2021年08月26日

セルフロックダウンで感染を防げ (自分は自分で守れーグロ−バル化世界の変化)


セルフロックダウンで感染を防げ

(自分は自分で守れーグロ−バル化世界の変化)

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週刊朝日 9月3日号

都市のロックダウンは日本ではできない、でも感染症は人から人へうつる、するとなるべく人と接しないことが防ぐことになる
ただ現実は仕事していたら人と人の接触をとめることはできない、現代ほど交通が発達して人と人が接触する時代はない、自給自足の江戸時代の様な村社会だったら隣の村とさえ交わらないことが可能だし現実に隣の村さえ遠い村だったのである
というのは歩くか馬とかで行くほかないから隣村でも遠く感じるのである
なぜ現代では江戸時代とか戦前のことがわからなくなったかというと車がない社会をイメージできなくなったのである
確かに汽車とかあっても汽車賃が高くて一般人は乗るのはまれだったのである
汽車は主に荷物を運ぶものだったのである

そういう社会では自給自足で生活するほかないのである、最低限でもそうして生活ができていたのである、燃料は炭であり薪であり近くの山からとってくる、水は井戸水とか清水である、洗濯は川でしていたのである
だから今になると信じられない、私の家のすぐ裏に堀があり堀の水で洗濯していたのである、燃料は炭でありまた材木屋の木材の切れ端を無料でもらって手作りの風呂で鉄砲風呂で使った、水は近くの家の井戸水をもらっていたのである
そんな生活があったこと自体今になると不思議になる
そういう生活はもう遠くに行くことは相当に難儀なことでありめったに行けないのである車がなければどうして行くのか歩いて行くほかない
葛尾村まで歩いた話を姉から良く聞いたのである
要するにそんな所まで歩くほか手段がない時代だからとても外との交流は限られている
すると外から人は来ないしまた外にも出れない生活だったのである

そういう生活だと外から人も来ないし村内で生活するほかない、自給自足するほかないのである、そういう生活は感染症には強いとなる、でも江戸時代にコレラがやはり長崎から入り北前船で新潟から会津若松に入ってきて増えたのである
江戸時代でもそうして感染症が広がった、全国に広がった
ということは江戸時代の人流規模でも広がるとなるとその何千何万倍の物流と人流がある今ならもう防ぎようがないのである
だからこそワクチンとか手洗いとマスクとかで自己防衛する
都市だったらロックダウンするとなるがそれができないとしたら自己防衛でセルフロックダウンしろとなる
私の場合はもともと引きこもりだからセルフロックダウンしている
接しているのは一人だけである
でもその一人の老女がワクチンをうって副作用がでて体中が痛くなり立つのやっとであり入院したり寝ていたとなる、やはり副作用がある、もう三週間くらい痛くて立てないとかなった、ただもともと腰が悪いとか言って何もできない人だった
でもワクチンは明らかに副作用がありそれが結構重くなる場合がある

いづれにしろコロナウィルスから自己防衛するほかないというといそれがみんなできるかとしたら自分の様なもともと引きこもりはできても他の人は不可能だともなる
仕事でどうしても人に接する広域社会だから物流をとめることもできないからだ
でも全体で国家の命令でロックダウンも簡単にできない、なぜならそれを補償するとなるとその金が膨大になるし予算的にもできなとなる
自民党は財政緊縮でありしないのである

都会になるとスーパーでもこむ、田舎だと空いた時間に行くとか勤め人でなければできるスーパーは意外と危険なのかもしれない、というのは品物に触るからである
そこから感染するということがある
ただ自分の様な引きこもり生活はコロナウィルスを自ずと防ぐことになる
仙台市にも行かないし最近原町にすら行っていないからである
もともと人と接触しないのがさらに接触しないからである
でも仕事している人はこういうことは一番むずかしい、そうなると生活もできなくなる

確かに江戸時代のコレラの流行は会津若松中心に広がった
ても桧枝岐(ひのえまた)とかなるとそこはほとんど人の行き来しない本物の秘境だったそんなところに良く人が住んでいたとも思う
平家落人の村としてあったからだ、そういう場所ならコレラにもかからなかったのであるつまり人間社会はプラスと思えるのがマイナスにもなる
人間自体も性格でもマイナスと思えるものが実はプラスにもなる
人と接触しないと外交的でない内向的な人は一般的には社会では嫌われる
てもこういうとき引きこもりが有利だというのも不思議だとなる
だから人間とは何が良く作用したりするか悪く作用するのかもわからなん
万事塞翁が馬になってしまうのである

ともかく現代生活は逆に異常に人が交わり三密を減らすことが不可能に近い、交通が発達して車社会であり車ならどんなところでも辺鄙な所でも行ける、すると人流をどこでもとめられないのである、そうして便利な生活と思えたものが実は感染症には弱かったのである、弱点となっていたのである
東京とかの大都市とかに異常に人が集中することはそもそも不自然なのである
そんな生活を改めないからコロナウィルスでその弱点が露わにされたのである
東京遷都もいつのまにか消えた、それをするに大災害とか今回のようなコロナウィルスとか感染症とかでひどい目に合わない限り決断できない
多少テレワークとか東京周辺に移住するようになったのはいいことである

