2021年08月20日

高校野球もコロナと雨にたたれ転換期に (あらゆることで意味が問われる哲学の時代に)


高校野球もコロナと雨にたたれ転換期に

(あらゆることで意味が問われる哲学の時代に)

高校野球もコロナウィルスの陽性者がでて東北学院と宮崎商業が辞退した
特に東北学院は新顔でありこれまでは育英とか東北高校が定番であり新鮮だった
だから注目していた、そしたら強豪の愛工大名電に買ったので余計に期待していた
つまり高校野球はプロ化していて勝つ高校はたいがい試合する前から決まっている
第一大阪桐蔭とかはまず大阪だけで勝つのが甲子園で勝つよりむずかしい
それだけすでに大阪で勝つことがもう甲子園で勝つともなっている
もう普通の高校では勝てない、プロを選抜する大会とまでなっている

実際に東北でも北海道でも甲子園に出たくて野球のために有力高校に入る
それが大阪出身が多いのである、そしたら地元の生徒ではないのだからそれは高校野球の目的に趣旨に反するものになる
だから高校野球自体今や高校のプロ化したものでありとても普通の高校では勝てない
北海道とかで優秀した高校でも9割くらいがそうして野球留学した人達であり大阪出身が多いのである
それはまず大阪で甲子園に出るとなると最もそっちの方がむずかしいとなるからそうなるそこにもう高校野球の趣旨とは違ったものになっていたのである

そして戦国時代でも勝敗には天候が関係して勝敗が決まったりする
信長の桶狭間の戦いでも嵐になってその時攻撃して勝ったとかある、関ケ原の戦いでも天候が左右したとかある、だから勝敗というのは必ずしも実力だけも決まるものではなかった、天候は人間の力で操作できない、左右できないからである

こうしてコロナウィルスなのに朝日新聞が強行させたとか批判がある、五輪は反対したのに高校野球はすすめた、その危険性を無視したとして批判がある
ともかく五輪でも高校野球でも天候がマラソンなどでも30人が途中でやめたとか天候の影響がある、だから東京ドームでやれとかも言われる
また暑すぎるから夏の盛りにやるのは問題だともなる
そして高校野球は本来の趣旨とは違ったものになっている
もはや大阪桐蔭のような一種の高校野球のプロ集団に勝つことができないからである
つまり始める前から勝敗は決まっているともなる
そうなると見る方でもつまらないとなる
でも東北学院が  に勝ったのは注目して期待したがコロナウィルスの陽性者が一人出て辞退したのである

五輪もそうだったがなぜ高校野球でもその是非すら問われるようになったのか?
オリッピックでもそれが一部の特権者の金儲けのためだと判明してIOCの会長がぼったくり会長として批判された、コロナウィルスの最中にオリッピックを強行することはありえないということもあった、でも菅首相はオリッピックで劣勢を挽回しようとした
でもそれもコロナウィルスの感染者が増加して裏目に出た
政治でも自然災害でも天候でもいろいろなことが影響してくる
特に今は本当にあらゆることでそんなことをする意味があるのか?
莫大な金をかけてする意味があるのかとかが問われる

何か宗教とか哲学の時代なのである、ただ盲目的に信じるカルト宗教団体すらなぜ存在しているのか問われる、それは本来の宗教ではないかとなる
それは創価の様な大きな団体だけではないのである
檀家でも跡継ぎがいないから墓じまいしたいからと言ったら200万の金を払いと要求されたとか訴える、寺は檀家は維持できなくなっているともなる
それは地域社会で農民社会でコミニュティがありその要にあり機能していた
でもそういう農民社会でもつながりが希薄化すると寺の存在理由が問われる
それは他の宗教団体でもその存在理由が問われているのである
なんのためにあるのか?となるからだ、ただ墓の管理のためにあるとなると別に市営の墓地でもいいとかなる、それはその存在理由がわからなくなったからである

他に銀行とか地銀でもそうである、投資信託とか詐欺まがいのものを売りつける
それはゆうちょでもしていて批判があった、これも高度成長時代が終わり利子がつかないことで金をあづけていて何になるのだとなっているからだ
貸金庫なのかとなる、それなら誰でもできるとなる、銀行はもともと起業して成功した人が資金を貯えてまたあらたな事業をするために生まれた
だから起業する会社をはじめる能力が必要にもなっていたのである
ただ金をあつめて借りに来る人を待っているだけの商売はできなくなったのである
そうなるとなぜ地銀でも銀行でもゆうちょでも存在するのかと問われることになった
これは社会全般に起きていることである、教育でもIT化や人工知能化で教師の役割も変わる、すると教育はなんのためにあるのかともなる

奇妙なことは引きこもりとかニートとかが増えたけどそれは機械化してAI化するなど
人間の仕事が減る、すると当然そういう仕事しない人も職を持てない人も増えて来る
それでそういう人のためにベーシックインカムが必要だとなる
つまり働かなくても最低限の収入を与えるという制度である
これもまるでユートピアにもなる、なぜなら働かないで暮らせるとなれば遊んで暮らせるとなればそうなる

でもここでもやはり意味が問われる

あなたはなんのために存在するのか?

あなたは何か価値ある存在なのか?

このことがかえって強く問われるのである
例えばこの辺で原発事故が起り漁業者は魚がとれなくなった、でも漁業組合は漁業権をもっていてそれを東電に売り渡したとかで強い権利があって事故前も手厚い補償金をもらって生活に困ることがなかったのである
でも事故後はそのことが問われた、なんでそんなにもらう権利があるのかと周りの人からも言われるようになったのである
そして仕事をしない漁師は何で俺はここにいるのか?
自ら自問したのである、それは別にその漁師が哲学などわからない、でもそう問うようになった、だからこうなるのは一部のインテリだけではないのである
あらゆるところで起きている現象なのである

マスコミだって今までは放送を独占して世論を作っていた、その権力も巨大なものだったのである、なぜなら六局しか放送する権利がなかったからである
それでマスコミに取り上げられて顔が写るだけでも有名人になり選挙でも有利になる
でもyoutubeのように個々人が放送局にもなれる、そうなると芸能人でも自らyoutubeで
芸を披露するともなる、youtubeですでに極わずかでもマスコミに出れず有名人となり
億の金を稼いだ人がいる、それはマスコミで有名になった人と似ているのである
そうなるとまたマスコミに何か存在意義かあるのかと問われる
マスコミとは何であったのかと問われる、今までは独占状態だったからそんなこと問われないのである

これはあらゆる方面で起きているのである

何の意味と意義とか価値があって存在しているのか?

あなたは何のために働き何のために存在しているのか?

それはあらゆる方面で起きているから一部ではないから現代の潮流であり大きく時代が変わる変わり目に起きている現象なのである
これは別にむずかしい専門的な哲学を学ぶことではない、それぞれの職場で日常の中で一般人でも問われているのである
また易姓革命があったように自然災害とか天候でもその変化をうながしているのというのが不思議なのである
とにかく高校野球はコロナウィルスに天候にたたられてさんざんだった
ただこれも高校野球も変わらざるを得ないものとして自覚させられたということである

オリッピックもそうだが意味と価値が問われる時代 
(何のためにするのかー哲学、思想の時代に)

posted by 老鶯 at 06:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層
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