2021年12月20日

密集大都会の危険、逃げ場がない、大阪の雑居ビルの火事の恐怖 (東京の思い出を語る―江戸の回りに自然があったー枯野見とは)


密集大都会の危険、逃げ場がない、大阪の雑居ビルの火事の恐怖

(東京の思い出を語る―江戸の回りに自然があったー枯野見とは)

●大都会で精神を病む人が増える


精神疾患の患者は約420万人、外来で増加傾向 厚労省

年金やら生活保護やら貰うのに必死な人だらけだからね

精神医療という牧畜業

クソ狭い家畜小屋(待合室、精神科病棟)に患者を大量に押し込めて、自立支援制度から格安の飼料(精神薬)を与えて太らせる一方、
医者と製薬メーカーはボロ儲け

気がつけばあっちこっち精神病ばかりじゃないか
へんてこな病名で誤魔化すのは終わりだ

若者の自殺率→世界トップ
精神病入院者→世界トップ

心療内科はどこもパンパンだな
新小岩のとこは3分刻みくらいで回してた

軽い気持ちで心療内科予約しようとしたら初診は平日昼間しか絶対に無理で
「仕事休む覚悟のある奴だけ来い」っていう選別かかってて諦めたわ
https://greta.5ch.net/test/read.cgi/poverty/1639731714/


この事件も現代を象徴している、精神が病んでいる人が心療内科で起こした事件である
それが大阪であり大都会の密閉した雑居ビルである
仙台市でも狭い閉じ込められ来ような空間にカメラ屋があった、これと同じであり四階とかにあり隣に隙間もないのである
こういうのが都会には多い、だから逃げ場もなくなっていた

●密閉した密集した空間の都会で起きた火事

こういうビルとかみとか密閉された空間が都会には多い、だから火事となると危険だった結局煙で二酸化炭素中毒で死んだ、何かこの中毒は5分くらいで死に至るから怖いと思った、煙が一挙に充満してその煙も外に出るところが狭い窓一つとかである
そして古いビルだからスプリンクラーもなかった
こういう火事は新宿でもあったが忘れていた、また起きたのは同じような条件がそろっていたからである

つまり今後もこういう火事の被害は起きる、一番怖いと思ったのは地震による火事が起きて密閉された空間に閉じ込められて今回のように二酸化炭素中毒で死ぬことである
大都会は東京でも大阪でも密閉されていて逃げ場がない、煙でも火でも呑まれて死んでしまう、それは予測される、なぜなら地震はいつ起きるかわからないからである
その時逃げ場を失って今回のように何百倍もの人が閉じ込められて死ぬかもしれない
そういうことが今回の火事から見えてくるのである

ともかく心療内科が大繁盛しているというのも現代である、私の家族も認知症になり心療内科に行ったのである、心療内科は別に重症の人でなくても軽い人でも行っている
それだけ現代人は精神でも病んでいる人が多いのである
大都会という密集密閉空間で閉じ込められて精神が病むのである
大都会自体異常空間でありそこに災いが生まれて来る、コロナウィルス騒ぎでも密集した人口が過剰に多い東京から拡散されたことでもわかる
原発事故でも一千万の電気を供給するために莫大な電気が必要であり東京は危険だからとして福島に作られた

●江戸の風景ー回りに自然が広がっていたー枯野見

東京は日本の中心であり人口も一千万とかなりその影響が大きいのである
経済的にも大きい、地方でも東京が関係ないとかで生活できない
東京が明治以降発展して人口も増えた、でも大正時代は百万くらいだったのである
それで東京は都会として賞讃されていたのである
それだけ全体の人口でも六千万くらいでけありその周辺は田舎の風景が広がっていたとなるまず百万くらいだったらそれほど問題がない、密集していても回りは田舎的風景にもなる
だから江戸百万都市は大きくても農村的なところが回りにあった、糞尿を肥料として農村の人達が汲み取りに来ていたことでもそうである
練馬大根とがが名物になったのもそうである、回りに農村的風景が広がっていたのである
karenomi11.jpg
江戸名所図会』「広尾原」

枯野見(かれのみ)

 木枯らしに葉を吹き払われた後の寒々とした木々のたたずまいや、枯れ草の
 色一色に染まった草原、刈り取りが終わり刈り株と落ち穂と黒い土だけが残
 った田んぼの景色を眺めるのが「枯野見」です。

