2022年01月01日

寅(虎)年のこと-トラの名の女性(千里旅した回想)


寅(虎)年のこと-トラの名の女性(千里旅した回想)

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花は枯れてしまうし季節も移ろうという理由から、いつまでも元気で健康な子に育ってほしいという親の願いから「くま」や「とら」など強い動物の名前が好んで付けられたとされています。

明治時代の女性の名前はキラキラネームが多かった?
https://www.meiji-jidai.com/society/post-141

このサイトが面白い、明治時代には花の名前がつけることを嫌った
それは花は枯れるとかあり嫌われた、その頃まだ早死にする子供が多かったからである
「子」がつく名前は上流階級の女性に限られて付けられていたというのが理由なようです
これも不思議である、とういのは実家の母の継母はトラという名の人だった
そしてこの名のように気が異常に強く母はいじめられた、それが悲惨だったのである

この女性は自分のおばあちゃんに当たる人だったがそういう意識がなかった
母はひどくいじめられたことを語っていたからである
そして字が読めなかった、それで字を書いてもらうのに遠慮して肩身の狭い思いをしていたのである、つまり明治時代には字が書けない人がまだいたのである
また子供でも早めに死ぬ人も多いから子たくさんになっていたのである
それは生物界でも子孫を残すのを第一としているから多くの子を産むとか卵を産むとかなる、自然の摂理だった
そして子を女の子につけていない、上流階級の人だけがつけていたというのも不思議である、子など誰でもつけているからである、やはり名前も時代を反映しているのだ
子がつけていないというのは意外だったからだ

明治という時遠い感覚になるが自分の父親は明治生まれだった、そして酒屋の丁稚だったのである、母は大正生れだった、だから明治となる確かに遠いが明治まで何か祖父母の時代であり身近に感じるものがある、江戸時代になると実感として何かイメージしにくくなる
とにかくこれまで書いてきたけど母の実家は継母が入ってきて乱れたともなる
ただこれも良くわからないが何らかの事情があってそうなった
警察署長だったという父親が何もできなくて入れた経緯がある
実の母親は病気になったからである
何かその辺の事情が良くわからないのである

トラというときブレークの詩の虎は有名である、夜の虎を詩にした

虎よ、夜の森に
お前の怖ろしい均斉を敢えてつくったのか。
どんな不死の手、あるい眼が
お前の怖ろしい均斉を敢えてつくったのか。

虎は夜に徘徊するのか?ライオンは昼間のもの真昼の王者ともなる
虎というときブレークとか天才である、ニーチェとかもそうである
日本でも上野霄里氏とかも天才であり虎にもなる
そういう天才にして作りえた詩だとなる、そういう人が天才がまれにいるのだ
ただそういう人を理解することは普通の人にはむずかしいのである
天才とは異常なほどのエネルギーを生来持った人だとなるからだ
ただそういう人を理解することがむずかしいのである

虎が千里を行き千里を還るというのはやはりそれだけのエネルギーがあるからだろう
ライオンはそんなに移動することはない、ただ虎がどこに住んでどういう生態なのか良くわからない、虎は陰なのかもしれない、だからここで夜の森の虎を詩にしている
ライオンは陽の王者だとなる、ただ陰陽があり虎が陽だと

ただ自分が虎に感じたことは虎が千里行き千里還るということである
それが私が旅しつづけたことで感じたのである、つまり自転車で千里を行き千里を還るともなっていたからである
それでも長くても一か月だったから本当に長距離をしたとはならない、もっと長く自転車でも旅している人は普通にいるからだ
でもこれだけ旅していると家にいても旅がつづいている、回想する旅として続いている
それで思い出して俳句とか短歌と詩にしている
それができたのは主に自転車で旅したことで記憶に残ったのである
どうも虎の生態はわからないが森が深く暗い所を行く、夜行性だったのか?

