2021年08月28日

なぜアフガニスタンでアメリかはまた負けたのか? (ベトナムと同じようにタリバンの愛郷心と土着する民に敗れた)


 なぜアフガニスタンでアメリかはまた負けたのか?

 (ベトナムと同じようにタリバンの愛郷心と土着する民に敗れた)

 アメリかがなぜ圧倒的兵力と近代的武器と経済力でもアフガニスタンを支配できなかった、それはなぜなのか?
 それはベトナムでもアメリカは負けた、その原因の主要なものが地の利にあった
ベトナムはジャングルがありその生まれた土地を知り尽くしていた
そこも複雑な土地でありそこに踏み入ったらもう出れなくなるとか迷路になる
でもベトナム人はその土地を知り尽くしている、だからアメリカ人がいくら爆撃を繰り返しても負けたのである、物量でも圧倒していても負けた
南ベトナムを支配して南ベトナム人を応援しても今回と同じように負けた
北のベトナムを支配できなかった、それは冷戦時代だからソビエトとか共産国の応援があったとしてもやはり土着的な愛郷心がありそれに勝てなかった
だからその敗戦の利用は共通している

天の時、地の利、人の和

地の利と人の和がベトナムにありアメリカがそれを崩せなかった
アフガニスタンでもそうである、そこは3000、4000メートルの山々が遮り隠れて戦うし
タリバンは地元の人の応援もあったとされると地の利があり人の和があるから強力だったとなる
そしてアメリカ軍側についてアフガニスタン人はそのトップがいち早く大金をもって外国に逃亡した、それでわかるように戦うモチベーションがなかった
ただアメリカについていい暮らしができればいいとなり賄賂も横行していた
またタリバンに武器を売ってもうけていたともいう、つまり人の和がアメリカについた
アフガニスタン人にはなかったのである
だから莫大な金をつぎこんでもアメリカは支配できなかった、徒労だったとなる

そこには信仰心もあった、このイスラムの信仰心は外部からはわかりにくい、確かなことはアメリカに対する反発するものとしての信仰心であり明治維新なら攘夷派になるのだろう、アフガニスタンはそもそもイギリスでもソビエト連邦でも支配できなかったのであるそもそも命を賭けて戦うとなると簡単にはできないだろう
つまりその強い動機が必要になる、その動機がタリバン側にあったということである
それはベトナムでもそうだった、ベトナムの土着民にあったので負けた
自分たちの国を必死で守ろうとした動機があり負けた
ベトナムでもアメリカが物量でも武器でも格段の差があった、でも支配できなかった
そしてベトナムの独特の地の迷路に入り「地獄の黙示禄」になったのである

これを比べるとなぜ日本はアメリカに負けたのか?

もし日本だけを守ろうとしたらアメリカがいくら日本に攻め込んでもゲリラ戦になりやはり同じことが起きただろうかとなる、日本が負けたのは中国でもアジアでも広範囲な戦争となったからである、アジアの人が植民地支配から解放されるものとして日本の戦争にみんな同調して共同戦線を張れば勝ったとなるがそうではなかった
特に中国はアメリカが味方であり日本は敵だったからである

ベトナムでもアフガニスタンでも江戸時代なのではなかろうかともみる、タリバン兵が空港で書類検査するのに字が読めない兵士が多いというときそうである
それは江戸時代なのである、でも江戸時代というとき日本でも地域的に藩が支配していて日本全体が国家として統合されているというわけでもなかった
すると地域の連帯の中で人々は生活していたしまた農業主体だから村が強固な共同体となる
みんなが回りが農民の時代は何か一体感が持ちやすい、生活自体がみんな同じでありまた稲作でも田植えでも共同でするとか一体感を持ちやすいのである
だからそこで強固な一体感をもつ、そういう社会がベトナムでもアフガニスタンでもあったとなる

だから近代化した生活となるもう田舎でも一割くらいしか農民ではない、中国に行ったら何か知らないけど「ノンミン」ですとか言って物を売りつける女性がいた
つまり農民ということを強調して買ってくれということだったのか、その頃中国も農業主体だからそうなっていた、私は会社員とかなかったともなる、私は貧乏な農民だから買ってくれとなっていたのかもしれない、その時代は十数年前では中国は貧困者が多かったからである、今はまるで違った国ようになってしまった
ノンミンは少数者になっているからだ

