれた米を食べていないのである
すると何かつながりが感じられなくなる、それが現代のグロ−バルな広域社会なのであるでも津浪とか原発事故で外から食料が入らなくなったとき古米を配った
これは助かった、やはり外から米でも入らなくなると困るのである
それは日本自体がそうである、外国から食料でもいつも入ると限らないからである
中国と対立したりすると食料でも安いものでも入ってこなくなるからだ

私は巣籠り生活だと人に会わない、ここ一週間逢っていない、ただスーパーには行っている、遠くには行かない、仙台市にも行かない、こういう生活はコロナウィルスには強いかもしれない、相馬地域でも一人二人とか感染者が出ている、一人でも田舎では警戒する
ただ仕事している人は人と接触するから強制的にに職域としてワクチンをする

烏が群れて夏野に夕月がでている、ここで夏野としてたのはこの辺では田んぼが荒地になり夏野化している所が結構あるから田んぼではなく夏野となる
昔だったら荒地にしたりはしない、農業中心の社会だったらわずかの土地でも活かしていかないと暮らしていけなかったからである
今はそういうことがない、とにかく夕べは涼しいから気持ち良かったとなる




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