2021年11月26日

ヨ−ロッパで感染が増大しているのはなぜか? (国境が長く人が入るのが止められないから・・地理と風土と生態系が関係している)


ヨ−ロッパで感染が増大しているのはなぜか?

(国境が長く人が入るのが止められないから・・地理と風土と生態系が関係している)

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新型コロナワクチン接種が進むドイツで1日5万人の感染発生 
5つの原因と日本人が知っておくこと
https://www.youtube.com/watch?v=89bWaba8VDY

近隣国で感染者増えるとその人達が国境を越えて入ってくるから増える
また近隣国でワクチンをしない人が多いから増えるともなる
つまり一国だけでは国境線はいくつも接していて長いから入国することを防げないのである、そこに大陸の国の問題がある、管理しきれないとういことである




なぜヨ−ロッパとかでコロナウィルスの感染者が増加して死者も増えているのか?
この理由は何なのか?それは一つではない、複合的理由がある
ただその一つとして大陸のヨ−ロッパの国境線が長いことである
それを指摘している医者のyoutubeは納得がいく
なぜなら国境線が長いから必ずどこからか別な国から入りやすいからである
それを止めることができない、日本のように台湾でもニュージランドでも水際作戦で入国者をとめるようにできない、そこで日本がこんなに感染者をおさえられたのかとなる

疫病は必ず人から人へうつる、するとどうしても人が密集して移動する都市部は感染者がふえる、それはまた交通と関係していた
日本だと長崎から入り北前船で新潟に入り阿賀野川が交通となって今の会津の城のある
会津若松に感染が広がったからである
そして桧枝岐は交通で隔離されて秘境となり感染者はなかったのである

大陸だと国境線があってもないと同じである、それで異民族の遊牧民のモンゴルとか侵入しないように万里長城を作った、都市は城壁で囲んでいた、国という時そうした城壁で囲んだ中が国であった、そこから出ると安全は保障できなかったのである
大陸では国境線があったとしても破られる、異民族が侵入してくる
それが戦争ともなり時代が変わる、様々な民族が常に移動して興亡を繰り返しているのはそのためである、つまり国境線がないに等しいし移動することが戦争にもなる
今でも大量の移民がおしよせるとそういう状態になる、もう侵入を防ぐために殺すほかないとなる、いくら人道が人権を重んじろとういっても移民によって国家が成り立たなくなり破壊されてしまう

ただなぜヨ−ロッパであんなにまだコロナウィルスが増えて死者も増えているのか?
その理由も明確にはわからない、国境はやはりどうしても越えられる、そこで人から人へうつるのだからとめられないとなっているのか?
だからEUでは国境をなくして自由に出入りするようにしたがそれが裏目に出た
人間にとって関所とか国境とかは必要だったともなる
それは疫病に対しては有効だった、江戸時代が関所だらけだったというときそれがすべて悪いものではなく疫病に対しては有効だったとなる
だから一見モノでも人でも事由に行き来するのがいいというグロ−バル化も裏目になった最近ではグロ−バル化の負の面が大きくなっていたのである
要するに人間社会では必ず何事いい面と悪い面プラスとマイナスが生れる
全部いい方向に働かないのである

人間が住むということもそれぞれの地理とか風土にあったものとして長い時間をかけて作っている、第一ウィルスはもともとそうして人間が交流しなければある一地域に閉じ込められていて広がらなかった
なぜならモンゴル帝国がネズミを媒介としてペストをヨ−ロッパに広めたとかありモンゴル自体疫病が流行してもうヨ−ロッパから撤退したとされる
それぞれの風土とか生態系が必ず影響している
その生態系を無視すると災いが生まれる、原発もそうだった、アメリカでは西海岸には地震が多いから作らなかった、そして東側に作ったのだがそこで竜巻があり地下に電源を置いた、でもそれを日本でまねて地下に電源を置いて津波で電源喪失になり大惨事になったつまり生態系とか風土を考慮しないからそうなったのである
なんらか技術も生態系と融合しないと危険だとなっていたのである
つまり数学の公式のようなものが世界に通用するとはならない、生態系風土が違っているからそうなる