つまりコロナウィルスは新しい生活形態をうながしたのである
ただそれも極一部であり全体的には変わらない、もっと死者が増えたりしたら変わらざるをえない、だからコロナウィルスもか易姓革命であり自然の作用でありそれが社会を変えるとなる、東京など一極集中する社会は異常なのである
人流をとめることは不可能なのである、セルフロックダウンもなかなかできない
自分のように特殊な人間だとできるが普通の社会人が会社員は簡単にできない
でも方法がないからこういうことを言うのもわかる
私自身はセルフロックダウンの生活だったから今までの生活の継続で防げるともなる
それでワクチンもしていないのである、ここでも一人とか二人とか毎日増えているから
怖いことは怖い、でもこういう生活は田舎であり人流もないとか安全だと思ってしまうのである

コロナウィルスはまだ5年くらいつづくと専門家が言う時、これは簡単に終息しない種類のウィルスなのかもしれない、するとこれは長いと見た
つまり何らか社会を大きく変えてしまうものともなる
すぐに元に戻らないものだともみる、するとどうなるのか?
いろいろコロナ後の社会を言われたが広域社会とかグロ−バル社会の変化が起きる
グロ−バル化社会はもう頂点に達したのである
グロ−バル化社会は世界大航海時代からヨ−ロッパのアフリカアジアの支配ということで起きて来た、イギリスで紅茶の習慣が生まれたのはスリランカなどで紅茶を栽培させてそれを輸入してそうしした贅沢な習慣が文化が生まれた
イギリスは寒い国であり実際は食でも貧しい国だった、ヨ−ロッパ自体南国のアジアのように様々なものがとれないのである、花にしてもともしいから植民地化した南国から
とりよせてガーデンを作ったとなる、アジアからでも富を収奪して豊かになったのがイギリスだったのである

グロ−バル化社会かはこうしてヨ−ロッパの支配でありアフリカからは奴隷をアジアからは様々な産物を輸入して豊かになった、中国では売る物がなく阿片をりつけたとかなる
このイギリスが覇権国になってその後を受け継いだのがアメリカなのである
ただアメリカはもともと自国でなんでもまかなえる資源が豊かな国であり世界一の農業国であり食料を輸出できる国なのである、だからイギリスとは違って別に外国から食料品でもなんでも輸入する必要はないのである、石油さえ今では輸入する必要がないのである
アメリカが覇権国になったのは必ずしも経済的動機だけだったとは見えないのである

ともかく大航海時代からグロ−バル化がはじまりそれが20世紀で頂点に達したのであるその結果は最悪としては世界大戦が二回あり何千万の人間が死んだことである
その負の面も巨大なものだったのである、グロ−バル化すべていいものとして作用しなかったのである
コロナウィルスでも交通が発達して交通の発達で距離が縮小されたとき世界が同時進行するようになりコロナウィルスも同時進行でたちまち世界に広まったことでもわかる
そこには時間差がなくなったのである、コロナウィルスはグロ−バル化の結果としてマイナスのものとして作用したのである
だからコロナウィルスはこうした世界を変えるというときグロ−バル化自体見直すものとなる

結局グロ−バル化とは一面共存ではない、国同士でも様々な文化をもった人達でもグロ−バルに交わることは対立と軋轢をもたらしてそれが戦争になり何千万人も死んだのであるグロ−バル化でも共存する、助け合うとかならいい実際はそこで衝突して戦争になり何千万人も死ぬことになった
格差社会でも生まれグロ−バル化で世界の富はアメリカに集中して吸い上げられまたアメリカでも極一部の特権階級に富が集中した、それがロスチャイルドとかなんとか陰謀論になる、そしてもともと江戸時代なら朝鮮と中国と争うことなどなかった
ヨ−ロッパの世界支配の結果として日本も世界大戦に巻き込まれたともなる
マクロ的にはそうなる、だからグロ−バル化を見直す時期にすでになっていた
その時コロナウィルスが世界的に蔓延してグロ−バル化に歯止めがかかったのである

だから何かこれからは拡大拡散する世界より内向きの世界になる、それでヨ−ロッパのような中世世界と日本の江戸時代への回帰現象のようなものが起きて来る
時代のサイクルとしてそうなる、交通の発達でも極限を追求している
リニアでもそうだけどそういうものが本当に必要なのかどうか?それも疑問になったのである、また空飛ぶ自動車などでもそうである
そんなものが空をぶんぶん飛んでいたら落ち着かないしいいものとは全部ならないのである、技術でもなんでもいいものとはならない、作用しないのである
必ず負の面が技(わざ)から災いが生まれるからだ、それが原発事故だったのである

セルフロックダウンというときそれは本当に内向きの生活である、私自身がセルフロックダウンの引きこもりになる、もともとそうだった、でも今は仙台市にも行かないとか近間を回るだけである、こうして巣籠り生活というのも鬱屈した状態をもたらす
でも私自身はそういう生活をしてきたからそれほど苦しいとはならない
ただ中世というのは何か変わった動物とか動物の人間とか合体した仮想のものをイメージしたりと内向きの生活で生まれた
それと同じようなことを私は抽象画でしていると思った、これだけ絵の才能が全くないのに作り出しているのはインタ−ネットがありAIのようなソフトの使用でできたとなるからだ
また巣籠り生活だと家が広くないとできない、プライベートな空間が必要になるからだ
でも今空家が膨大でありそれを利用するとかまた地方に移住するというのも奨められる
すると人口のバランスがとれるともなる、そういう社会の変化が生まれることは悪いことでないのである
ただ何でも必ずいい面と悪い面が生まれるのが人間なのである
posted by 老鶯 at 08:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層
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