 麻布田島町にあった「尾張屋」。江戸自慢の番付にも掲載されるほど、江戸グルメなら誰もが知っていた鰻屋だった。蒲焼の他にも汁粉を売っていて美味しいと評判だった。ある時それを聞いた広尾原の狐が、美女に化けて汁粉を買いに来たという。そこで付いた名前が「狐汁粉」。それにあやかって鰻も「狐鰻」と称して評判となった。

  https://julius-caesar1958.amebaownd.com/posts/23062011
 
麻布永坂町に住む松山善三と麻布狸穴町あざぶまみあなちょうに住む澤博士の両者の運動により、麻布永坂町と麻布狸穴町の地名だけが変わらず今日に残っている

狸や狐が普通に出る場所だったのである

枯木一本昔の名残り古碑一つ

渋谷からとても昔が枯野が広がっていたなど想像もつかない、それで東京で何か風流を感じることがなかった
不思議なのは大江戸線をぬけて隅田川公園に出て桜が咲いていた

大江戸線地下から電車や桜見る

春の日や百羽の鴎隅田川

こんなことで俳句になったりはする、要するに何か風景的にいいのは煉瓦の東京駅と皇居のある場所くらいである、東京は雑多でわかりにくいからである

枯野見というとき江戸の回りは自然があった、田舎的風景があった、でもは枯野見となるとわざわざ密集した町屋から出て行かないと見れなかったのである
そして実はこの枯野にふさわしいのがみちのくだったのである

みちのくへ電車は去りぬ上野駅郊外広がり秋の夕日没る

上野駅から密集都会の東京を去るとほっとする、そして福島県に入るとまさに広野とか大野とかもともと原野のような所を過ぎて帰る、それを何度も繰り返したのであく
みちのくは枯野の世界でありわび、さびの世界なのである

●災いの大都市の影響は地方に拡散される

いづれにしろ枯野見ということが風流となっていた、みちのくは風流というよりそもそもそれが原風景なのである、東京にはもうとても枯野など感じることはできない
ビルと家の狭間で密集した人々によって圧迫される場所である
だから異常な空間なのでありまた異常な人々がそこから生まれてくるのである
カルト教団とかもそうである、オウムでもそうであった、団地の宗教の創価もそうだった要するに現代の大都市から生まれた異様な異常な集団なのである、それが地方に拡散されたのである

そこで精神は病んでいる、繁盛するのは心療内科だとなる、カルト教団でもそうした心療内科的役割であり精神を病んだ人が入る
ただそれは現代の宗教団体一般に言える、エホバとかでもそれが何なのかわかりにくい
ただ近くに信者がいてその女性は異常化している、貧乏なのに猫を十匹飼っているとか
異常化している、そうした底辺の異常化した人たちをカルト宗教団体は集める
一種の心療内科なのかもしれない、でも宗教となると危険になる
さわらぬ神に仏に祟りなしだが宗教だと常に地獄に落ちるとか罰当たるなりかえって不安におびえ精神的に奴隷化されるのである

そもそも宗教というとき自然と結びついて生まれている、中国の天台宗でも山岳宗教であり天台とあることく山で修行したからである
修験道であり山の新鮮な空気を吸い六根清浄を祈ったのである
大都会のビルと密集地帯から生まれたのはカルトであり病的なものである
そして山眠るというとき冬は休みの時であるが大都会は電気を夜でもこうこうとして明るく眠らないのである、それも異常なのである、夜は休む時だからである
そうして休むこともないから自然のリズムからはずれて精神を病む、不眠症にもなるのである

本当に大都市は災いを産む、人間が住むことはできない、限界である、一方で地方には限界集落ができているのも矛盾である、それは東京に人が密集しすぎたからである
ただ本当に飯館村を見ればわかる、広々とした土地に森に囲まれて一軒一軒の家が悠々とあった
田舎町でも街中は家が多いから狭いからうらやましいと見ていたのである
その相違はあまりにも大きすぎたのである
そこから東京からでも様々な災いが生まれて地方にも田舎にも影響する
福島県などは遠いようで近いからである、だから送電線で福島原発の電気を送っていたとなる
前は戦後でも常磐炭田があり石炭を蒸気機関車で運んだり木材や石材も運んだ
それは東京が大消費地として発展したからそのために運んだのである
そのために全国に森林鉄道が網の目にようにめぐらされたのである
だから以外は福島県は東京との結びつきがありそれが原発を作らせた要因にもなっている地理的にそんなに遠くは無いからである

posted by 老鶯 at 19:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層
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