2021年10月30日

平等を追求すると不平等になる (一人一票でもその平等故に選挙しても無駄だとなる)


平等を追求すると不平等になる

(一人一票でもその平等故に選挙しても無駄だとなる)

【マルクス主義】は、不平等だったり差別を生んだりする「原因」をひっくり返して、その「結果」まで平等にしようとして、【最終的には失敗 】しました。…


アメリカの国の建国は自由と平等である、デモクラシーというのもそうである
その思想はホイットマンの詩にある、そもそも時間軸で形成されたものがないから王侯もないし広大な新大陸に独立自由の人間は一人立つということになった
そこではもともと時間軸で形成されたものがないのだからみんな対等になる
貴族もいなければ王侯もいないのである
初代大統領のリンカーンが丸太小屋から出て来た庶民の一人だったことでもわかる
こういうことは時間軸で形成された社会ではありえないのである

そもそも時間軸で形成されて来たというとき家族を見ればわかる、父親がいて母親がいて子供がいる、すでに父親と母親の人生とか積み重ねてきたものがあり時間軸で形成されたものがありそれが子供の資産になり影響しているのである
親ガチャというとき、親の影響が余りにも人間にとって大きいからそうなる
まともな親がいなかったらどうしてもまともに育てられないことがある
人間の差はここから生まれていることは確かである
そうなると人間は一代では何かを成し遂げることもできないとなる

何か財産を形成するにも一代では無理だとなる、そこに積み重ねが必要になるからだ
では不平等を作っているのは何かだとなる、選挙でも盛んに自民党の世襲議員のことが言われる、別に有能でもないのに親の跡を継ぐことで当選する、地盤を引き継ぎ当選する
それは不公平だとなる、不平等だとなる
だから自民党はそういう政党であり改革もできないとなる
既得権者というのもそうである、一旦既得権者になるとその権利を維持したいとなるからだ、そのためにヨ−ロッパでは貴族社会が維持されてきたのである
その不平等を無くすには革命が必要だとなり共産主義が生まれた

でもなぜかこの平等を追求すると不平等になるというのが人間社会なのである
平等ということはみんな同じになることである、人間がそれぞれの個性と能力があるがそれを無視してみんな同じにする、そのこと自体信じられないほどの不平等なのである
例えば花があっても色や形が違っていても同じ形に色にして平等にしろとなる
変な話だけと高い山があるとする、すると山はみんな同じ高さの山にすべきだ平等にすべきだとしたらどうなるのか?そうしたらこの世界はつまらないものとなる

この世の中味気ないものになる、なぜ共産主義が失敗したのか?
それは何か人間というものがそんな数学のように簡単に割り切れないものだからである
数学になると何か人間を数とみて平等化できる、統計的数字として集計するからである
選挙でもそうである、みんな一票でありその人のことなど見ないから平等だとなる
ある人が十票もったりできないみんな一票であり平等だとなる
経済的にも十人物を買うのと一人買うのでは違う、みんな十人に売ることを望むのと同じである
10人でもまとまれば社会では動く、ボランティアも十人くらい集めるとできる
でも一人だと誰も相手にしないのである

要するに何か人間は特別優れているとか能力があるとかは許さない、みんな同じであり平等であるべきだとなる、でも本質的に人間はみんな違っている、だから平等を追求すると不平等になる、走る競争でも必ず早いものと遅い人がでてくる
だから学校ではもうそういう競争は差別であり不平等だから競争させないとなる
順位をつけることはするべきではないとなる
それはあらゆることにあてはめる、でもなぜ社会から不平等がなくせないのか?
共産主義でも平等を追求したのに共産党の幹部には兆円もの金が集まり信じられない格差社会になっている、それは平等を追求した結果でもそうなったのである
それは能力と関係ないのである、特別能力がある人が収入を得るとなればある程度は容認する、ジョブスとかコンピュターを発明したとか特別な能力をもった人は別に収入に差があっても容認されるのである
アメリカではそういうことを能力での不平等は嫌う、能力があれば実際は黒人だろうが収入でも多くなる、でもアメリカでは黒人差別が依然としてある
それもただ黒人に生まれただけで就職でも差別されるとき不平等だとなる
そういうことも依然として解決していないのである

そもそも人間の不平等が不可解なのである、謎なのである、だからどうしても運命論にもなる、futuen(財産)が運だとなっているものそうである、人間には運が作用して財産でも得る、それはその人の能力とも関係ないことがある
高度成長時代は小さな店でも工場でも繁栄したのはその人の能力とも関係ない、そういう時代でありみんな成功しやすかったのである
私の家が小さな店を始めて一時繁盛したのもそうである
私の家族に商才もなかったのにたまたまその頃車もない時代であり角にあったということで場所が良くて繁盛した、商売というのは今でも場所が深く関係している
繁盛する場所がありその場所が良くないと繁盛しないことがある

いづれにしろそれも運だった、ただそういう場所でも街で一番低い場所にあり二回も水害にあい床上浸水になった、最近でも水があふれて家の中に入ってきたのである
だから商売では場所が良くまた水害には弱い悪い場所である
そうなると売る時でも売れない、低い場所というのは変わっていないからである
だからこの場所の作用はいろいろある、その土地の特産物になるのはその土地と深く関係しているからである、そこにいろいろな自然作用があり特産物が生まれている
それは人間の力ではどうにもならないのである