国境線というのは何か人為的な人工的なものもあるが地理的な境界線にもなっている
福島県でも阿武隈山脈高原で中通りとさえぎられている、その壁は太古から変わらないのである、そのために中通りと福島市とかと一体感をもちにくいのである
むしろ仙台市の方が一体感を地理的にはもつのである
だから選挙区でも福島市と一体になっていても一体感を感じないのである

ともかくコロナウィルスは疫病として医学の問題でもあったがいろいろな問題を提起した地理とかも深く関係していた、この世に起きることは総合的なものとして起きる
原発事故だって放射線だけではないありとあらゆることが問題になったのである
そのことを私は追求してきたのである、理系が主なのものではなく文系でも深く関係していたのである、文系の力も必要だったのである
コロナウィルスでもそうだった、第一専門家が何か感染者がなぜ増えたのかとかなぜ急激に減ったのかとか皆目わからなかったというのもそうである
こんなに専門家がわからないのかと現代の科学がそんなものだったのかとも見た
だから専門家でも頼りないらないものだとつくづく思った
地震の予知でもそうである、それはただ素人とたいして変わらないものだったのである
何でもわかっているように見えてもわからないことが未だに多いというこ

地理とか風土とかに私が関心があり原発事故でもコロナウィルスでも深く関係していた
この世に起きることは総合的なものであり理系だけでは解決しないということである
まず地理とか地形とか風土とか天候が境界線になる
それは自然の定めたものであり変えることはできない、大陸だと川が境界線になった
ライン河がそうである、そこを渡ることが簡単ではないから境界線になって別の国として発展したのである、自然条件によって境界線ができるのは地理と風土が影響するからである

何か古代史でも地理とか風土が境界線になる、それでこの辺を歌った万葉集の真野の草原(かやはら)の歌がどうも風土的天候的境界線だったからだと思うようになった
なぜなら車輪梅の自生地となっている南限の地としてあったて天気でも地形でもそういう地理と風土がありここが大和王権から見ると南限の地でありその奥は未開の地とされたということもあるからだ、それはローマ帝国にとってライン河が境界線となりそこを越えることができなかった、ゲルマン人の住んでいる地域でありそこに強固な国がすでに作られていたからである

とにかく世界には何か国ができるとき地理とか風土とか深く関係している
それを無視することはできない、でもグロ−バル化ではそうした生態系とか風土とかを無視する傾向がある、経済的なものを利益を優先して無視する、そこに問題が起きる
だから日本でも中国人がはじめて日本に来たとき注目したのが魏志倭人伝で牛馬羊がいないということだったのである、まさにここに日本の風土と地理の特徴があったとなる
日本は海産物を食料とする特殊な地理と風土にあったからである
走して海に囲まれて縄文時代から一万とか暮らしてきた民族でありアイディンティティを形成して来た国なのである

だからそういうふうに長い年月で地理と風土から形成されたものがありそれが文化でありそれを無視して人間はありえないのである
だからこそグロ−バル化すること経済的に世界を均一に見ること均一にすることは問題なのである、文化は多様性だからである、ウィルスにしても風土と地理と関係していて
生態系と関係していてある一地域に限定されて発生する
それが交通が発達したりすると伝染してゆくとなる
グロ−バル化すると余計にそうなる、そうしてアメリカ大陸でも南アメリカでインカでもマヤでも伝染病で多数しんだとかある、インディアンでもそうである
それで地理とか風土とか生態系と境界線とかを無視することは危険なのである
それが閉鎖的だともなるがその利点もあった
グロ−バル化の負の面が増大してコロナウィルスで歯止がかかったということはやはりそこに自然の作用がありそうしたとなるのである




posted by 老鶯 at 11:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層
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