いづれにしろ日本の戦争はまた逆に中国とか東南アジアに戦線を拡大化して逆に地の利が知らず負けたのである、インパール作戦とかでもそうである、大きな河がありジャングルがあり山々がさえぎり死体の山を築いたのである
だから必ず戦争でも地の利が影響しているのである、これはベトナムでもアフガニスタンでもそうだったからやはり普遍的な真理としてある
それは戦争だけではない、あらゆることに地の利が影響しているのである
人間はその住む場所はアイディンティティを築く場所である、それは歴史的にもそうなっていたから地歴になったのである

そして逆に近代的生活というのはみんなもうノンミンではない、都市生活者が主体の社会である、そういう生活は土着的愛郷心などない、そもそも戦後は農民社会でないからもう土着的愛郷心も希薄化した、地方で田舎で求めるのはやはり金しかないのである
だから原発は金になるからといって積極的に誘致された、漁業者は漁業権を売り補償金が事故前も入っていて贅沢していたし事故後もなんら生活に困ることなく津波で家が流されても立派な家をすぐに建てたのである
つまり東電の社員ともなっていたのである、それは自治体自体が東電の社員化していたのである、それで事故になったとき自治体は簡単に解体してゴーストタウンになったのである

それで不思議だったのは浪江の人でその人は全然事故になって浪江町に一割くらいしか人が住まず回りは田んぼもなく荒地になっているのに何も嘆いていないのである
かえって補償金みんなもらって老後も安泰だとか言っていたのが理解てきなかった
でもその人にとって農業など関係ないのである、金さえあれば別にみんな物は米でもいくらでも入ってくるからである、そもそも農業は軽んじられていたからである
だからこそ金になる原発がいいとなり現実にそこで働いていて金にあれば東電でも会社員であれば会社が大事になる、その土地のことより郷土のことより会社が大事になる
すると農業のことなど関心がないともなる、田舎だと周りは田畑でも農業に関心がないのである、こんなことは戦前とか農業主体の生活だったらありえないのである

だから意外と日本とかでも近代化資本主義化した社会というのはもう連帯などない
金を求めることしかない、土着的愛郷心も全体的にはない、だから多額の補償金をもらったら簡単に故郷を捨てて仙台市であれ都会に出たとなる
身近では小高の人は避難区になったが豪邸に住んでいた人も原町区に移りすんだ
息子夫婦は仙台市に移り住んだのである
要するに土着的愛郷心は農業社会ではあったが今はない、すると意外と他国が攻めてきたとき日本では外国に中国でも簡単に降伏して売りわたすとなる
土着的愛郷心がないのだからベトナムやアフガニスタンのようにはならないとなる

右翼の主張があってもそれに同調しないのは土着的愛郷心がある農民の時代は共鳴する
強調するがそれがなくなったからだともなる
天皇はもともと農民を土台にして綿々とつづいてきた象徴だったからである
それで皇居で田植えをして蚕を飼っているのである、でも工業社会になったときそれもあわないのである、皇居から東京の大都会を見渡してみればわかる、そこには田畑など全くないからである
ただ世界の大都市は共通しているから世界では土着的愛郷心などなくなっている
そうして土着的に歴史的に培われて来たものが失われた、家族の紐帯さえ失われて拠り所もなくなってみんな故郷喪失者にもなっているのである

そういうことで意外と愛国心をどうのこうのと言っても共鳴しない、愛国心の基は愛郷心だからである、それが近代的資本主義になると利益中心になり金を追い求めるだけとなるそしたら他国が攻めてきてもベトナムやアメリカのように戦いえない、武器があるにしても戦えない、その戦う動機がないから戦えない、それも逆説である
戦争とは必ずしも物量とか武器だけで勝つともならない、いろいろな要素があり作用するからである
日本がなぜ負けたかというときその動機が必ずしも国土防衛ではなくアジアに侵略したということもありアジアとの連帯が得られなかった、確かに植民地解放戦争だったといっても地元の人達はそうとも思っていなかった
そして日本兵が連帯があったようでなかった、上官と下士官が憎みあい連帯しなかった
アメリカがかえって上官と下士官が連帯していたのである、つまり人の和がなかったのである、日本は人の和があるようでなかったのである
そうはいっても日本本土の防衛戦となったらなんとか国を守ろうとするから違っていた
そこでやはりベトナムやアフガニスタンとのように土着的愛郷心で戦うことが依然としてあったとなる

posted by 老鶯 at 07:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層
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