だから平等不平等というときあらゆることにあり家族であれそれぞれの国であり国の中の住んでいる場所でも影響して違ってくる、それを不平等だから平等にしろと言ってもできないのである、ただ例えそうして場所が悪くても豊かになる方法は技術的にあり豊かにすることはできる、だから何らか人間はまた努力によって豊かにもなれる
この辺でうまい梨を作るのに十年かかったというときもそうである
試行錯誤してそうなったのである、そして次の代でもその梨作りを親から習って作ればその家は豊かになる
農家という時こうして土地を受け継ぐだけではない、農業のノウハウを受け継ぐことで豊かになれる、意外とこのノウハウが問題なのである

いづれにしろ平等不平等というとき人間の場合複雑である、何でも平等にしろというときただ金持ちを羨むのも問題になる、全く努力もしないで成功した金持ちをうらやむ人も普通にいるからだ、確かに家族の愛でも兄弟の間でも不平等がある、そこでもめる
遺産相続でもめたりする、介護をして苦しんだ人にかえって財産を分けられなかったとういうのも問題になる、また兄弟で平等に分割する時代になると住む家でも土地でも分割しろとなり問題になる、長男が相続するという時、親のめんどうをみて家を継ぐものとして優遇されていたとなるからだ、でもそれがなくなると兄弟で平等に分けるというときそこでもかえって不平等になるのである

平等を追求すると不平等になったというとき共産主義が失敗したのはそのためである
人間を一律に見てしまう、まるで数字のように見てしまう、人間の運命という謎を無視してそうしてしまうのである、それが失敗したのは人間が一律に見れないものを持っているでも貴族社会が否定されたのは生まれつきで人生が決まることでそうなった
生れた家ですべてが決まるということは不平等だとなり革命になったのである
ただ人間は必ず親の影響が大きいから親ガチャが問題になる
でもその解決は簡単ではない、平等を追求すると不平等にかえってなるからである
例えばそうして兄弟でも不平等でもその人の努力しだいで豊かになれることもある
すると次の子どもの世代で親の跡を継いで豊かになってゆく、そういう時間軸で人間を見ずに一挙に平等にすることは危険なのである

要するに現代は平等を追求して不平等になったということが社会で顕著になっている
民主主義には確かに平等を追求するのだが選挙でもみんな一票であり平等である
でもそれが不平等にもなっている、みんながすべて一票となるとき平等だが不平等にもなる、なぜなら社会の貢献度とか能力とか個々人でもみんな違っているからである
だからある人が十票をもってもいいともみる、それだけ社会に貢献しているとなればそうである、でもそれもめんどうだから平等志向になる
給付金でも一律十万とか支給することの方が楽だからである、そこで金持ちはいらないとしてもそれを調査したりするのが手間になりかえって金がかかったりするからである

とにかく選挙でもみんなあきらめている、どうせ変わらないという時一票を入れたからと何も変わらないとわかっているからである
でももしある人が十票でも与えられていたらそうはならないのである
だから自分にしても選挙に関心がない、どうせ一票など何の力もないと見るからである
現実に自分の一票など関係なく開票前にすでに大勢が決まっていることでもわかる
もし十票だとすると確実にそういう人は選挙に行くのである
民主主義も今や数だけで決まるからそれはファシズムになりやすい、数を集めればいいとなり創価公明党でも政教分離に反していても数を集めればそれが権力を得るものとなるからだ、だからナチスは民主主義で選挙で政党に選ばれたのである

つまり民主主義はどうしても現代では全体主義になりやすい仕組みなのである
一票の価値は何百万の一にすぎないからである
そうしたら権力を得たいものは一票など問題にしないからである、数を集められる組織団体があってそこと協力して権力を持つということになるからだ
だから民主主義も限界に来ているとなる、でも新たなものがありうるのかとなるとそれも政治ではむずかしいし平等を前提にするからできないとなる
ただ平等を追求してゆくと不平等になりそれがかえって社会を歪めるようになったことは確かである

ただ人間は金銭的には平等を志向するべきである、社長でも社員より十倍もらうといくら能力があってもそれは不平等になる、平等にすべきものとそうでないものがある
グロ−バル化経済の不平等も是正すべきである、システムで莫大な利益を得る一握りの人がいるがそんな社会からはモラルもなにもなくなる、ギャンブルで富を一人じめているからである
ただ何でも平等にすることは結局不平等になる、それを証明したのが共産主義でありまそれは全体主義になり民主主義とはもう全体主義になりやすいのである
それはすべて数で決めているからそうなるのである
こうして選挙にも行っても何も変わらないとか無力感を抱く、そうなることはすでに民主主義が機能しなくなっている
結局この世から不平等をなくすことができない、それがこの世に生きる宿命だとなる
人間の力では変えられないとまでなる
そもそも美人に生まれて得だったとかなぜ不細工に自分が生まれのだと問うても無駄になる、その運命を甘受するほかないからである
何かしら人間には不平等があり解決しないのである

posted by 老鶯 at 13:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層
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