2021年11月05日

飯館村の大倉村から佐須村から霊山へ (紅葉を見に行って佐須村で現状を聞いた)


飯館村の大倉村から佐須村から霊山へ

(紅葉を見に行って佐須村で現状を聞いた)

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猿がイノシシの檻にかかった―大倉



大倉で何かひきづっていた、なんだろうとみたら猿だった
イノシシの檻に入ったという、餌があるから入ったのかと思ったら獣の道にあり入ったという、とにかく猿が増えて困ったという、畑でも荒らされからである
大倉で30軒あったが今は二十軒だという、でもまだそれだけ残っている
空家が増えるとどうしても猿とかイノシシとかネズミでも家に入りこんでくるのである
それで家も荒れる、猿でもイノシシでも警戒しなくなるのが問題なのである
だから核兵器で人類が滅びた後に猿が支配したという猿の惑星は本当にこの辺で現実として起きたから驚いたのである
つまり人間は愚かだとしきりに猿が言っていた、本当に人間は愚かだというのがこの辺で証明されたとなる

赤々と紅葉の映えてこの家に人はなしかも水もいずるに

この水は山の水であり水道の水とは違うだろう、山では水を吸い上げたり山か水をとって利用したりしていたからである、ただ水は出っ放しであったからそう見た
ここは一段と高い所の家であり良くそんな所に住んだと見ていた
山の閉ざされて住むということはどういう感覚になるのか?それで生業があり炭焼きなどして住んでいた、ただ炭焼きは戦後十年くらいつづいても終わっている
その後はどういう生活だったのかわかりにくい、前に畑や田んぼがあってもわずかだからである、林業があればそれで暮らせた時期もあった、ただ外材になりそれもだめになったあとは他では牛を飼って暮らしていたのである
ただあの辺はどういう暮らしをしていたか良くわからないのである

大倉から佐須までは結構遠い、だから大倉村と佐須村が明治以降に民情が違うとして合併しなかった、地理的にも相当距離がある、今なら車だから感じなくても歩くほかないとしたら相当に遠いのである

佐須までを歩くとなれば遠きかな大倉より来て秋の日暮れぬ

飯館や懸命に鳴く残る虫

佐須に来たら風と土の家がありそこは宿泊もできる、簡易なベッドがあった
ただここも予約制だから泊まりずらい、何か撮影の人が来ていた
そこで一人の年配の女性が歩いていたのできいた
立派な石組の塀があったのでその中の家に人が住んでいるのですかと聞いたら住んでいるという、それは新しく建てた別荘であり時々帰るにしても住んでいないと思った
でも実際はここで住んでいるという、ただ年寄りだけが住んで若い人たちは他に移ったという
そしてその女性はもう飯館村はなくなると言っていた、菅野町長が30億とかの金をもらって村の人に配ったとか言っていた、飯館村の補償金が大きかった

ただその女性が言うには補償金だっていづれなくなるし飯館村ではもう生活できないと言い南相馬市と合併されてめんどうみてもらうようになるとか言っていた
この前の飯館村の議員選挙の応援の人は南相馬市だと言ったらただ関心があり聞いたのにかかわるなと言ってはねつけた
これは本当におかしいと思った、つまりこの女性の言うように飯館村はもう飯館村だけで成り立たなくなっているのだ、だからこそ南相馬市と合併するようになると言ったのであるそういう自分たちの事情すらわからない人がいたのである
この女性はこうして村の事情をわかっている

また補償金でもめたというのも聞いた、これは全体的にそうである、たいして放射線量も変わらないのに補償金に差がついたからである
それは伊達市でも親戚同士でも争ったというのも聞いた
つまり放射線量で区切って差別したことが問題だったのである
それは結局政府がそうさせた、みんなで一致して要求させないためにそうして分断させたかえって仲間内で争い分断されたさせられたともなるからだ

ともかく佐須村は山津見神社があるがこれは綿津見神社と一体であり安曇族とか海人族が入ってきた場所であり佐須とは焼畑のことである、この焼畑地名は多い
焼畑をするという技術は外国から入ってきたのである、縄文時代にはなかったからであるそこの佐須という地名は海人族が入ってきて拓いた土地なのである

その佐須から霊山に来た、その霊山から福島市の方に霊山町の方に行った
高速道路が福島市まで完成して高い所を走っていた、でも前の道は旧道となり車も走らない、サイクリングにはいい道になった
ただ店とかは閉じてまた空家が多くなった、車も通らないのだから商売した人たちは他に移ったのかもしれない、これも道路の影響が大きいと思った
常磐高速道路でも町全体とはかかわらない、ただ一時飲み食いして去るだけであり街の方に来ることはない、鉄道の駅とかは街とかかわり駅前通りができたが車だとそうはならないのである

霊山の食堂で芋煮が1000円で食べられた、これは安かった、天ぷらもついていたし安かった、こういうものはなかなか食べられないから良かった
それから蜂蜜とユズのサイダーを注文した、それは飯坂で作っていたのである
何か変だったが飯坂温泉が寂れて廃墟化しているとかyoutubeで見た
それで何か売るものとしてこれを作ったのかもしれない
霊山では紅葉の季節であり人は結構来ていた
ただ紅葉は今年はどこでもあまりきれいではない、気候の関係でそうなった
それが残念だった
posted by 老鶯 at 20:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 飯館村
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