一晩あたり10 - 20キロメートルを徘徊し獲物を探す。獲物を発見すると茂みなどに身を隠し近距離まで忍び寄り、獲物に向かって跳躍して接近する

20キロとなると相当な距離になるのか?縄張りが20キロあるのか?
猫もまた肉食でありライオンとか虎の小型化したものだから夜行性である
ただ夕方に徘徊して獲物をとるとある

この2つの組み合わせである壬寅には、「新しく立ち上がること」や「生まれたものが成長すること」といった縁起のよさを表しているといえそうです。
https://raksul.com/magazine/column/new-year-card-zodiac/

物事が他の物事を促進したり、育てたりする関係」を意味し、「土生金(どしょうきん)」は、「金属類は土の中の鉱脈の中に有り、土を掘ることでその金属を得ることができるということを表しています。
https://piyoko0426.com/archives/1825

虎年の今年は何か自分のバイオリズムとマッチしている、介護とかで疲弊してなんとか立ち直り盛んな気になっている、そして人生最後の仕上げに向かっている
丑年だと遠くには行かない、大地にどっしりと定着する感覚になる
虎だと遠くに行く、だからまた遠くに行く年になるかもしれない
まだその気力が出てきているともなる、でもコロナウィルスとかオミクロンでどうなるのかわからない、ただまだ動ける、気力は充実している
だからこうしたものが縁起を担ぐとかあるけど自分のバイオリズムには一致していた

虎は千里行き千里を還る

今年もやはり遠くに行くことになるのか、遠くにしてもやはりそんなに遠くには行けないだろう、でも福島県とか宮城県とかには行くとなる

茨城県の八溝山の森を通ってなぜ白河の関にでてきた、白河の関は森の細い道を通り白河市内に入る、だからこの辺は森がつづいている
今わからなくなっているのは日本はもともと森の国で深々と森に覆われていたのだ
だから暗い所を行く、今のように道だらけではない、細い道をたどって行っていた
この感覚がわからなくなっている、相馬藩の境も森で覆われていて夜ノ森になっているがこれは余の森であり相馬藩主の森のことだった、ここも明治以降開墾された場所だった
でも江戸時代にも人は住んでいたのである

いづれにしろ日本全国が森でおおわれていた、すると相当に暗い場所があり明るい場所に出るのはあまりない、縄文時代になるともう森だらけであり道すらないのである
これはヨ−ロッパでも同じなのである、ドイツなどは樅の木に覆われた暗い場所だったのである、そういう森の感覚が消えている、虎とはこうした深い森に棲んでいたのである
森は本当に人を隔てるものであり障害となり境界にもなっていたのである

黒々と森の覆いてさえぎりぬ虫の音かすかみちのくに入る

さえぐとういとき佐伯(さえき)とかありこれは蝦夷と関係して生まれた姓である

古代豪族の姓で、もともとは「さへき」。大和国(奈良県)をルーツとし、大伴氏の一族西日本に移住した蝦夷からなる部門である佐伯部(さえきべ)を率いて宮廷の警備などにあたった。
その職種柄、外敵からの攻撃を「遮る」者という意味で「さえぎる→さえき」となったとする説もある。
「景行記」によると、蝦夷を播磨など五ヵ国に配したのを佐伯部の始まりとしている。

蝦夷にも由来した姓である、敵をさえぎるものから佐伯となったがそれだけではない
さえぎるものとは森であれ山であれさえぎるものが日本には多くそうなった

ともかく今年は虎のように何か変革する時でもある、だから虎はそういう年にふさわしい虎年生まれの人は強いから自分の主張を通すということがあるからだ
やはり虎年は大きな変化の年になるのだろう、それは内外ともにそうである
そうして激変になると相当に虎のように強さがないと乗り切れないともなる
まだ気力と体力はある、最後の仕上げに向かっているともなる

では今年もよろしくお願いします

変動する時代を乗り切る力をたまわりますように自他ともにお祈りします




posted by 老鶯 at 23:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層
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